第123話 働かざる者と働かされる者

 カザン王国の首都アズマークに滞在してから二週間。今日もキモヲタとキーラは、陽光に輝く目抜き通りをゆっくりと歩いていました。


 美食グルメの日々で以前より太った体を揺すりながら、キモヲタは目を輝かせて周囲を見回していました。一方、キーラは犬耳をピクピクと動かし、好奇心旺盛な様子で通りの喧騒に耳を傾けています。


「おっ! また新しい屋台が出ているでござる。キーラタン、ちょっと寄ってみるでござるよ!」

 

「キモヲタはまだ食べるつもりなの!? さっき焼き串をいっぱい食べてたでしょ! そのお腹、前よりひとまわり大きくなってるし、なんだか歩くのも遅くなってるよ! もう食べるのはやめて運動しなきゃ!」


 キーラは呆れたような、でも少し楽しそうな表情で彼を見上げます。


「確かにキーラタンのいう通り、我輩、かなり太ってしまった自覚はありますぞ」


 キモヲタがタプンタプンの自分のお腹をさすりながら、キーラの言葉に頷きました。


「あの屋台。どうやらクレープ屋さんのようでござるが、ここは諦め……」


「行こうキモヲタ! 早く! 早く!」


 キーラに手を引かれ、クレープ屋台に向ったキモヲタ。結局、甘いクリームがたっぷりと詰め込まれたクレープを、屋台の人が呆れるほど買い食いしました。


 お腹が満たされたキモヲタとキーラは、再びブラブラと通りを歩き始めました。


 通りには、色とりどりの看板を掲げた店が立ち並んでいます。多くの店が、外から覗くと魔石ランタンが光って店内を明るく照らしていました。


 これは魔鉱石の産地であるカザン王国ならではの風景で、小さな商店であっても魔鉱石を潤沢に使った照明器具が使われているのでした。


 行き交う人々の中には、様々な種族が混じっており、エルフやドワーフなどの姿も見えました。まさに異世界の雰囲気を醸し出している光景に、キモヲタの心は躍りました。


 とはいえ、華やかさを感じるこの風景の中にも、人魔大戦の爪痕があちこちに散見されました。


 建て直されたばかりの建物や、修復のための足場がある店舗は、どの通りにも見られます。あちこちで工事が続けられており、喧騒の中にはそうした人々の声が多く混じっていました。


 キーラが突然立ち止まって、キモヲタの手を掴みます。


「あっ! キモヲタ! あれ見て!」


 キーラが指さす先には、ケーキの山が積み上げられたカフェがありました。ショーウィンドウには、クリームたっぷりのケーキや色鮮やかなマカロンが並んでいます。

 

「えっ!? まだ食べるのでござるか!? さすがの我輩も、さっきのクレープでもうお腹がいっぱいでござるが」


「それはそれ! これはこれ! 甘味は別腹だよ!」

 

 結局、キーラといっしょにカフェに入って、体重を1kgも増やすことになるキモヲタでした。




~ 怒れるエルフ ~


 宿に戻ったキーラとキモヲタは、ベッドのうえでゴロゴロして過ごしていました。


「ねぇ、キモヲタ。明日はどこに行くの?」

 

 キーラがキモヲタのお腹に頭をのせて、ゴロゴロしながら尋ねました。


「この辺りのお店はほとんど食べ尽くしてしまったでござるし、乗合馬車で少し遠出してみるのもよいかもですな」


「馬車で遠出するの!? だったら、今日キモヲタが買ってくれたメイド服、着て行こうかな!」


「それはナイスでござるな! キーラタンのために尻尾穴をつけたメイド服、きっと似合うこと間違いござらん! 明日が楽しみでござるな!」


 黒いメイド服を着たキーラの姿を想像して、キモヲタはニチャリと笑いました。 


「メイド服のときだけは、我輩のことをキモヲタではなく『ご主人さま❤』と呼んで欲しいでござるよ」


「フフフ♪ キモヲタ、キモイ! でもいいよ! ちゃんとそう呼んであげる!」


「デュフフフ♪」


 二人が楽しそうに笑い合っているところへ、部屋のドアがノックされました。 


 扉を開けて入って来たのは、エレナとエルミアナでした。


 エレナは、ベッドのうえでゴロゴロしているキモヲタとキーラを見て、ニッコリと笑みを浮かべました。


「あら、今日は戻るのが早かったのね。最近は夜食も外で食べてきてたのに」


「この辺りの屋台や料理店はほぼコンプしてしまったでござるからな。次にそなえて今日は食休めでござる。ところでエレナ殿の首尾は……」


 キモヲタの質問に、エレナは満面の笑みを浮かべて答えました。


「上々よ! ハイ、キモヲタの取り分」


 ずっしりとした金貨袋が、キモヲタの手に渡されました。 


 キモヲタやキーラが毎日遊び暮らせていたのは、このエレナがぐりんぐりん動く「ヘラクレス」を、貴族や貴族向けの娼館に売り込んでいたからでした。


「デュフフ。エレナ殿、お主も相当やり手よのぉ」


「フフッ。それはどうも♪ ヘラクレス以外のものも売れそうだから、後で相談させてね」


 ニチャリとした笑顔をお互いに向け合うエレナとキモヲタ。その後ろでは、エルミアナがプルプルと肩を震わせていました。


「おや、どうしたでござるかエルミアナ殿。買い食いし過ぎてお腹の調子でも悪くしちゃったでござるか?」

 

 ベッドの上でゴロゴロしながら、キモヲタはエルミアナに声をかけました。そんなキモヲタを見て、エルミアナの顔が真っ赤に染まっていくのでした。


 王都に到着してから、エルミアナはずっとエレナの手伝いをしていました。仕事の手伝いだけではなく、エレナの護衛も兼ねていたのです。


 セリアとの別れ際にエレナが馬を与えたその善意に報いようと、エルミアナは彼女の手伝いと護衛を引き受けたのでした。


 エレナと言えば、キモヲタが異世界から取り寄せるアダルトグッズでひと財産築こうと東奔西走。結局、エルミアナはその間ずっと彼女の傍らにいることになりました。


 エレナの行く先は、色ボケ貴族や娼館ばかり。そういう場になじみのないエルミアナにとっては、気を抜くことができない日々が続いていたのでした。


 彼女にとっては肌に合わない過酷な環境で、ずっと働き詰めだったエルミアナ。ストレスが溜まり続けている自分と対照的に、ずっとベッドの上でゴロゴロして太り続けるキモヲタ。


「毎日ゴロゴロゴロ、ゴロゴロゴロゴロ、少しは働いたらどうですかっ!」


 そんなキモヲタを見て、エルミアナの血管が一本や二本切れたとしても、それは仕方のないことだったのです。


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