第127話 下から女神のおっぱいを覗くものは、女神からも覗かれている

「まさか二人だけで東の橋からいらっしゃるなんて……」


 復興局のなかへ駆け込んだキモヲタとキーラを出迎えたのは、ラーナリア正教のシスター・エヴァでした。短く刈られた金髪と青い瞳。若かりし頃はさぞ男性たちの心を鷲掴みにしたであろう面影が残っています。


「えっ? 東の橋以外からでもここに来れるのでござるか? 地図にはなかったでござるが……」


 キモヲタがギルドから支給された地図をシスター・エヴァに手渡すと、彼女はその中身を見た後で、額に手を当てこめかみを揉み始めました。


「これはもう古い地図です。先月、南橋の修復が終わっているのですよ。そちらの橋を使えば、人の往来が多い市場通りからここに来ることができます。警備兵も巡回していますし、日中ならそうそうトラブルに遭遇することもないでしょう」


「なんと、そうだったでござるか!? 東橋からここに来るまでに、我輩たちは相当ヤバそうな連中に追われていたでござるよ!」


 シスターの話によると、今では南橋以外のル―トはかなり治安が悪くなっているということでした。


 またこの北西区に指示書を届けるクエストは、これまで最低でも4人のパーティ編成が組まれており、二人だけでここを訪れた冒険者は初めてだということでした。


「なっ!? これは、そんな危険なクエストだったでござるか!?」

 

 ここに来てキーラは、ギルドでの掲示板のことを思い出しました。


「他の地区への配達クエストは、すぐに持っていかれたのに、北西区配達が最後まで残ったのって……」


「つまりは、これほどまでに危険だからということでござるな」


 驚く二人に、シスター・エヴァが頷きます。


「しかもその危険の中身といえば、モンスターや山賊が襲ってくるわけじゃない。飢えた子供や老人、大事な家族を失って自暴自棄になった人たちなのよ。それは本来冒険者たちが相手にするような脅威じゃない。むしろ守るべき者たちから狙われるのだから、やっていられないっていう冒険者は多いの」


 キモヲタもキーラも、それなりに冒険者を続けてきました。なのでキモヲタとて、ここに来る途中で襲ってくるのが、魔物や山賊・盗賊の類であれば、さっさと【お尻痒くな~る】で撃退することができていたでしょう。


 キーラも、その爪や短剣でゴブリンの喉を切り裂くことに、まったく躊躇するようなことはありません。

  

 しかし、東の橋からここに到るまでに二人が感じた恐怖は、そういったものとはまったく違ったものでした。


「まるで……」 

 

 地獄の亡者に追われ縋られるような……と言いかけて、キモヲタは口を閉じました。道にうずくまっている者や、自分たちを追って来た虚ろな瞳の若者が、ただ生きようとしている普通の人間であることが、今さらのように胸に染み込んできたからです。


「キモヲタ……」


 キーラが、キモヲタが言いかけていたことや、その心境ををなんとなく感じて、そっと手を握りました。


 キーラの優しさのおかげで気を取り直したキモヲタは、ギルドから預かった指示書をシスター・エヴァに差し出します。


 指示書を受け取ったシスターは、返事の手紙を用意するので、しばらく待つように言って、その場を離れていきました。


 待っている間、手持ち無沙汰になったキモヲタとキーラは、そこでようやく周囲の状況に目を向けることができました。


 元教会である復興局の中では、多くの人々が忙しそうにしていました。礼拝堂だった大広間は、長椅子を使って区画分けされており、診療所や事務所、食事処や保育所などに分かれていました。


 二人は、シスターに指示された通り、礼拝堂の一番奥にあるラーナリア女神像で待つことにしました。祈りを捧げる人々の邪魔にならないように、キモヲタとキーラは長椅子の端に腰かけます。


「下から女神のおっぱいを覗くものは、女神からも覗かれているのでござろうか……」

 

 ラーナリア女神像の胸部分の造形について、実存哲学的思考を巡らしていたキモヲタ。やがて女神像のドレスの裾からチラリとのぞく片脚のエロさにも気づいたときに、ふと視線を感じました。


「ジィィィィィ」


 最初はキーラの視線かと思ったキモヲタ。ところがキーラと言えばキモヲタの膝に頭を乗せて、スースーと寝息を立てていました。


 キモヲタが左右を見て視線の元を探すと、目の前の長椅子の背からこちらを見ている女の子がいました。


 まだ幼い栗毛で青い瞳の少女は、キモヲタと視線が合うと、少し驚いた表情を見せてから話しかけてきました。


「オークさんは、冒険者さんなの?」


「我輩はオークではござらぬよ、幼女殿。こうみえて人間の冒険者でござる」


「オークさんは、人間の冒険者さんなんだね! いつも来る人達みたいに怖い顔してないね! オークさんは、やさしいオークの冒険者さんなの?」


 自分がオークであるという誤解よりも、キモヲタは怖い顔という言葉が気になりました。


「いやだから、我輩はオークではござらん。キモヲタと呼んで欲しいのでござる」


 でもやはり、まずは幼女のオークという認識修正を優先するキモヲタなのでした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る