第139話 カジノとホテルと連邦と

 キモヲタから指示書を受け取ったシスター・エヴァ。


 その内容に目を通した途端、表情が暗いものになりました。


 血の気が失せたような様子を見て不安になったキモヲタは、シスターに声を掛けます。


「シスター殿、何か問題でもあったでござるか?」


 キモヲタの気遣いにハッと顔を上げたシスター。キモヲタに感謝の言葉を返しつつ、指示書に記載されていたことを話してくれました。


「また北西区に回される予算と物資の配給が減らされるようです。どうやら王国は本気でこの北西区を見捨てるつもりのようですね」


 ハァーっと深いため息を吐くシスター。


「どうしてでござるか? この北西区にも王国の民が暮らしているのでござろう?」


「そうなのですが、王国の指示で多くの住人が他の地区へ移り住んでいます。今、ここに残っているのは貧しいものや何らかの事情を抱えて、この地区に留まるしかない人々なのですよ」


 シスターの話によると、王国は北西区の住人に他の地区への移住を勧め、移住先の地区で王都の復興にあたらせようとしているようでした。


 当初は王国も移住を望むものたちに手厚い補償を提供していました。あらかたの富裕層の移住が完了して以降は、北西区の復興予算を減らすことで住民たちの移動を促進する方向へと舵を切り替えたのです。


 シスターの話を聞いていたエレナが、北西区の復興について取引先から得た情報について話をはじめました。


「同じ北西区でもこの教会周辺を含めた南側は一度更地にして、観光客を呼び込むカジノ特区にするって噂を聞いたことがあるわ。紅蝶会や同じクラスの高級娼館が、そのときの土地の確保に貴族に賄賂を贈っているなんて話も聞いてる」


 エレナの話を聞いていたシスターは、片方の眉をピクリと引き上げました。


「そういう噂話があるのは確かです。それが真実であるかはわかりません。ただ地元住人ではない怪しげな人たちが、廃墟となった場所を買い上げたり、いま住んでいる場所に留まろうとする人々を追い出そうとしているのは間違いありません」


「地上げでござるか。復興地でなんとえげつないことを……」


 額に手を当てて首を振るキモヲタ。ふと、初めてこの北西区復興局に来たときの出来事を思い出しました。


「そういえば東の橋を渡ってきたとき、ガラの悪い連中に追われたでござるが、アイツらがそうだったでござるか」


 シスターは首を横に振りました。


「あのときお二人を追っていたのは、北西区に残っている青年団です。彼らは地区に入って来る怪しい人たちを排除しようとして、過激な行動に走ることが多く……」


 ハァ……と深いため息を吐くシスター。


「俺たちは首都を命懸けで守ったんだ! 今も! 何が過激だってんだよ!」


 シスターの背後に、背の高い男が現れて、大きな声を上げました。


「カール……大きな声を出さないで。ここには病人や怪我した子どもたちもいるの」

 

 シスターはゆっくりと低い声を話ながら、目を細めて背の高い男を見据えます。


「わ、悪かった。し、支給品を受け取りに来ただけだ。もう行く……」

 

 若干怯え気味の男はシスターに背を向けると、そそくさとその場を去っていきました。


「今の男は……どうでもいいでござるが、男が言っていたことはどういうことでござるか?」


 キモヲタの質問にシスターがどう答えようかと思案している間に、エレナがキモヲタに説明をはじめました。


「セイジュー神聖帝国が侵攻してきたとき、奴らは首都の西区と北西区から入ってきたのよ。そのとき北西区の住民が激しく抵抗したの。おかげで首都攻略が遅れ、その間に皇帝セイジューも亡くなって、結果、首都は今も健在ってわけ。まぁ激戦のせいで北西区はこんなに荒廃しちゃったけど」


 シスターがエレナの説明を肯定して頷きます。


「そういう経緯もあって、北西区の人々は、自分たちが大きな犠牲を払ってカザン王国の首都を守り抜いたという誇りを抱いているのよ」


「そう思うのは当然のことでしょうな。にも拘わらず、どうして王国は北西区を切り捨てようとするのでござろうか。もし我輩なら王国を恨んでバルスと叫んでいるところでござるよ」


「バル……というのが何か私は存じ上げませんが、おそらくは、王国が北西区を切り捨てようとしているわけではなく、連邦の意志なのでしょうね」

 

「連邦……ルートリア連邦のことでござるか」


 シスターはコクリと頷くと、説明を続けます。


「連邦評議会から派遣された有力者たちが、北西区の復興を口実に、カザン王族の力を弱めようとしているという噂があるのです。彼らは荒廃した地区を『再開発』という名目で買い上げ、自分たちの利権を拡大しようとしているのだと……あくまでも噂ですが」


 自分が噂話のような曖昧なものを口にしていることに気がついたシスター。困ったような顔を浮かべると、そのまま口を閉じてしまいました。


 そんなシスターの気持ちを察したエレナが口を挟みます。


「中央区でもそういう噂は良く耳にするわよ。連邦の大物政治家や実業家が北西区の土地を次々と買収しているとか。カジノや高級ホテルの建設計画も、それを見越して動いている商人もいたわね」


 キモヲタは眉をひそめました。


「カザン王国の力が弱まった今のうちに、連邦が実権を握ろうとしていると? どこにでもありそうな話ではござるな。北西区の住民たちは、そうした野心の犠牲になっているというわけでござるか」


 キモヲタの視線を受けてもシスターは頷くことはありませんでした。


「噂はあくまで噂でしかありません。しかし、北西区に割り当てられる予算と、届けられる物資が減り続けていることは確かです」


 シスターは怪我人や病人が集まっている区画を指差しました。


「復興の拠点であるこの教会でさえ、物資は不足しているのが常態になっているのです。ポーションも包帯も食糧も、何もかもが足りていません」


 そう言って嘆息するシスターを見るキモヲタの瞳に、キラリン!と光が走るのでした。





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