第109話 エルミアナの裸体と決意
ボルギナンドがキーラの耳を切り落そうと剣を振り上げたとき、城内のどこかで大きな物音がしました。
「いまの音、聞こえたか?」
ボルギナンドの問いに彼の仲間たちがうなずきました。彼らの顔に緊張が走ります。
「一人……いや二人で見てこい。もしも俺たちのことを目撃している奴がいれば……」
ボルギナンドは、振り上げていた剣を鞘に納めると、その柄を手でトントンと叩きました。仲間のうちの二人が頷いて、入り口から出ていきました。
広間内の扉はすべて木の板で塞がれているので、一度、城から出て他の入り口から城内に入る必要があるためです。
「浮浪者か旅人でしょうか」
残った仲間のひとりがボルギナンドに尋ねると、彼はうなずきました。
「たぶんな。しばらく来てなかったから、浮浪者が住み着いていたのかもしれん。いずれにせよ、そいつは吸血鬼の犠牲者として、地下で眠ってもらうことになる」
邪悪な笑みを浮かべながらボルギナンドは言いました。
「若い女の幽霊どもに囲まれて眠れるんだ。きっと、そいつも俺たちには感謝することだろう」
ボルギナンドたちは、二人の仲間が戻って来るのを待ちました。
しかし、いつまでたっても二人の仲間が戻って来ることはありませんでした。
~ 闇に蠢くもの ~
ソレは、闇のなかで目覚めた。
ソレが立ち上がると、足下で骨が砕ける音がした。腐肉を踏み潰す音がした。
ソレは、自分が何であるか分からなかったが、その存在のすべてが怒りの炎によってつくられ、どうしようもない飢えと渇きに苛まれていた。
昼のあいだソレは王たちの棺の中で眠り、夜になると目覚めた。
やがて深夜になると、ソレは城内を歩き回り、やがてアベルハースト城の外にも出るようになっていた。
その頃になると、城内に怪異が潜むという噂が広がって、地元の人間は城に近づかなくなってきた。
ソレは、城に寝泊まりする浮浪者や旅人を襲っていた。寝込みを襲い損ねると、犠牲者は必死に抵抗してくる。犠牲者を逃してしまうこともあった。
ときおり城内に女の遺体が何人かまとまって棺の間に運ばれてくることがあり、その日がくるのをソレは楽しみにしていた。その生贄のおかげで、ソレは徐々に力を増していった。
今では、浮浪者や旅人を逃すことなく、ほぼ確実に犠牲者を捕らえることができるようになっていた。
今夜も目を覚ましたソレは、二つの遺体を引きずって棺の間へと歩いていた。
この地方においては、吸血鬼ストリゴイカと呼ばれているソレは、シルエットこそ人間の女のようにも見えなくはない。しかし、そのふたつの目には暗く穴があり、耳まで裂けた口のなかには不揃いの鋭い牙が並んでいる。
「お前の……大切なものを……寄越せ……」
ソレが棺の間にふたつの男の遺体を投げ込むと、暗闇から現れた無数のネズミたちが噛りつきました。
~ 広間 ~
「二人はなんで戻ってこないんだ?」
ボルギノールが苛立たしそうに声を上げました。
「浮浪者相手にてこずってるんですかね」
「旅人の中に女がいて、そいつで遊んでいるのかも」
仲間たちが適当に答えると、ボルギナンドはうなずきました。
「そろそろコッチも楽しみたい。二人を呼んできてくれ」
ボルギナンドの命令に、また二人の仲間が広間から出ていきました。
「くっ……」
セリアが苦痛に顔を歪めます。
痺れ薬の効果が切れはじめたことで、ボルギナンドの剣で刺された腹部に痛みが戻りつつあるのでした。
「まぁ、犯す前に死なれても困るからな」
とボルギナンドから渡された布で、キーラはセリアの傷口を押さえていました。
「だが取引は取引だ、止血させてやったのだから、お前の耳は切り落とさせてもらおう。その布の代金としてもう片方の耳も落とす」
キーラが真っ青な顔でボルギナンドを見上げました。しかし、その手はしっかりとセリアの傷口を押さえ続けていました。
「むーっ!」
ようやく痺れが弱まってきたエルミアナの口から声が出ました。
剣を振り上げていたボルギナンドが振り返ります。
「なんだエルフ、俺を止めようというのか?」
「むーっ! むーっ!」
エルミアナはキーラが傷つけられるのを一秒でも引き延ばそうと声をあげましたが、猿ぐつわされているために声を出すことができません。
ボルギナンドは剣をおろしてエルミアナの方に向き直りました。
「脱げ」
「ん?」
「俺に話を聞いて欲しいのなら、まず裸になれと言っている」
ボルギナンドが仲間に合図すると、エルミアナを縛っていた縄が解かれました。
「わかっているとは思うが、妙な動きをしたら、この二人がどうなるか理解しろ。理解できたら服を脱げ」
エルミアナは、しばらく戸惑ったあと、ゆっくりと服を脱ぎはじめます。
「エルミアナ、やめて!」
キーラはセリアの傷口を押さえる手とエルミアナを交互に見ます。
エルミアナは、一枚一枚、時間をかけて服を脱いでいきました。
エルミアナの美しい肢体が露わになると、興奮したボルギナンドの仲間たちが、卑猥な言葉を投げかけます。
最後のシャンティが床に落ちたとき、カンテラに照らされる黄金の長い髪と陶磁のような肌に、その場の全員が息を呑みました。
キーラやユリアスも、神々しささえ感じるエルミアナの美しさに、言葉を失ってしまいました。
一糸まとわぬ生まれたての姿で、恥ずかし気に顔を伏せるエルミアナ。
その美しさは、まるで宗教画に描かれる女神のようであり、
ボルギナンドたちに、四人の仲間がまだ帰ってこないことを忘れてさせてしまうほどでした。
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