第156話 受付から30分以内に申し込めば……

~ 真実の口 ~


「さぁ、メリルダ夫人! 皺を減らすことができるチャンスを逃してはなりません! いつまでも真実の口の奇跡があるわけではないのですよ!」


 シスター・エヴァが、魔神ウドゥン・キラーナの顔が彫られた木の壁に足をつっこんでいる公爵夫人に説教売り込みをしていました。


 メリルダ公爵夫人。男爵家の娘として生まれた彼女は、子ども三人を育て上げた立派な母親でした。ところが最近、夫が外泊することが多くなり、つい探偵を雇って調べさせたところ、外に三人の愛人を囲っていることが判明したのでした。


 夫人的には想定の範囲内であり、夫のお小遣いを減らすよう家令のセバスチャンに命ずるだけで事は収まりました。


 彼女を奇跡をもたらす「真実の口」へと走らせた理由。


 それは公爵家で働く若い執事のエヴァンスが原因だったのです。


 執事のエヴァンスは、勤務2年目にしてメリルダ夫人の専属となって働いていました。メリルダ夫人がエヴァンスを抜擢したのは、彼がイケメンであるということが大きかったのですが、それ以上に大きな理由がありました。


 彼が抜擢された最大の理由、それは彼がという性癖を持っていることを、メリルダ夫人が見抜いたからなのでした。


 エヴァンスがメリルダ専属執事となって4年間、少女誌に掲載できるギリギリの逢瀬ラッキースケベが二人の間で発生することはあったものの、二人の関係はピュアでプラトニックなものでした。


 その関係に異変が生じたのは今年の三月。


 屋敷にメイドとして入って来たリベルタによって、二人の関係は終わりを告げたのでした。


 エヴァンスは、公爵家の子どもたちの護衛を務めるメイドのリベルタに心移りし、彼女に入れあげるようになったのです。


 夫人よりは若いとはいえリベルタとて、それなりの年齢です。元傭兵で無骨なリベルタと比較すれば、女子力に関しては自分の方が遥かに高いと夫人は踏んでいました。


 それでもエヴァンスがリベルタに引かれる理由――


 夫人は覚ってしまいました。


「いくら熟女っつうても、年齢制限があるんやな」と……なぜか関西弁で覚ってしまったのでした。


 しかしひと口に年齢制限といっても、正確に言えば「見た目の年齢制限」であることを、エヴァンスの性癖を分析し尽くしている夫人は分かっていました。


 ちょうどそのタイミングで、彼女はシスター・エヴァの若返りの奇跡の噂を耳にしたのです。


 エヴァンスの気持ちを再び自分へと向けるために、夫人は立ち上がりました。


 その手に彼女が老後のために貯めていた全へそくりを手にして……。

 

「金貨500枚出すわ! 最近、目元の皺が気になり始めていまして……」


「おぉ、嘆かわしい! 公爵夫人ともあろうお方が、若返りの奇跡に対して女神にそれっぽっちの誠意しか表せないとは! まるで一般市民が『俺を金持ちにして、王都一の美人と結婚させてください。できれば庭付きの家を王城の近くに建てたいです!』と言って銅貨1枚を教会のお賽銭箱に投げ入れるような所業!」


「そ、そうね。女神様に失礼だったわね。では金貨600…」


「二桁!?」


「えっ!?」


「おぉメリルダ! なんと嘆かわしい! この真実の口の奇跡がいつまでもあるものと思い違いをされているのですね。この奇跡は期間限定! そう遠くないときに必ず消えてしまうもの。いまこのチャンスを金貨600枚などというで掴んで、後になって『やっぱりもう少し皺を伸ばして欲しいから、もう一回お願いしてみようかしら』と思っても、そのときはもう遅いかもしれないのですよ!」


「そうですの!?」


「もしあなたが再び奇跡を受けたいと願ったときに、幸運にもまだ真実の口があったとしても、また長い行列を待つことになるでしょう。それに次は金貨600枚などというで奇跡が起こると思いますか? 真実の口の奇跡は期間限定、お客様限定特別サービス! 受付から30分以内に申し込めば、今なら格安で奇跡を受けることができるのです! しかし、それが金貨600枚などとは、奇跡を申し込むために神ネット・タカダに連絡する通話料にもなりません!」


「そそそそ、それでは金貨1000枚で!」


「皺がなくなる最後のチャンスなのですよ! この機会を逃すべきではありません! 今こそ決断力が試されているときです! 決断力こそ最高の人生を掴む大いなるちから!」


「金貨1500枚! 私が老後、熟年離婚でエヴァンスと二人きりのイチャラブ生活を田舎で送るために貯めていたへそくり全部よ!」


「もう一声!」


「夫の小遣いを減らして、金貨1550枚!」


「お買い上げあっりゃーしたー!」


 ポンッ!


 とシスター・エヴァが「真実の口」の箱を叩いた瞬間、金貨3500枚の【足ツボ治癒】がさく裂するのでした。


「あへええぇえええええええ❤ あばばばばば❤ 痛キモヂいいのぉおおおおお❤」


 グリグリッ! 


「んほぉおおおおおおおおおお❤」


 箱の中から緑色の強い光が漏れ出て、そして消えていきました。


 シスター・エヴァがキーラに合図すると、ソフィアとノエラ・カミラの四人がそそくさとバケツとモップを手に「真実の口」の扉を開くのでした。



~ その後 ~


 見た目年齢20歳ほど若返ったメリルダ夫人は、結局、エヴァンスの気持ちを取り戻すことはできませんでした。


 実はエヴァンスの「人妻熟女萌え」という性癖は、正確ではありませんでした。正しくは「Sっ気が強い美熟女に見下し目線で踏まれたい」というものだったのです。


 メリルダ夫人専属の任を解かれ、今はリベルタの部下として働いているエヴァンス。


 庭先でエヴァンスがリベルタから蹴飛ばされるのを見ながら、メリルダ夫人は思っていたのと違った結末にため息を吐いていました。


「おぉ、我が愛しのメル! 私たちの間にはもうひとり子どもが必要とは思わないかね」


 メリルダ夫人が若返ってからは、愛人宅通いを止め、毎日のように彼女をベッドに誘ってくる夫。


「もうお互いそんな年ではありませんわ。お戯れはおよしになって……」


 そんな夫を、どれくらいで許してあげようかなどと考えているメリルダ夫人なのでした。


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