第131話 何をするにしてもまずは先立つもの!
~ 地下水道 ~
「ここ寒いよ、キモヲタ……早く済ませて帰ろうよ……あとトイレいきたい……」
キーラは身体をブルッと震わせながら、前を歩くキモヲタに声を掛けました。
「だから宿を出るとき言ったでござるよ」
たいまつを掲げながらキーラに振り返ったキモヲタ。
「寒さ対策するようにと我輩が言ったら、キーラたんはまだ若いから大丈夫とか言ってござったが、そういうことではないのでござる」
「こんなに寒いとか思ってなかったんだよ……くしゅんっ!」
キモヲタはリュックからタオルを取り出すと、それをキーラに手渡しました。
「とりあえず我輩の手ぬぐいをマフラー替わりにしてくだされ。首を温めるだけでもかなり寒さをしのげるはずでござる」
「ありがと……あっ、スライムいた!」
キーラが指差す方向を見ると、黒い粘液状生物が王都に水を運ぶ大きな陶管の上に張り付いていました。
キモヲタが松明の火を近づけて焼くと、ジュッと音がして黒スライムは消滅していきました。
「ほら、スライムもやっつけたしもういいでしょ! だいたい受注したクエストは大ネズミ退治で、もうノルマ分は狩ったんだから早く帰ろうよ」
「そういうことではないのでござるよ! 今日は日が暮れるまでスライム退治でござる!」
「ええぇ!?」
キモヲタの妙に固い決意を見たキーラの耳と尻尾がダダ下がりするのでした。
「どうしてこんなことに……」
鼻息荒く先へ進むキモヲタの背中を見ながら、キーラは昨日のことを思い返すのでした。
昨晩のエレナとの会話で、キーラは路上で売春をしていた少女を助けるために何ができるかを考えました。正義感に燃えるままに売春組織を壊滅させることも、売春などしなくても生活できるよう大金を積むこともできない。
具体的に考えれば考えるほど、自分ができることはほとんどないことを知って打ちのめされたキーラ。
結局、キモヲタが銀貨五枚で少女の休息を買ったように、せめて自分が王都にいる間は、同じことをしようと考えたのでした。
そのお金を稼ぐ手段としてキーラが選んだのが、ギルドのクエストだったのです。
その話をみんなにしたところ、エレナがキーラに娼婦を個人が買い取る「身請け制度」があることを伝えます。
「そうね。その女の子のことはしらないけど、キーラより幼いし、路上で立ってるくらいならそれほど高くないと思うわ。たぶん金貨50枚くらいで身請けできるんじゃないかしら」
「50枚!?」
キーラが驚いたのは無理もありません。それなら奴隷を買った方が遥かに安いからです。
「身請けをしようなんて奴は貴族や金持ちの商人で、その上その娼婦に惚れ込んでるからね。娼館もそこを見越してふっかけるのよ。それにその娘はたぶん娼館に借金してるはずよ。当然、それも含めての額ってわけ。一応、言っておくけど路上じゃなくて娼館にいる娘なら、最低でも200枚。売れっ娘なら1000枚なんてザラだからね」
「そんな……」
と、絶望するキーラと対照的に、キモヲタは表情を明るくしていました。
「では金貨50枚を用意できればいいでござるな!?」
喰い込み気味で訊ねてくるキモヲタに、セレナが引き気味で答えます。
「キモヲタがお金を用意してくれれば、私の方から紅蝶会に口利きしてあげる。……けど、いいのキモヲタ。勘違いしてたらマズイから言うけど、身請けしたらそれで終わりってことじゃないのよ。身請けするってことは、その娘の人生を引き受けるってことなの。その重みを理解してる? ただ困ってる女の子を助けたいって、犬猫を拾って飼うのとはわけが違うのよ」
もちろんキモヲタはエレナが言う重みなど理解していませんでした。あらためにキモヲタもキーラも、自分たちの無力さに打ちのめされるのでした。
「まぁ、ヘラクレスも高値がついてるし、キモヲタがその気になればかなりお金が稼げるとは思うけどね。でもそれでその娘を救ったとして、他の娘は? その家族はどうなの? いくらお金があってもすぐ足りなくなるわよ。もしかすると紅蝶会そのものを買い取るくらいしないと、二人が思っているような解決はないんじゃない?」
「それでござる!」
キモヲタが大きな声を上げました。
「どれよ! もしかして紅蝶会を買うつもり!?」
「つまり……それくらいのお金を用意すればいかようにもできるということでござるよ!」
この時点では、キモヲタに明確なビジョンが見えていたわけではありませんでした。ただ北西区で見た子どもたちや、娼婦の女の子に対して、自分がまったく無力ではないことに気がついたのです。
「キーラたん! 我輩にいい考えがござる!」
「なに!? いきなり立ち上がって、どうしたのキモヲタ!?」
「要するに我輩たちに足りないのはお金でござる! 何をするにしてもまずは先立つもの!」
「そうだね……」
「だから稼ぐでござるよ! 我輩たちでビリオネアーを目指すでござる! 」
鼻息を荒くして語るキモヲタ。キモヲタが何か凄いことを考えついたと思ったキーラの瞳がキラキラと輝きを取り戻します。
「び、びりおね……そ、それでどうするのキモヲタ!?」
「キーラたんがギルドで見つけた『地下水道の大ネズミ退治』クエスト、ここから始めますぞ!」
何か凄い解決策が聞けると思っていたキーラ。その答えが自分の持ってきたクエストだったと知り、ガックリと首をうな垂れてしまうのでした。
ついでに、クエストそれ自体へのモチベーションまで失ってしまうのでした。
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