第144話 阿鼻叫喚! 真実の口と懺悔室

~ ノエラ ~

 

 セイジュー神聖帝国軍が北西区に進軍してきたとき、剣を取り立ち上がったの勇敢な人々の中にノエラの両親がいました。


 しかし、妖異を引き連れた神聖帝国軍の力は圧倒的であり、実際のところ北西区の人々が出来たのは撤退戦でしかありませんでした。


 冒険者時代の経験から、妖異が人々の精神を惑わすことを知っていたノエラの両親は、愛娘を北西区から逃がそうと南橋へと向かいました。


 妖異ヒトデピエロと戦っていた別の冒険者が、親子が戦線を離脱していこうとするのを見つけてしまいました。


 巡り合わせの悪いことに、その冒険者はヒトデピエロを討ち取りはしたものの、その時点ですでに正気を失っていたのです。


 冒険者は、背後からノエラの母親を切り捨てると、そのまま父親と剣を結び、二人は地面に転がり落ちました。


「逃げろ! ノエラ! 逃げるんだ!」


 それがノエラの聞いた父親の最後の言葉でした。


 そして、ノエラが必死に逃げ続け、力尽きて地面に倒れ込んだとき――


「このクソガキィィィィ! お前も逃げるのかァアアアアアアア!」


 ザシュッ!


 男の剣がノエラの足を深く切りつけるのと同時に、ノエラの父親がその命が消える前に最後の一撃を入れました。


 そしてノエラは意識を失い。


 ノエラの片足は二度と動くことはありませんでした。


―――

――


「大丈夫だよ。ボクが一緒についててあげるから」


 キモヲタによって地下倉庫に設置された巨大な箱部屋は、地下の暗い雰囲気と相まって、どちらかというと陰鬱で禍々しいものに見えます。


 いくら治療のためとはいえ、そんな箱に入れと云われるのは、幼い子どもにとっては恐怖でしかありません。


 キーラは怯えるノエラの手をしっかりと握って、彼女と一緒に狭い箱の中に入るのでした。


「キーラお姉ちゃん……」


 後ろからキーラがフワッと抱き締めると、椅子に座ったノエラはキーラの腕にギュッとしがみついてきました。


「大丈夫だよ。ほら壁の面白い顔があるよ! ブサイクだよね!」

 

 ちょうどこのとき、カザン王国から遠く離れたウドゥンの森で、魔神がくしゃみをしていました。


「この顔……怖い……」


「うふふ。でしょ? ノエラが見て怖いのと同じように、ノエラに取りついてる悪い病気もこれを見て怖いぃぃぃって逃げちゃうんだよ! ほら足元に穴があるでしょ。そこに足を入れるんだけど……ちょっと見てて……」


 そう言ってキーラは、狭いなかで半身になってノエラの横を通り、穴に自分の足を片足ずつ入れて見せました。


「こうやって足を入れると、この不細工な顔に驚いて、ノエラの足から悪い者が逃げてっちゃうんだよ。ひゃぁ! くすぐったいぃぃ!」


「お姉ちゃん、大丈夫!?」


 目を丸くして驚くノエラに、キーラがウィンクを返します。


「ふふっ! 今のは嘘だよ! 騙された?」


「もうっ! わたし、ほんとうにほんとに心配したんだから!」


「あはは、ごめんごめん! とにかく大丈夫だからね! それじゃ足を入れるよ?」


「う……うん」


 ノエラが頷くと、キーラは彼女の足をとって穴の中へと差し入れました。


 その瞬間、裏で待ち構えてたキモヲタが【足ツボ治癒】を発動します。


 グリグリグリンッ!


「あはぁああああああああああああああああん❤」


 一瞬にして、再びノエラの足は動くようになったのでした。


 そのとき彼女は意識を失っていたので、自分が歩けるようになったことを知るのは、それから半時が過ぎた後のことになります。


 次にノエラと仲良しだった盲目の少女カミラが、キーラに誘われて箱の中の穴へ足を入れました。


「らめぇえええええええええええぇええぇぇぇ❤」


 彼女もノエラと同じく、再び自分の目が見えるようになったことを知り、号泣するのは半時が過ぎてからのことでした。


 このようにして、子どもたちの治癒はキーラによって箱の中に誘われ、キモヲタの全力の【足ツボ治癒】が行われていったのでした。




~ 大人編 ~


 大人の治療については、キーラではなくシスター・エヴァが対応していました。


「トニー、あなたのその右腕の骨折は、先の戦による負傷ではありませんよね?」


 南橋の市場で、武器商を営んでいるトニー(25歳)。彼は人類軍に従軍して王都を離れていたものの、特に激しい戦闘に巻き込まれることなく無事に戻ってきていました。


「えっ? い、いや……そうだったかなぁ……そうだったかも?」

 

 北西区にある店舗も自宅も無事であり、人類軍から恩給も出ていたため、この辺りでは比較的な裕福な生活を送っていたトニー。


 お金にものを言わせて、困窮する女性たちの春を買いまくっていたのでした。


「その腕は、エリザベスに?」


 戦から生きて帰った夫に寛容であろうとした妻エリザベスは、多少の浮気には目を瞑ろうと努めてきました。しかし、夫が伴侶を亡くして困窮していたエリザベスの友人を買ったことを知ったとき、とうとうブチキレて夫の腕を折ってしまったのでした。


「女神ラーナリアは、全てをお見通しです。さぁ、目の前にある真実の口に足を入れなさい。あなたの罪が許されるのなら、その腕はきっと癒されることでしょう」


 シスターの声は、ちょうどトニーの耳元辺りに聞こえる構造になっています。その声が優しいものであれば、天国に飛んでいくようなASMRなのですが、そうでない場合は……。


「ハハハ。シ、シスター、俺が嘘を吐いている……とでも……」


 まるで地獄の悪魔が脅しをかけているようなシスターの低い声に、トニーの声は震えていました。穴に入れようとしている足がガクガクと震えています。


「もし、あなたが真実の口に嘘が通じると思っているのなら構いません。あなたが二度と自分で歩けなくなるのを望んでいるというのなら……」


 ガシャンッ!


 トニーが足を入れた瞬間、壁の反対側にある拘束具によって両足が固定されました。胸から飛び出すような気負いで、トニーの心臓が跳ね上がりました。


「ひぇえええええええええ! ララララーナリア様! ごめんなさい! 俺の浮気が原因で、妻に腕を折られたのです! もう二度と嘘はつきません! 浮気もしません! どどどどどうかおおお、御許しをぉおおおおお!」


 その瞬間、壁の反対側に潜んでいたキモヲタの親指だ炸裂したのでした。


 グリグリグリッ!


「うほぉおおおおおおおおおお❤」


 それから五分後。


 意識を取り戻したトニーは、右腕の骨折が完治していることに気がつき、


 自分から足を奪わずに許して下さった女神ラーナリアの慈悲とその奇跡に感激し、


 その後は、


 浮気もしない正直者の良い夫だと、ご近所さんからも評判の男になるのでした。

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