第137話 ドド=スライムの精神感応

 ドド=スライムは数多くの黒スライムが融合して誕生した巨大な妖異です。


 新たに取り込まれた黒スライムの核は、時間をかけてより大きな核と融合していきます。核が大きくなるに従って、徐々にスライム独特の知性あるいは精神のようなものも成長し続けていたのでした。


 その結果、ドド=スライムは、まだ融合されていない個々の黒スライムを、精神感応によってある程度あやつることが出来る様になりました。

 

 とはいえ、それほど複雑な指示が出せるわけではありません。ただ得物を捕食してから、自分と融合するようにするだけのことです。


 最近では、融合したばかりの個体を分離して、獲物を狩りに行かせるということもできるようになってきました。


 いまやドド=スライムは、洞窟の一番奥に身を横たえ、狩りに成功したスライムが自分のところへ得物を捧げにやってくるのを待つだけの、怠惰な王様スライムとなったのです。


 ドド=スライムの同族への精神感応は、洞窟から数キロメートルにまで及ぶようになっていました。


 離れた場所にいる黒スライムが感じていることを、ドド=スライムも感じることができるのです。ドド=スライムは、遠方にいる黒スライムを操ることで、狩りをより効率的で邪悪なものにすることができるのでした。


 冒険者にとって黒スライムは基本的な対策と警戒さえ怠らなければ、雑魚中のザコ妖異でした。

 

 しかし、ドド=スライムの邪悪な智慧によって、洞窟周辺の黒スライムは狼の集団よりも狡猾で危険な存在となっていたのです。


 多くの冒険者を屠ってきたドド=スライム。今日も、遠方の黒スライムとの精神感応によって、餌になりにやってきた人間を感知しました。


「ふむ。朕の馳走がやってきたか。人間の雄が二匹と雌が三匹、四つ足が一匹か……悪くないぞよ」


 これから食すことになるご馳走を想像して、ドド=スライムはその巨大な身体をプルンと大きく揺らしました。


「どうやらこの洞窟に向ってきているようじゃな。どれ、いつものように洞窟に入ってきたところを黒スライム共に襲わせるとするかの」

 

 再びプルンと身体を揺らしたドド=スライムは、洞窟内のすべての黒スライムに命令します。


「皆のもの! 朕の声をきくのじゃ! これから餌がここにやってくる。壁や天井に張り付いて静かにしておるのじゃぞ! 奴ら全員が洞窟に入ってきたところで、一斉に襲い掛かるじゃ!」


 と言ったものの、ドド=スライムは精神感応によって黒スライムが命令をまったく理解していないことを感じ取っていました。


「むぅ。命令が複雑すぎたか。仕方ないのぉ。とにかくジッとしておれ!」


 今度はドド=スライムの命令が伝わり、洞窟内の黒スライムたちはいっせいにその動きを止めました。


 こうなると、通常の冒険者であれば、洞窟の中に入り込むまで黒スライムの存在になかなか気づくことはないかもしれません。


 ただ今回は事情が違ったようでした。洞窟を訪れた冒険者一行のなかから、犬耳族の子どもが入り口から中を覗き込みます。


「うえぇえ……壁にも天井にも張りついてるよ。もう見慣れたかと思ってたけど、これだけうようよういるとやっぱり気持ち悪いね」


 一目で黒スライムの存在がバレたことにドド=スライムは、おや?と違和感を感じました。


 ドド=スライムが知る由もありませんが、この子ども、犬耳族のキーラは、ここ数日のあいだ地下水道で黒スライム狩りに明け暮れていました。そのために黒スライムの存在を簡単に見つけることができるようになっていたのです。


 そこから先は、次々と黒スライムが狩られはじめ、怒涛のような勢いで冒険者たちが洞窟の奥へと侵入してきました。


「なっ!? どうして黒スライムたちは奴らを消化しない!? 一斉に襲い掛かれば簡単に動きを封じられように!」


 混乱するドド=スライム。黒スライムたちとの精神感応によって、とんでもないことになっていました。


「お尻痒い! お尻痒い! 痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い!」


 黒スライムたちから、ひたすら「痒い」という思いがドド=スライムに伝わってきます。


「お尻痒い! 痒い! お尻痒い痒い痒い痒い! かゆ……うま……」


 そして黒スライムたちは次々と、冒険者たちによって屠られ、消失していくのでした。


 状況を理解できずに混乱するドド=スライムが、最後に感じたのは、太った人間がこちらに向って立っていることと、その人間から発せられる音でした。


「おぉ、これがドド=スライムでござるか。思っていた以上に巨体でござるな。ハッ!」


 その後、ドド=スライムの思考は「お尻痒いぃぃぃい!」で埋め尽くされて、


 巨大な核に宿っていた意識は暗い深淵のなかへと消えて行くのでした。



































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