第92話 死んでもボクを追いかけてくるなんて……やっぱりキモイ
カザン王国の国境検問所で足止めされていたキモヲタ一行。
ようやく入国許可証が発行されて、カザン王国の領土に足を踏み入れることができるようになりました。
カザン王国の国境を越えたキモヲタ一行は、その光景に息を呑みました。
ユリアスが動揺を隠そうともせず、キモヲタにこの状況について説明しました。
「カザン王国は、緑豊かで美しい自然が広がっている土地だと古い詩にも歌われていました。それがこれほどまでに、戦争の爪痕が生々しく残る荒地と化しているなんて……」
ところどころに明らかに焚火の跡ではない、焦げた地面や黒く焼け焦げた草が点在していました。街道沿いに残された焼け跡では、風が吹くたびに、瓦礫が音を立て灰が舞い上がっています。
森に目を向けると、かつては鬱蒼と茂っていただろう木々が、根こそぎ倒れているところも少なくありませんでした。枯れた葉が地面を覆い、幹には刃物や魔法の攻撃跡が刻まれています。
そんな様子を観察していたエルミアナが、美しい顔を伏せながら静かに呟きました。
「あちらこちらに戦いの跡が残っています。まるで今でも戦いが続いているかのよう……」
エルミアナの言う通り、戦場の痕跡は至る所に残されていました。破損した武器や盾、鎧が錆びついて放置されており、剣や槍を立てた簡素な墓標があちこちに立てられていました。
ユリアスが、そうした墓標のひとつを見つめながら言いました。
「セイジュー皇帝が死んだ今、人類軍の勝利はもう覆ることはありません。大陸各地の魔族軍は敗走する一方です。このような悲劇が繰り返されることはないはずです」
その言葉を聞いた全員が、顔を伏せて黙ってしまいました。ユリアス自身も自分の吐いた言葉のむなしさに、地面に突き立てられた剣を見つめて苦々しい顔をしていました。
そんな空気に、最初に耐えられなくなったキモヲタが言いました。
「と、とにもかくにも、この場所で亡くなられた人類軍と魔族軍の兵たちの冥福を祈って、先に進もうでござるよ」
キモヲタの言葉を聞いたセリアが、その柳眉を寄せて言いました。
「魔族軍の冥福を? キモヲタ、魔族軍は敵なのよ。どうして敵のために祈る必要があるの?」
「そんなの『誰でも死んだらみな仏』というではござらんか……って、異世界では言わないでござるか」
そう言ながらキモヲタは、魔族軍の折れた曲刀を拾い上げ、それを地面に突き立てました。
「まぁ、魔族兵も生きているときは生きるために戦っていたのでござる。もちろん人類軍もそうでござろう。でも死んでしまったら、もうその必要はないわけでござるからな」
「ならキモヲタは、もし敵がキーラを殺したとしても、そんな風にできる?」
「するわけなかろうが! とことん追い詰めて苦しめて、生きていたことを後悔させて、そいつが死んだとしても我輩の命がある限り辱めてやるでござる!」
そこまで言って、キモヲタは息切れをしてしまいました。深呼吸をして、息を整えてから、ふたたび話を続けます。
「でも、もしそんなことになって、そのまま我輩も死んでしまったら……」
キモヲタが、キーラの方に向き直ります。
「もし我輩が死んだ後でも、ひたすらキーラたんの仇を恨み続けていたのだとしたら、誰かに『お前はもう死んでるんだよ』と早く教えてもらいたいでござるよ。そしたら、どこかに生まれ変わっているキーラたんを探すことだけに、我輩は全身全霊の全力集中できますからな」
「キモヲタ……死んでもボクを追いかけてくるなんて……やっぱりキモイ」
と言いながらもキーラは、キモヲタの腕にギュッとしがみつくのでした。
セリアは黙ったまま、青い焔を宿した瞳で、ジッとキモヲタを見つめていました。
~ 出会い ~
その後、再び街道を進み始めたキモヲタ一行は、王都に向う途中の街、ボルギノールまであと一日というところまできていました。
すると、道の傍らで、轍に車輪を取られて立ち往生している荷馬車に遭遇しました。
荷馬車の持ち主らしき女性は、キモヲタたちの姿を見ると、大きく手を振って助けを乞いました。
「あなたたち! ちょっと力を貸してくれないかしら!? 助けてくれたら、街まで馬車に乗せてってあげる! もちろん、ちゃんと別にお礼もさせてもらうわ」
そう言って赤毛の若い女性は、キモヲタたちに声を掛けます。
ユリアスとセリアが「どうする?」と目で会話をしているとき、背後から自分たちを追い抜いてドタドタと走っていく者がいました。
「もちろんお助けするでございますよ! お嬢様! 我輩、あなたの忠実なる下僕でキモヲタと申します」
「あら、これはご丁寧に! 初めましてキモヲタさん、私はエレナよ。それでキモヲタさんは、私の申し出を受けてくれるのかしら?」
「勿論でございます。いえす・ゆあ・はいねす」
キモヲタは、そう言ってエレナの前で跪きました。彼の心は、今ここにきて異世界転生イベントがようやく発生したことを確信し、胸を躍らせていました。
「は、はいねす?」
一方、キモヲタの意味不明な言動に狼狽えながらも、エレナ・ヴァンディールは、自分の思惑が思っていた以上に簡単に進み始めていることを確信して、心の中でニヤリと笑っていたのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます