キモヲタ男爵奮戦記 ～ 天使にもらったチートなスキルで成り上がる……はずだったでござるよトホホ ～

第125話 お得なクエスト！？ 世の中そんなに甘くないでござるぅ！

　最近、自分の肉付きが想定以上に良くなっていることに危機感を抱いたキーラ。どうせ運動して汗を掻くなら、クエストでお金を稼ごうとキモヲタを引き連れてギルドへと足を運びます。

　アシハブア王国の冒険者であることを証明する紹介状をユリアスから受け取っていたこともあって、ギルドでの冒険者登録はスムーズに運びました。

　また戦後復興の波によって需要が超拡大しているギルドは、元々は銀行だった巨大な石造りの建物に設置されていました。

　巨大な石柱が、まるで天を支える巨人のように立ち並び、その頭上には複雑な彫刻が施された重厚な石のアーチが架かっています。

　その下には、数多くの冒険者がひしめき、職員たちは忙しそうにしています。

「この喧騒では、半端者の冒険者による新人いびりのイベントは起こりそうにないでござるな。少し残念でござる。デュフコポー」

「なに訳のわからないこと言ってるのキモヲタ！　早くクエストを探しに行くよ！」

　身体のラインを取り戻すために、今すぐにでもクエストをはじめたいキーラがキモヲタの背中をグイグイと押します。

「ちょ、キーラ殿。そんなに急かさなくともクエストは逃げないでござるよ！」

～ お使いクエスト ～

　二人が選んだのは「王都各区に設置されている復興局に指示書を届ける」というクエストでした。

　クエストは各区ごとに分けて発注が掛けられているようで、キーラがそれに気がついたときには、他の冒険者たちが次々とそのクエストに手を伸ばしているところでした。

　とうとう「北西部復興局への指示書配達」を残すのみとなったとき、近くにいた冒険者のつぶやきをキーラは耳にします。

「チッ！　足を動かすだけで楽して稼げるクエストだったのによ。もう今日は捌けちまったか。しゃーない。明日はもう少し早めに来るとするか」

　どうやらこの配達クエストは、かなり実入りの良いものだと感じたキーラ。これは「お買い得！」とほぼ反射的に、最後に残っていた北西部復興局への配達クエストに手を伸ばします。

　しかし、このときのキーラは気づいていませんでした。先ほどの冒険者をはじめ、近くに群がっていた冒険者たちが、この最後に残ったクエストには手を伸ばそうとしなかったことに。

　その理由はすぐに明らかとなりました。

　乗合馬車を使って王都北西区近くまで来た二人。馬車は北西区に渡るための石橋の前で停まって、二人を降ろしました。

「ふーむ。どうせなら北西区のなか、なんなら復興局の前で降ろして欲しかったでござる」

　キモヲタのひとりごとに、御者が大声をあげて答えます。

「バカ言うな！　こんな危ないところ、入っていけるわけねーだろ！　アンタら北西区に何しに行くのかしらねーが、せめて日の明るいうちに用事を済ませて、さっさと退散するこった」

「ほへ！？　いったいどういうことでござる？」

　その問いに答えることなく、乗合馬車はこの場を離れていきました。

「ほらっ、キモヲタ！　さっさと配達に行こう！　北西区はアッチだよ！」

「そうでござるな。早くクエストを終わらせて、大通りで祝賀食べ放題パーティーを開くでござ……」

　キーラに返事をしつつ振り返ったキモヲタは、目の前に広がる北西区を見て言葉を失うのでした。

「こ、これは……これが北西区でござるか」

　河をひとつはさんだ橋の向こうにある北西区は、明らかに雰囲気が違っていました。

「なんだか橋の向こうが異世界のように見えるでござる。どちらかというとホラー系の……というかもしかしてこの川は三途の川でござるか？」

　思わずゴクリとツバを呑み込むキモヲタ。

　カザン王国の首都に足を踏み入れたとき、キモヲタは街のあちこちで大戦の爪痕を見てきました。それでもあまり悲惨さを感じることがなかったのは、戦火の痕跡が日々修復され、街に復興に向ける人々の活気に満ち溢れていたからです。

　しかし、今キモヲタが目にしているこの北西区は、異様な静けさに包まれていました。そこにはキモヲタがカザン王国に入る前に想像していた、戦火にまみれた地獄の風景がそのまま広がっていたのです。

「ほ、ほら！　なにしてるのキモヲタ、さっさと行こう！　ま、まだ日は高いし、大丈夫だよ。きっと……」

　そういって急かすキーラの声には、内心の不安が漏れ出ていました。

「そ、そうでござるな。まだ日は高いし、きっと大丈夫でござる」

　キーラにギュッとしがみつかれて、勇者度が少しあがったキモヲタ。いつでも【お尻かゆくな～る】を発動できるよう心の準備をしながら、橋を渡っていきます。

　北西区への入り口に立つと、キモヲタはまるで別世界に迷い込んだかのような錯覚に陥りました。

「や、やはり異空間でござったか……」

　明らかに空気が淀んでいるのを感じたキモヲタ。あらためて周囲を見回して、その光景に思わず息を呑んでしまいます。

　街のそこかしこに瓦礫の山が残り、焼け落ちた建物の骨組みが、朽ち果てた巨大な魔物の歯のように空を指していました。

　かつての繁栄を偲ばせる石畳の道は、今や雑草が這い出る隙間だらけの廃道と化しています。

　かつては賑わいを見せていたであろう広場には、今や錆びついた屋台の残骸が転がるのみ。その周りを、やせこけた野良犬が物音に怯えながらうろつく姿が、この地区の荒廃を如実に物語っていました。

「と、とにかく早く手紙を配達して帰ろう！」

　キモヲタにしがみつくキーラの腕の力がさらに強くなりました。

「そ、そうでござるな。幸いにも復興局はここからでも見えてござる。とっとと行ってクエストを終わらせるでござるよ」

　ほとんどが朽ち果てた瓦礫ばかりの街の中で、ひとつだけ破壊の跡がない立派な教会が聳え立っていました。それは、ギルドから借りた地図に記されている復興局の場所と一致しています。

　復興局に向って恐る恐るかつ速足で進んで行くキモヲタとキーラ。進むにつれて、チラホラと人の姿も見えるようになってきました。　

　しかし、それでホッと安心するようなことはなく――

　人々から虚ろな目を向けられた二人は、不安をより大きくするだけなのでした。