キモヲタ男爵奮戦記 ～ 天使にもらったチートなスキルで成り上がる……はずだったでござるよトホホ ～

第111話 ストリゴイカを退散させる方法

　「お、おいニック！　あれは何だ、いったい何なんだ！？」

　ボルギナンドが、今や一人だけになった仲間に向って叫びました。

「恐らくストリゴイカだ！　俺たちがここにいるってでっち上げた本物の吸血鬼が現れたんだ！」

　ニックの言葉を聞いたユリアスが、怒りに顔を歪めます。

「でっち上げただと！？」

　もともとが美しい顔であるだけに、怒りに染まったその表情は、まるで地獄の女王のような恐ろしさがありました。

　目の前にいる恐ろしい化け物だけでなく、ユリアスからも威圧され、恐怖に捉われたニック。パニックに襲われたからなのか、自分たちの悪行を早口で詳細に語りはじめます。

「そうだよ！　俺たちは、ここに化け物がいるって嘘のクエストを出したんだ。女冒険者限定のな。お前たちみたいにホイホイついて来たバカ女を、ここに連れ込んで遊んでやったんだよ」

　そんな話を続るニックに、ユリアスたちだけではなく、化け物までもがじっと耳を傾けていました。

　ニックの目は恐怖で見開かれていたものの、自分が話しをしている間は化け物の注意を引けることが分かったのか、なるべく長く話し続けようと努めます。

　その間に化け物の背後へ回り込もうと、ボルギナンドがジワジワと移動をはじめていました。

「その女冒険者たちをどうしたのさ！？　戻ってこない人もいるってギルドで聞いたよ！」

　恐怖に震えつつも、キーラはニックに訊ねました。

「脅しが通じるやつは娼館に売ったんだよ！」

「娼館だと！？　それで娼館に売られなかったものたちは……」

　顔を青ざめさせたエルミアナが、ニックに訊ねました。

「この下でゆっくり眠ってるさ！」

「ニック！　余計なことをしゃべるんじゃない！」

　ボルギナンドが大声をあげてニックの話を遮ります。

　怒りのあまり、ユリアスの顔がさらに赤く染まりました。

「き、貴様ら……この鬼畜生どもが……」

「ぐるるるるぅぅ！」

　ユリアスに同調するかのように、化け物が喉から唸り声をあげます。その声からは、激しい怒りと憎しみの感情が拡がっているかのようでした。

「ニック！　お前のせいで化け物をよけいに怒らせたじゃないか！」

　ボルギナンドが文句を言うと、ニックは彼に向ってニヤリと笑みを浮かべます。

「大丈夫だ、ボルギナンド！　こいつがストリゴイカなら、俺はこいつを退散させる方法を知っている！」

「なんだと、それは本当か！？」

「あぁ！　本当だとも！」

　ニックの言葉を聞いたエルミアナが、自分の知っているストリゴイカに関する知識をユリアスやキーラに説明しました。

「ストリゴイカは、人間だったときの名前を呼ばれると、退散するという伝承があります。その理由はわかりません。ただ私の知人の魔物ハンターから、そうして生き残ったという話を聞いたことがあります」

　エルミアナの説明を耳にしたニックが、自信を深めたのか、勝ち誇った笑みを浮かべました。

「そのエルフの言う通りだ！　そして俺はこいつの生前の名前を知っている！　この化け物を良く見ろ、ボルギナンド！　お前は名前を忘れているかもしれんが、見覚えはあるはずだ」

　ニックの言葉を聞いたボルギナンドが、化け物に向って目を凝らしました。

「んん？　……ま、まさか、こいつはお前が殺した……」

「そうだ！　こいつは魔法使いのフィオナ・ランバート！　このシルエット、アイツで間違いねぇ！」

　ニックは、化け物に指をさして叫びました。

「おい化け物！　お前の名前はフィオナ・ランバート！　魔法使いのフィオナだ！」

「……」

「……」

「……」

　自信に満ちあふれたニックの叫び声に対して、化け物は何一つ反応を示しませんでした。

「お、おい、ニック。その名前で本当にあっているのか？」

「絶対に間違いない。フィオナの身体は俺の好みに完全に一致してたからな、間違えたりするものか。このシルエットはフィオナのものだ」

　全員の視線が、化け物に向けられました。月の光を背負った姿からは、シルエットしか見えませんでした。ただその顔に当たる部分には、薄く小さな青い光が宿っているかのように見えました。

「おい、思い出せ！　お前はフィオナだ！　フィオナ・ランバートだ！」

　ニックが叫びますが、化け物は何も言いませんでした。その青い目がジッとニックを見つめているようにも見えました。

「おい……ニック……」

「だ、大丈夫……なはずだ」

　不安をにじませるボルギナンドに、ニックが焦りが混じりはじめた声で返事をします。

　そんな二人の会話のうしろで、猿ぐつわをされていたセリアのもごもごとした声をキーラが聞き取っていました。

（キーラ、私の猿ぐつわを外して。縄はその後でいい）

　キーラはカンテラの灯りを避けて、セリアの後ろに回ると、猿ぐつわを解きました。

　その間もニックは、フィオナの名前を何度も叫び続けていました。

「おい、フィオナ！　お前はフィオナだ！　さっさと退散しろよ！」

「ぐるるるるぅぅ……」

　ボルギナンドとニックの額から汗が流れ落ちて行きました。

「フィオナ！　さっさと退散しろ、フィオナ・ランバート！」

　ニックの叫び声が、広間に響き渡りました。

　しかし、化け物は何も言いませんでした。

　緊張に満ちた沈黙が、広間に広がっていきました。

　そして、その重々しい沈黙を破ったのはセリアでした。

「迷える魔女ヴィドゴニアよ。強欲のものよ。お前は誰かにとって大事なものをまだ望むのか？　なら、その男ニックの【生きる】をくれてやるわ！　代わりに、ここにいる女の姿をした者を守りなさい！」

　突然のセリアの言葉に、広間にいる全員が驚きました。

　ぐしゃぁあぁあ！

　化け物の鋭く大きな爪がニックの身体を切り裂きました。

　ニックは悲鳴を上げる間もなく絶命しました。

　ニックの命が消えるのと入れ替わるように、化け物の目に浮かぶ青い炎は、より強くなるのでした。