第93話 乙女ゲーム(R18)の悪役令嬢に違いないでござる!  

 カザン王国の国境を越えたキモヲタ一行は、荷馬車が轍にハマってしまい困っている女性と遭遇しました。


 その赤毛の女性はエレナ・ヴァンディールと名乗り、手を貸してくれるようにキモヲタたちに声を掛けました。そこでユリアスたちが返答を考えている間を縫って、キモヲタはエレナの前に跪くのでした。


 何故なら――


(燃えるような赤い髪と紫色の瞳! Gカップクラスの胸! 自己愛と野心に溢れた表情に、人をも見下す気持ちを隠そうともしない目! まるで乙女ゲーム『深淵の悪役令嬢』に登場する穢されヒロイン、サルミアちゃんそのものでござる!)


 キモヲタがエレナをそのヒロインに重ねた乙女ゲーム『深淵の悪役令嬢』は、ゲーム会社が悪役令嬢ブームを背景に男性客をターゲットに作成したR18のエロゲームでした。全年齢版では普通の乙女ゲームなのですが、R18版には女性が楽しめるだけでなく、男性のにも十分活用できる男性用モードが用意されているのです。


 この男性用モードでは、主人公を取り巻くイケメンたちは全て前髪で顔が隠され、プレイヤーはイケメンの一人を選択して、その視点からゲームをプレイしていくことができるのでした。


 さらにこの男性用モードでは、プレイヤー以外の男性キャラクターはすべて背景モブ化されています。逆に登場する女性にはメインヒロインだけでなくNPCにまでエロシーンが追加されている始末。


 その中に登場するサルミア・ロカルトは、本筋ヒロインを苛め抜く悪役令嬢。ゲーム中でルートに入ったイケメン以外を全てその魅力で篭絡し、策謀を巡らしてヒロインを徹底的に追い詰めます。


 ゲーム終盤で、ヒロインがルートイケメンと共に愛の力で魔神を倒した後、サルミアの行ってきた悪事が全て露見。そこからザマァ展開となって、プレイヤーに蓄積されていた全てのストレスが解放されるという、定番のエロゲー展開が待っているのでした。


 サルミアが登場してからザマァ展開される直前まで、世界は全て自分を中心に回っていると考えている傲慢で女王様気質なサルミア。


 そんな彼女が奴隷に落とされ、プレイヤーキャラとの前で、自分のことを「雌豚」と呼んであらゆるエロい要求に従うようになる変化が、キモヲタのようなキモ系男子に大人気を博しているのでした。


 キモヲタの目の前のエレナはその外見だけでなく、声や仕草、服装までが、乙女ゲームのサルミアにそっくりでした。その結果、キモヲタはこれが異世界転移で定番のイベントみたいなものであると信じ込んでしまったのです。


 彼女の赤く長い髪が夕日に照らされて輝いているの見て、キモヲタは思わず息を呑みます。さらに、そのシルエットに浮かぶ巨大なGカップを見て、思わず「ゴクリ」と口に出してしまいました。


 キモヲタの「ゴクリ」という言葉の意味をエレナは分かりませんでしたが、自分の魅力がキモヲタを捉えたのだという確かな感触を得ていました。


(ふふふ。それなりの美人に囲まれているみたいだから、落とすのに少し時間が掛かるかなって思ったけど、やっぱり見た目通りチョロかったわね)

 

 エレナがそんなことを考えていると、ユリアスが声を掛けてきました。 


「街道で困った者があれば必ず手を貸すのが、旅人のルールです。喜んで手を貸すと致しましょう」


 そう言いながらユリアスは、エレナの外見や馬車からその素性を推測しようと、素早くその目を走らせるのでした。


「それは有難いわね! じゃ、手伝ってちょうだい」


 そんなユリアスや他の女性たちから向けられる視線を無視して、エレナは明るく笑顔を見せるのでした。


 キモヲタと違って、女性陣はエレナに対して強い警戒心を抱いていました。それを表に出すか出さないかの違いだけでしたが、キーラは思い切り警戒心を表に出していました。


「ほら、陽が落ち始めてるよ! 早く馬車を戻して、さっさと野営の場所を探そうよ!」


「キーラ殿の言う通りですね。それじゃ荷馬車を押し出すとしましょう」


 ユリアスの指示で、キモヲタたちはエレナの荷馬車を押し出すことにあっさりと成功してしまいました。


「意外と簡単に抜け出すことができましたな」


「ボクひとりでも押せたかもしれないよ。さぁ、キモヲタ早く行こ!」

 

 エレナがお礼を言い始めるより前に、キーラがキモヲタの背中を押しました。


「確かにキーラの言う通りですね」


 エルミアナがキモヲタの手を取り、先を急ごうとします。


「いやいや、ちょっと待ちなさいよ! お礼くらいさせて!」


 エレナがキモヲタのもう片方の手を取って引き留めました。


 キモヲタ、前世を含めた人生初の両手に花なのでした。


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