第124話 心を打ち砕いた、そのひとこと……
怠惰な生活を送り続けるキモヲタにエルミアナがブチ切れた翌日。キモヲタとキーラは仕事を探すべく、二人で王都にあるギルドに向っていました。
「それにしても昨日のエルミアナ殿の怒り様には、本当に驚いたでござる。キーラたんもとんだとばっちりを喰ってしまったでござるな」
「うん、そだね……」
キモヲタが語り掛けても気のない返事をするキーラ。その足取りには元気がなく、トボトボとキモヲタの隣を歩いています。
キーラに元気がないのには理由がありました。先ほどからずっと、昨日のエルミアナから言われた事が頭のなかでグルグルしていたからなのです。
『キモヲタ殿もキーラ殿も、毎日毎日喰って寝ているだけではないですか! いくらユリアス殿から待機指示が出ているとはいえ、まだ区私たちの仕事は終わっていない以上、賢者の石について噂話でもないか調べるくらいしたらどうですか! だいたい私が毎日毎日、エレナ殿の護衛をしているのは、キモヲタ殿の商売をサポートしているようなものでしょ! 少しは私を労わってくれても良くありませんか!?』
エルミアナに怒鳴られたキモヲタは、激昂する金髪エルフのエメラルドの瞳に怯え、ベッドの上で大きな身体で小さく丸まっていました。
『食べてばかりいるから、元々オークのように太っていた身体が、さらに丸々となってきているではありませんか! いいですか、私は決して自分だけが損してるような気がして、何だかイライラするので怒ってるわけではありませんよ! えぇ違いますとも! お二人の健康が心配なので言ってるんです! 少しは仕事したらどうですか!』
恐らく禄でもない言い訳をはじめようとしていたキモヲタをキーラが制止して、エルミアナを宥めに掛かりました。ところがそのとき、エルミアナの八つ当たりがキーラにまで及んでしまいます。
それがキーラをノックアウトしてしまったのでした。
『だいたいキーラ殿もですよ! キモヲタ殿に付き合って、そんなにぷっくりとした身体になることはないでしょう!』
ぷっくりとした身体になることはないでしょう!
ぷっくりとした身体になることはないでしょう!
ぷっくりとした身体になることはないでしょう!
エルミアナのひとことが、キーラの頭を鐘のようにガーン!と打ち鳴らしたのでした。
「クッ!」
そのときの衝撃は、今でも頭の中に響いています。
「んっ? キーラたん、どうしたのでござる? もしかしてどこか調子でも悪かったりするでござるか? なんでしたら宿に戻って【足ツボ治癒】するでござるよ」
心配そうに顔を覗き込んでくるキモヲタに、首を振るキーラ。
「大丈夫。これは治癒じゃ治せないことだから……たぶん」
毎晩寝る前にキモヲタにしてもらっている軽い【足ツボ治癒】の後、こっそりとお腹の肉をつまんでみたキーラは、その分量に変化がないことを確認していたのです。
キモヲタも毎晩のように自分に【足ツボ治癒】をしているのをキーラは知っています。そのキモヲタが、以前より太った状態のままであるということは、この問題にキモヲタの治癒は無力なのだとキーラは理解したのでした。
「はぁ……」
キーラは深くため息をつきました。
なんとなく自覚はあったのです。
それはカザン王国に入る前にキモヲタがネットショップで買ってくれたメイド服衣装が、最近少しだけ、ほんの少しだけ「キツクなった……かも?」と思った瞬間が、今にしてみれば確かにありました。
朝、顔の洗顔で両手が頬を撫でるとき、「あれ? 少し丸くなった……かも?」と思った瞬間が、確かにあったのです。
しかし、自分が太ってしまったという事実を認められない乙女心が、そうした警告をすべて聞かなかったことにしてしまっていました。もし万が一、まかり間違って肉づきが良くなったとしても、ちょっと運動でもすればすぐに痩せられるからと、自分に言い訳し続けていたキーラなのでした。
『そんなにぷっくりとした身体になることはないでしょう!』
エルミアナのひとことで、他人から見ても明らかなくらい無駄肉がついていることを知ったキーラは、恥ずかしさで死にそうになるくらい衝撃を受けていたのでした。
元気をなくしたキーラを見て、キモヲタが心配そうに声を掛けます。
「本当に大丈夫でござるか? なんでしたら、今日はギルドに行くのをやめて、スイーツ巡りにするでござるよ。実は昨日、宿の客からチョコレートと生クリームをバカみたいに盛ったパンケーキを出す店の情報を仕入れているでござる」
「ゴクリッ!」
キモヲタの提案に思わずツバを呑み込むキーラ。しかし、次の瞬間には激しく首を横に振り、ついでに全身でイヤイヤをして拒絶します。
「だ、駄目、駄目だよキモヲタ! ボクたちはいまからギルドに行くんだよ! スイーツなんて……スイーツなんて駄目なんだよ!」
強い意志をもってスイーツを拒絶するキーラの目の端には、うっすらと涙が浮かんでいるのでした。
「わ、わかったでござるよ。キーラたんがそういうなら、ギルドに向うでござる。それほどまでにクエストをしたかったとは、キーラたんは立派な冒険者になったでござるな!」
キーラの涙の意味を、まったくもって理解していないキモヲタなのでした。
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