第130話 そんな悪い奴! キモヲタが成敗しちゃえばいいんだよ!

 ギルドに指示書配達のクエスト完了を報告し終えたキモヲタとキーラは、そのまま宿に戻ってエルミアナやエレナと一緒に夜食をとっていました。


「……ってことが南橋であったの! あの女の子、無理やりあんなことさせられてるんだよ! 顔に殴られた痕もあったし!」


 キーラが北西区で見聞きした出来事をエルミアナたちに語っている間、キモヲタはずっと下を向いて考え込んでいました。


 北西区で見た目から光が消えた人々、復興局で出会った片足を引きずった子供や目の見えない子供、南橋の小さな売春婦。


 この数週間、キモヲタたちが過ごしてきた首都の中心部でも、同じような境遇の人々を目にすることはありました。


 ただ街中が復興の気運に満ちた中心部では、そうした人々でさえ目にも未来への希望の光が宿っていたのです。


 ぼんやり考え込んでいるキモヲタの耳に、キーラとエレナの会話が入ってきました。


「あの女の子だけじゃない! 他にボクと年が同じくらいの子たちが道端に立って……その……」


「売春してたのね。まぁ、復興が遅れている北西区じゃそれほど珍しいことじゃないでしょうね」


「エレナ、北西区のこと知ってるの!? もしかして行ったことがあるの?」


「ないわ。でも北西区についての情報は持ってるわよ。その南橋での売春を仕切っているのはマダム・バタフライの紅蝶会。表向きは高級娼館を経営してるけど、裏では人身売買までやってるわ」


 マダム・バタフライの名前を聞いて、エルミアナが僅かに顔をしかめました。エレナの商売に同行していた彼女は、マダム・バタフライの経営する高級娼館を訪れたことがあるのでした。


 その娼館で同族のエルフが何人も娼婦として働いているのを見て、胸中に苦々しい思いを抱いていたのです。


 一方、マダム・バタフライが人身売買に手を染めていることを聞いたキーラは、尻尾を逆立ててエレナに吠えました。


「そんな悪い奴! キモヲタがお尻痒くして、成敗しちゃえばいいんだよ!」


 熱くなるキーラを、生暖かく見つめるエレナ。


「そんな簡単な話じゃないの。複雑なのよ。紅蝶会は確かに悪いこともしてるけど、路上で働く女の子たちを守ってもいるわ」


「守る!? どういうこと!? ぜんぜん守ってないよ!」


「それはキーラお嬢さまが、路上で売春しないと生きていけないような立場に陥ったことがないからわからないだけ」


「そ、それはそうだよ! だけどそういうこと言うなら、エレナにだってわかるはずない……」


 エレナの言葉に食って掛かろうとしたキーラの声が、途中から尻すぼみに消えていきました。


 それはキーラやキモヲタがはじめてエレナに出会った夜に見たもの。彼女の身体に刻まれていた無数の傷と淫紋のことを思い出したからです。


「私は知ってるわよ」


 エレナの一言に、キーラだけでなくキモヲタとエルミアナも顔を下に向けるのでした。


 エレナは軽く肩をすくめて話を続けます。


「世の中そんなに単純じゃないの。確かに紅蝶会は、女の子に売春をさせているし、人身売買もしてる。売春も人身売買も、良いか悪いかで分ければ確かに悪い事でしょうね。でもその白と黒の間には、とても長い灰色があるのよ」


「でも人身売買なんて……ボクは許せない」


 奴隷市場に売られたことがあるキーラは、そう言って下唇を噛みました。


「あんたの気持ちはわかるわ。でもね。もし私が人身売買の商品になるしかないって状況になったら、モリトール隊じゃなく、マダム・バタフライに取り扱ってもらいたいって思うでしょうね」


「!?」


 モリトール隊の名前を聞いて、キーラはビクリと身体を震わせました。キーラはアシハブア王国で、人類至上主義者たちが集まったモリトールの騎士隊から酷い拷問を受けていたからです。


 彼らによって耳と尻尾を切り落とされたキーラは、そのあと奴隷市場に売られてしまいました。そのときの辛い記憶が蘇ってしまったキーラは、キモヲタの腕に力一杯しがみつくのでした。


 そんなキーラの様子を見つめながら、エレナが話を続けます。


「売春だって同じよ。もしそうせざる得なくなったら、私は紅蝶会の下で働くことを選ぶわ。商品を大事にするマダムなら、変態客を喜ばせるために『娼婦の手足を切り落とす』なんてことまではさせないでしょうから」


「えっ……」


「それにもしマダム・バタフライを亡き者にしたとして、その後、女の子たちが売春しなくてすむ状況になるの? そうじゃないなら、次はどんな連中がその娘たちを仕切るのかしら? マダムよりマシになるとキーラお嬢さまは思うわけ? 何か根拠があるの?」


「そ、それは……」


 キーラの表情が暗く沈むのを見て、キモヲタはエレナに手を向けました。


「エレナ殿、どうかその辺で。これ以上、お互いに傷をえぐり合うのはやめて欲しいのでござるよ」


「ごめんねキーラ。言い過ぎたわ。ただ、もしその娼婦の娘を助けたいと思って関わるのなら、よく考えて行動して欲しいって言いたかったの。誰かをやっつけさえすれば、それで全て解決なんて話じゃない。それだけよ」


「うん……エレナの言う通りだね……」


 エレナの話に頷いたキーラは、そのままキモヲタの腕に顔をうずめました。


「グス……グスッ……」


 キーラは南橋で出会った少女の痩せた身体と顔の痣を思い出し、彼女を助けらない無力さに打ちのめされ、とうとう涙を押さえられなくなりました。


 キモヲタは、そんなキーラの優しい思いを察し、空いた手で頭を優しく撫で続けるのでした。


 そしてキモヲタ自身も、キーラ以上に己の無力さを痛感しているのでした。

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