第129話 キーラタンよりも幼い、春を売る少女……

 北西区復興局からの帰り道。南橋に向う市場通りは人も多く、それなりに活気に溢れていました。


 通りにはチラホラと三~五人ずつで固まった警備兵たちの姿が見えます。プレートアーマーで身を固めた彼らに安心感と、それほど重武装をしなければならないのかという不安を同時に感じるキモヲタとキーラなのでした。


 ここでも危険な空気は感じられるものの、東橋の大通りで感じたほどの切迫した剣呑さはなく、二人は警戒を厳にしながらも、通りの出店をひやかしながら南橋へと歩いていました。


 戦後の混乱期にあって、しかも復興が遅れた地区ということもあってか、扱われている商品の中には出所の怪しい武具やアイテム、薬なども多く並べられていました。


 明らかに盗品か死者から剥ぎ取ったに違いなさそうな武具を並んでいる出店を見て、キモヲタは足を止めます。

 

 今回のクエストで、とりあえずでも武装することの重要性を認識していたので、何かよさげな掘り出し物でもないかと考えたのでした。

 

 刃こぼれや血糊らしき跡が残っている剣の中で、比較的新古品らしき長剣に木札が掛けられていました。


『聖剣イクスザスト 金貨10枚』


 キモヲタは知りませんでしたが、聖剣イクスザストはカザン王国の建国神話にも登場する名剣であり、もし本物であれば王侯貴族は金貨を何千枚払ってでも手に入れたいと考えるようなものでした。


「ねぇねぇ見て見てキモヲタ! これ聖剣だよ! 聖剣があれば魔物なんて簡単にやっつけられるし、金貨10枚は高いけど買えなくはないんじゃない!?」


 キモヲタは、聖剣と聞いて目をキラキラ輝かしているキーラに、生暖かい目を向けます。


「我輩としてはキーラタソの、その純真無垢な穢れ無き純真さは、いつまでも持っていて欲しいものでござるよ」


「えっ? ま、まぁキモヲタがそういうなら頑張ってもいいけど……いったい何の話?」


「つまりですな。これを聖剣というなら、キーラたんが使っている短剣は天の叢雲の剣でござろうし、我輩の愚息は聖剣エクスカリバーで間違いないということでござる」


「んー? つまりどういうことなの?」


「この剣には金貨10枚の価値もないということでござるよ」


「そ、そうなの? でもここには聖剣って書いてるよ……」


 二人のやりとりを聞いていた店主の顔がイラ立って歪みはじめたのを見たキモヲタは、キーラの手を取って歩きはじめました。


「とりあえずキーラタソは、服と食べ物以外の買い物をする際は、我輩かユリアス殿やエルミアナ殿に相談するのが吉でござる。その方が大損しなくて済むでござるよ」


「わ、わかった。そうする」


 素直に頷くキーラなのでした。



~ 南橋 ~


二人が南橋に辿り着くころになると、空がうっすらと茜色に染まりはじめていました。


 歩いているときには賑わっているように見えた市場通りも、河の対岸にある街並みがはっきりと見えるようになると、そのみすぼらしさがハッキリとしてきます。


「急いで帰るでござるよ、キーラたん」

 

 今いる場所の危険な空気をふたたび感じるようになったキモヲタは、キーラの手を取って橋を渡りました。


「ねぇ、キモヲタ。女の人がいっぱい立ってるけど、あれ何してるのかな?」


 南橋の両端には、ポツポツと女性が立っていました。よく見ると橋向うの河沿いの道にも、沢山の若い女性たちがそれぞれ距離を置いて立ち並んでいます。


「はて、一体なんでござろうな……っ!?」


 と、そこまで言ったところでキモヲタは言葉を詰まらせました。


 立ち並ぶ女性たちは、肌が多く露出する服と短いスカートに身を包み、通り行く男たちに身体を見せつけていました。


 道を急ぐキモヲタにも、女性たちはしなを作って艶めかしい笑顔を向けてきます。


「いったい何だろうね? 橋の下にも人がいるみたい……」

 

 ただキモヲタに手を引かれているキーラに気がつくと、女性たちはすぐにキモヲタへの関心を失ってしまうのでした。


 橋を越えたところでは、客らしき男性と女性が絡み合って濃厚な口づけを交わしていました。それを見てようやくキーラにも事情が呑み込めたようでした。


 北西区と中央区を結ぶこの南橋は、他の場所よりも治安は悪くないのですが、そのために却って安心して売春が出来ると、春を売る女性やそれを目当てに男たちが集ってきているのでした。


 前世から童貞を繰り越して、今や魔法使いから魔王に昇格しているキモヲタ。DTが捨てられるというのであれば、娼館に突撃することになんのためらいもありません。


 もしこれが、大戦で戦火に見舞われることがなかったアシハブア王国の華やかな首都であれば、道に立ち並ぶ売春婦にも食指が伸びていたかもしれません。


 ただこの場にいる女性たちに対して、キモヲタが童貞卒業焦燥症を発症することはありませんでした。


「ねぇ……お兄さん……わたしを買ってください……」


 痩せた女の子が、キモヲタのマントの裾を掴んで引っ張ります。明らかにキーラよりも年下の子供は、誰かに殴られでもしたのか目に青いあざができていました。


 キモヲタはそっと女の子の手をとって言いました。


「わかったでござる。お主を買うにはいくらいるでござるか?」


 キモヲタの言葉にキーラは一瞬驚きましたが、キモヲタの表情を見て女の子をどうこうしようというつもりはないことを理解しました。


「銅貨5枚でいいよ……」


「我輩、今は金貨しか持っていないでござる。キーラたんは……」


「ボク銀貨持ってる! 五枚あるよ!」


 キモヲタは街路樹下の茂みに移動し、キーラから受け取った五枚の金貨を女の子に手渡しました。


「お兄さん、こんなにはいらないよ」


「よく聞くでござるよ。この茂みの下に銀貨四枚は埋めて、今日は銀貨一枚の売り上げということにするでござる。また後日、一枚だけ掘り出して、今日とあと四日はゆっくりと休むのですぞ」


「えっ……」


 キモヲタは、ポカンとする女の子の頭をやさしく撫でながら言いました。


「どうせこの銀貨も取り上げられるのでござろう? もしバレてしまったら、キモヲタという客がお主を5日分買って、そうしろと言われたと言うのでござる。それまでに必ずまた来るでござるからな。そのときにまた我輩に声を掛ければいいでござるよ」


 最後にもう一度、女の子の頭を撫でたキモヲタ。


「あ、ありがとう。お兄さん……」


 この行いが何の問題の解決にもなっていない、むしろ女の子を危険な目に合わせることになるかもしれない。


 そんな苦々しい思いを噛みしめながら、キモヲタはキーラを連れて中央区へと戻っていくのでした。


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