第110話 吸血鬼ストリゴイカ

 一糸まとわぬエルミアナの美しさに、ボルギナンドたちの目が釘付けになっているとき、どこからかゴトンと何かが落ちるような音が聞こえてきました。


 侵入者がいるかもしれないという危機感をすっかりと忘れていたボルギナンドとその仲間は、飛び上がらんばかりに驚きます。


「な、何の音だ!?」

「大きな石でも落ちたような」

「そ、そう言えば様子を見に行った連中が戻ってないぞ」


 ようやく四人の仲間が戻らないことに気がついた三人。なにか異常事態が起きていることに警戒を強めます。


「フェラン、入り口から外の様子を覗いてみろ。だが外には出るなよ」


 ボルギナンドに命じられた背の高い男が、入り口扉を少し開いて、外の様子を確認します。


「おーい! フィリップ! パウロ! 何かあったのかー!」


 フェランが入り口の扉から首だけを外に出して、大声で叫びました。


「大声を出すなフェラン! 侵入者を警戒させちまうだろうが!」


 怒ったボルギナンドが叫びますが、フェランは返事をしません。


「おいフェラン! もういいから戻ってこい! おい、犬耳のガキ、お前が外にいって四人を探してこい」


 セリアの傷口を押さえているキーラに、ボルギナンドが身振りで外に出るように促します。


「いいか。助けを呼ぼうなんて考えるなよ。お前が四人を連れて戻ってこなかったら、この三人を殺すからな。エルフの女、ガキの代わりにそいつの傷口を押さえてろ」


 ボルギナンドは、エルミアナに剣先を突きつけて、セリアの傷を押さえさせました。


 ボルギナンドを睨みつけながら、キーラはゆっくりと立ち上がります。


「さっさと行け!」


「もしかすると荒事になっているかもしれない! 彼女では危ない。私が行く!」


 ようやく痺れから解放されたユリアスが声をあげます。


「足だけ縄をほどいてもらえば、手はこのままでも構わない。行かせてくれ!」


「行かせるわけないだろうが! お前はそこで大人しくしてろ!」


 ボルギナンドはエルミアナとセリアの方に剣を向けて、キーラに外に出るように命じます。


「四人を連れて戻ってこい! いいな!」


 ボルギナンドの剣を見つめながら、キーラは静かに頷きました。


「わかったよ……」

 

「せめて彼女に服を着せてやってくれ! あれでは男に襲われてしまう!」


 ゆっくりと入り口に向けて歩き始めるキーラの背中を見て、ユリアスがボルギナンドに懇願します。


「うるせぇ! てめぇは黙ってろ!」


 ボルギナンドの仲間がユリアスの顔面を殴りました。 


「くっ!」


「お前が何を言おうと聞くつもりはない。そもそもこのガキが誰に襲われたところで、俺はまったく困らん」


 ユリアスの口から赤い血が流れるのを見て、ボルギナンドがニヤリとした笑みを浮かべます。


「おい、フェラン! 四人はガキに探させるから、お前は戻ってこい!」


 ボルギナンドは入り口にいる仲間に声を掛けますが、フェランは首を外に出したまま返事をしません。


 入り口に向っているキーラが途中で足を止めました。


 本来なら、人より何倍も感覚のするどいエルフや犬耳族であれば、とっくに気がついていたかもしれません。


 しかし、ボルギナンドたちの行動に全集中力を向けていたため、それに気づくのが遅れてしまいました。


「おい、フェラン、どうした! さっさとこっちに来い!」


 ボルギナンドの叫びに応じたのは、フェランではなくキーラでした。


「ねぇ……」


 キーラが困惑した表情をボルギナンドに向けます。


「この人……死んでる……」


 キーラがそう言うと同時に、 


 ギィィィィ!


 扉がゆっくりと開て、


 バタン!


 フェランの身体が、部屋の内側に向けて倒れ込んできました。


「うわぁぁあああ!」


 最初に叫んだのはキーラでした。キーラはそのまま床にへたり込み、入り口から遠ざかろうと手足をバタつかせます。


 キーラの様子を訝しんだボルギナンドたちは、フェランに向って声をかけました。


「どうしたフェラン!」

「な、何だ……フェ、フェラン!」


 その直後、ボルギナンドたちも、キーラと同じような叫び声をあげることになりました。


 彼らもキーラと同じものを目にしたからです。


 フェランの身体には、頭部がありませんでした。


 倒れたフェランの身体から、大量の血が床に広がっていきます。


「だ、誰だ! 誰がフェランをやりやがった!」


 ボルギナンドたちは剣を入り口に向けますが、二人ともその手は震えていました。


 ギィイィイイ!


 入り口の扉がさらに開かれます。


「キーラ殿、私たちの後ろに隠れて! 早く!」


 ユリアスの鋭い声に、キーラは慌てて立ち上がると、ボルギナンドたちを大きく迂回して、ユリアスたちの後ろに隠れました。


 ボルギナンドたちはキーラの行動に反応しませんでした。視線は入り口に向けられたまま、侵入者への威嚇を試みます。


「お、おい! この卑怯者! 正々堂々と姿を見せろ!」


 ボルギナンドの声に、答えたのは地獄の底から響くような声でした。


「よ……こせ……」


 開かれた入り口の扉に、月明りを背にした影が現れました。


「ば、化け物!?」


 影を見たボルギナンドが叫びます。その叫びに呼応するかのように、その怪物は声を出しました。


「お前の……大事なものを……寄こせ……」


「ストリゴイカ!?」 


 その影の正体に気がついたエルミアナが叫びました。エルミアナの声に、ユリアスやキーラ、そしてボルギナンドたちの目が恐怖で大きく開かれます。


 ただセリアだけは、彼らとは違って、戸惑いの表情を浮かべていました。


「ヴィドゴニア……」

 

 目隠しをしていた彼女は、何も見えるはずがないにも関わらず、侵入した影に向ってその言葉をつぶやいたのでした。

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