第126話 キモヲタとキーラの、ぶらり危険な北西区

北西区復興局に向って歩き続けるキモヲタとキーラは、周囲の異様な空気に肌がピリピリと刺激されるような感覚を覚えていました。


それは、あるいは誰かに向けられている殺意に反応しているような、あるいは張り巡らせられている罠に気がついた潜在意識が警告を発しているような、とにかく落ち着かないものでした。


単に風景だけを切り取ってみれば、二人が歩く街の大通りは、いたって静かなものでしかありません。通りにはまったく人気がないわけでもありませんでした。


ただ、通りの至る所に見られる崩れた建物の影からは、キモヲタたちの一挙手一投足をじっと見つめるような視線が感じられます。


また通りにいる人々には生気が感じられず、道端に座り込んでブツブツと何かをつぶやいている者や、まるで目が見えなくなった人のように、ふらつくように歩くひとがほとんどだったのです。


彼らはキモヲタたちの存在に気がつくと、光のない瞳でジッと二人のことを見つめてくるのでした。


「キ、キモヲタ……ボク、ここの人たち、ちょっと怖いかも……」


キモヲタの腕にしがみつくキーラは震えていました。


「だ、大丈夫でござる。もし襲ってくるようなことになれば、我輩が全員の尻を地面に擦りつけさせてやるでござるよ!」


 復興が遅れている地区とはいえ、まさかここまで荒廃しているとは考えていなかったキモヲタ。道行く人々から向けられる剣呑な視線に、今では警戒心を最大限まで引き上げています。

 

「こんなことなら何か武器でも用意してくるのでござったな。使わずとも見せるだけでそれなりの威圧になったでござろうに」


 キモヲタもキーラも、冒険者でありながら武器を携帯していませんでした。キーラは、旅の間は短剣を下げてはいました。彼女の場合、手ぶらのいまでも、戦いとなれば爪を武器として、それなりに戦うことはできます。


 しかしキモヲタは旅の道中も今も、まったく武器を身に着けていませんでした。もちろん旅に出たばかりの頃は、ショートソードを身に着けていたのです。


 いかにも鋼の得物を腰に下げて、いかにも冒険者らしい格好になったキモヲタは、最初の頃は意気揚々としていました。


 ところがキモヲタは、旅に出てから一週間もしないうちに、途中立ち寄った町でショートソードを売り払ってしまったのでした。


 それは「重い」「危ない」という2つの理由からでした。


 ただでさえパーティーの中で最弱体力のキモヲタ。旅においては皆について行くだけでも大変なのに、腰に下げたショートソードはただの錘でしかありません。


 また剣の訓練などしたこともない、学生のときの授業では柔道を選択していたキモヲタにとっては、刃がついた得物を振り回すなど危うさしかなかったのでした。

 

 ユリアスから基礎練習方法を教わりはしたものの、そもそも基礎体力が不足しているキモヲタです。


 あるとき練習中に、思わずショートソードを振り切って地面に刺してしまったことがありました。左足のわずか1cm右の地面に、鋭い剣先が刺さっているのを見たキモヲタは、この武器が敵を切るよりも、自分の身体を切る確率の方が遥かに高いということに気がついてしまったのです。


 それ以降、キモヲタは剣を持つのをきっぱりと止めました。自分には飛び道具が楽……合ってる!と考えた末に、コンドー〇を使ったスリングショットを作成するに至ったのです。

 

 そのスリングショットさえも、王都に入ってからはカバンにしまったままのキモヲタ。ここ最近ずっと武器とは無縁の生活を続けていたのでした。

 

 キモヲタの戦い方は最初から最後まで【お尻痒くな~る】ですので、そもそも武器は不要であると考えていたのです。


 しかし武器には、それを携帯することで「威圧」にもなるということに、今さらながら気づいたキモヲタでした。


「キ、キモヲタ! あ、あれ見て……」


 キーラが見ている先に目をやると、数人の若者がキモヲタたちを見て何やらブツブツと話しているのが見えました。


「ど、どうにも歓迎されているようには見えないでござるな……。キーラたん、急ぐでござるよ」


「う、うん……行こう」


 二人は復興局に向って急ぎました。


 若者の一人が、それを見てキモヲタたちに近づこうと歩き出します。危機感を抱いたキモヲタたちが歩く速度をあげると、その他の若者たちも一緒になって二人を小走りで追い駆け始めました。


「ま、まずいでござる! キーラたん! 復興局まで走るでござるよ!」


「う、うん!」


 キモヲタとキーラが本格的に走り始めると、それに気がついた若者たちも走り出しました。


 キモヲタが不気味に思ったのは、彼らが黙って追ってくることでした。野生の肉食獣が得物を狩るように、ただ黙々と迫ってくるのです。


「おい待て!」とか「金をよこせ!」とか物騒なことであっても、何か叫んでくれた方が雑魚っぽくて、何とか対処できそうな気がするとキモヲタは、走りながら考えていました。

 

「……」※若者たち


「ひぃぃぃ! 怖いでござるぅぅ!」


 若者たちの光のない深淵の瞳が見えるくらいの距離まで詰められたキモヲタが、【お尻痒くな~る】を発動しようと決意した瞬間。


「キモヲタ! 復興局だよ! 門が開いてる!」


 広場に出たキモヲタとキーラは、その先にある元教会の復興局に向って一目散に走っていくのでした。




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