第42話 笑い転げる風の精霊ウィンディアル

 岩トロルを倒すことを決めたユリアスたちでしたが、巨大で岩のように固い怪物の身体を砕くほどの武器は持ち合わせていませんでした。


 そこでセリアが提案したのは、彼女の魔法弓を使うことでした。

 

「魔法弓? 魔力で弓に属性を付与してダメージを増すアレですか」


 エルミアナの問いに、セリアは首を左右に振ります。


「この大陸では属性が付与された弓を魔法弓と呼ぶようだけど、古大陸では違うわ。弓ではなく矢に魔力を乗せて放つのだけど、その中に鋼龍という帯電させた鋼の矢を高速で放つ技があって、私はそれを使うことができるの」


「技? 魔法ではないのですか?」


 別大陸の弓の技術に興味を抱いたエルミアナの緑の瞳がキラキラと輝きを帯びました。


「単に呼び方の問題で、実質的には魔法よ。ただこれを扱うには問題があって、技を発動するための条件が非常に厳しいの。魔法陣を描いて準備詠唱に1時間。それから弓を構えて、さらに発動までの詠唱が3分必要なのよ」


 エルミアナが驚いて声をあげます。


「そんなに時間が掛かるのですか!? 実戦では使い物にならないのでは?」


 セリアが答えました。


「その通りよ。鋼龍は攻城戦で使用されるもので、通常の戦闘で使われることはない。とはいえ一撃で城壁に穴を開けるほどの威力が出せるわ」


 ユリアスがセリアを見つめながら言いました。


「それならすぐにでも取り掛かりたいが、今から一時間となると……陽が沈んでしまっているだろうな」


 三人が空を見上げると、茜色が空一杯に広がりつつありました。


 ユリアスがセリアの青い焔の瞳をまっすぐに見据えていいました。


「つまり、セリアが矢を放つまで、私たちが岩トロルから守り切ればいいということだな」


 セリアが頷くと、ユリアスは言いました。


「ならすぐに取り掛かってくれ、その間、私たちは岩トロルに罠を張って、なるべくその動きを長く封じるようにする」


 エルミアナもセリアの目をしっかりと見つめて言いました。


「もし岩トロルが動き出しても、私たちがセリアには絶対に手を出させたりしません」


「頼りにしてるわ」


 こうして三人の岩トロル討伐作戦がスタートしたのでした。


 その間、キモヲタとキーラは、近くの草むらで見つけた動物の糞を、岩トロルの鼻の前に並べて遊んでいたのでした。


「キモヲタ殿! キーラ殿!」


 キモヲタとキーラが「どちらが岩トロルの鼻の中に動物の糞を押し込むか」について言い争っているところへ、ユリアスとエルミアナがやってきました。


「おお、ユリアス殿、エルミアナ殿、ちょうど良いところに……」


 キモヲタが何か言いかけてところを、ユリアスが手で制止して言いました。


「この岩トロルをセリアの魔法で破壊します。ただ準備に1時間掛かるので、もしかするとその前にこいつが動き出してしまうかもしれません。もし動いてしまったら激しい戦いになるはずです。その間、お二人は近くで身を潜めておいてください」


 そう言ってキモヲタに深刻な表情を向けるユリアスでしたが、キモヲタといえば魔法と聞いて目をキラキラと輝かせるばかりです。


 状況の深刻さがキモヲタに伝わっていないことに気づいたユリアスが、キモヲタの肩を強く揺さぶって訴えようとしたそのとき、エルミアナの声が響きました。


「えっ!? 精霊が騒いでる! いったい何が起こってるの!?」


 虚空を見つめて狼狽えているエルミアナ。その姿を見て心配になったユリアスが声を掛けました。


「エルミアナ殿、一体なにが起こったというのですか?」


「わかりません! 風の精霊がざわついているのです。こうなったら直接、精霊を呼び出して聞いてみることにします」


 エルミアナは両手を胸の前で組んで詠唱を始めました。


「偉大なる女神ラーナリアの愛娘にして風の精霊王エアリエル。大気を統べるものよ。汝が盟友たるエルフの声を聞き、汝が眷属たる風の精霊にして、我が祖たるエレンディアと盟約を交わしたるウィンディアルを遣わし、その姿を顕現なさしめ給え……」


 エルミアナが静かに両手を広げると、金色の髪がふわりと舞い上がり、彼女の前に光の粒子が舞い上がります。


「我がいとし子エルミアナ、お前の口上はいつも仰々しいのぉ」


 光の粒子の中心に白いイルカの姿が浮かび上がりました。この白いイルカこそ、エルミアナがいま呼び出した風の精霊ウィンディアルなのでした。


「まぁ、その堅苦しいところが可愛いところでもあるのだが、もう少しくだけた感じで話してくれていいのじゃぞ」


 そのように語るウィンディアルの声を聞いて、まるで魅力的な低音ボイスの女性声優さんのようだと、キモヲタは思いました。この声で女子高生とか演じてもらったら、絶対にギャップ萌えするだろうなとキモヲタは確信していました。


「ウィンディアル、教えてください。どうして風の精霊がこんなに騒いでいるのでしょうか?」


 さきほどからずっと、真剣な表情で問いかけるエルミアナの前でウィンディアルが白いイルカの身体をくねらせていました。


 そしてついには思い切り吹き出してしまい、目の前で呆然とするエルミアナに答えます。


「プーッ! それ? それ聞いちゃう? プーックスクス! そこのおっきな岩がね。さっきから必死で悶えてるのが聞こえるのよ! その声がもう可笑しくって可笑しくって! プーッ! 今もずっとよ! 変なことばっかり言ってるの!」


「風の精霊ウィンディアル! ぜひ私に教えてください! その岩は、岩トロルは何と言っているのですか?」


 エルミアナの真剣な表情。その様子さえも面白いらしく、ウィンディアルはますます激しく笑い転げます。


 その姿を、エルミアナはもちろん、ユリアスとキモヲタとキーラも呆然と見つめていました。


「いいわ教えたげる! その岩トロルはね、こう言ってるの!」


 ウィンディアルがピタリと動きを止めてエルミアナに向って言い放ちました。


「ケツがメチャクソ痒いぃぃぃぃぃいい!」

 

 大爆笑しながら、グルグルと空中で笑い転げるウィンディアル。


 ウィンディアルから事情を聞かされたエルミアナとユリアスとキーラは、もうウィンディアルを見てはいませんでした。


 三人が見ていたのはキモヲタでした。


「えーっと、我輩、また何かやっちゃったでござるか?」


 キモヲタを見つめる三人の目はジト目になっているのでした。

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