第91話 クラグ・スティンガーの腹の中にあったもの
クラグ・スティンガーに襲われて右足を失ったリリィを救ったキモヲタ。
しかし、あまりにもチートかつ変態的な【足ツボ治癒】は、なかなか人々には素直に受け入れられ難いものなのでした。
瀕死だったリリィが一瞬で回復したことに、見ていたものたち全員が呆気にとられたものの、逆にそのために本当は大したケガではなかったのではないかとも考えてしまうのでした。
それはリリィの足が化け物に食べられているのを見た男の子や、右の足が失われて付け根が腫れあがっているのを見た父親でさえも同じでした。
人間というのは自分勝手で忘れやすい生き物です。ついさっきまで娘の死を恐れて、キモヲタの治癒に救いを求めていた気持ちが、今では愛娘の痴態を見せられたことへの怒りに変わっていたのです。
それはキモヲタの【足ツボ治癒】を知らない者にとっては、仕方のない反応でもありました。
当のリリィはといえば、キモヲタの治癒が完全過ぎるあまり、以前よりも健康で元気な状態になっていました。こうなると、先程まで死にかけていたリリィは幻ではなかったかと思われてしまうのも仕方がありません。
とはいえ、目の前にはクラグ・スティンガーの遺骸が横たわっています。リリィの両親もそれを見れば、さっきの出来事が夢ではなかったことは理解することができました。
頭では。
「娘を助けてくださってありがとうございました」
そう言って、リリィの両親は化け物を倒したエルミアナたちに深く頭を下げました。
そして、最後にそっとキモヲタの方を向き直り。
「キモヲタ様も……その……あ、ありがとうございました」
リリィの父親はキモヲタに頭を下げましたが、その動きは何となくギコチないものでした。理性で気持ちを押さえようとしながらも、ときどきその合間からは怒りと憎しみの感情が見え隠れします。
キモヲタは苦笑いするしかありませんでした。これまでの経験上、ここで下手に説明や言い訳を試みようものなら、相手は怒りを爆発させてきたことしかなかったからです。
そんな父親の複雑な心境をよそに、リリィは満面の笑みをキモヲタへと向けるのでした。
「お兄ちゃん! 助けてくれてありがとう! リリィお兄ちゃん大好き!」
そう言ってキモヲタに駆け寄ろうとするリリィの手を、母親が掴んで引き止めます。
「リ、リリィ、もう出発しなくちゃいけないからね? 急がないとねっ? ねっ?」
「うん、わかった! それじゃお兄ちゃん、またね!」
母親に手を引かれながら去って行くリリィの背中を見送るキモヲタ。
エルミアナやユリアス、セリア、そして遅れて来たキーラは、苦々しい表情を浮かべながらもその場を動こうとはしませんでした。
キモヲタが後ろ手で、彼女たちに動かないようにと合図を送っていたからです。
リリィと両親が去った後、彼女たちはキモヲタに詰め寄りました。
「あれで良かったのですか!? キモヲタ殿」※エルミアナ
「キモヲタ様……」※ユリアス
「キモヲタ……」※セリア
「いいのキモヲタ!? あれじゃリリィの両親に誤解されたままになっちゃうよ!? リリィの命を救ったのに、絶対あの両親は分かってない! キモヲタがリリィに変なことしたとか思ってるよ! そんなのボク、絶対に許せない!」
「いいのでござるよ、キーラ殿」
「でも、でも! それじゃキモヲタが誤解されたままじゃない!」
涙を浮かべるキーラの頭にキモヲタはそっと手をのせて言いました。
キモヲタにとっては、これまで【足ツボ治癒】を行ってきて、治療を受けた者たちから素直に感謝の言葉を聞けたことはほとんどなく、逆に恨まれることの方が多かったので、いつものことに過ぎませんでした。
それはカリヤットのギルドで、キモヲタの治療を手伝ってきたキーラにも分かっているはずです。キモヲタは、自分のために涙を浮かべるキーラがいることで、それだけで十分に報われていると感じていたのでした。
キモヲタはキーラの目を見ながら、静かに言いました。
「ここにいる皆が知ってくれているでござろう。我輩にはそれでも十分過ぎたるご褒美なのでござる」
涙がこぼれ落ちそうになったキーラは、キモヲタのお腹にギュッとしがみついて、その中に顔を埋め、くぐもった声で言いました。
「そうだよ。だから忘れないで。ボクたちは……ボクだけはキモヲタのことわかってるんだから! それだけは忘れちゃ駄目だよ。絶対に、絶対になんだから」
涙声になったキーラの言葉に、他の女性陣たちも静かに頷くのでした。
ちなみに、この後ずっと未来にリリィは大人になって、太っちょの男性と結婚し、幸せな家庭を築きます。
そして、この一連の騒動を、ここから少し離れた場所でずっと隠れて見ていた者がありました。
その女、エレナ・ヴァンディールは、全員がその場を去ったのを見図ると、クラグ・スティンガーの遺骸に近寄りました。
そしてナイフを使って化け物の口を開けて覗き込み、次に、その腹を裂きいて、それを見つけたのです。
「これは……」
それを見たエレナは、しばらく何事か思案した後、ニヤリと笑って呟きました。
「金になりそうな話みーつけた!」
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