第39話 エルフの笑顔と不機嫌なキーラ

 キモヲタたちの旅は順調に進んでいました。


 徒歩の道中、一番最初に根を上げるのはキモヲタです。とはいえ、休憩の度に【足ツボ治癒】を自らに施して体力回復を行ってすぐに元気を取り戻します。そのため、当初ユリアスが想定していた旅程に遅れがでることはなさそうでした。


 この冒険者パーティーの中では、足を引っ張りそうに見えたキモヲタでしたが、旅のなかで意外に有能さを発揮する場面も多いのでした。


 たとえば、キモヲタに与えられた【精霊支援】という加護。これは天上界から転移者に対して付与されるサポート機能で、具体的には【ステータス】【探索】【索敵マップ】の三つのスキルです。


【ステータス】は、キモヲタ自身のレベルやスキルを視界に表示するもの。自分の情報しか見れないため、レベル6と表示されていても、それが凄いのかそうでないのかキモヲタには分からないのでした。


 ただ今の自分がどのようなスキルを持っているかの確認には役立っています。


★所有スキル★

 ユニークスキル:【足ツボ治癒(松)】【お尻かゆくな~る(松)】

 精霊支援スキル:【ステータス(松)】【探索(松)】【索敵マップ(松)】


 どうやらキモヲタのスキルレベルは松竹梅の三段階で表現されているようでした。


【探索】スキルは、発動するとキモヲタの周囲にある薬草やアイテムにマーカーが表示されるというもの。ただし★が明滅するだけなので、それがどのような効果をもつものなのかまではわかりません。


【索敵マップ】は周囲10メートルにいる敵味方の存在を感知するスキルです。ある程度、大型の生物であれば反応するらしく、視界に表示される自分を中心としたミニマップに白い点で表示されるのでした。


 このうち【探索】【索敵マップ】が、冒険においては非常に有用なスキルであることを、キモヲタ自身、今回の旅で実感しています。


 たとえば視界に映った★マーカーにキモヲタが駆け寄ると、赤い果実を沢山付けた低木があったりします。


「おっ!? キーラ殿! ここに赤い実が沢山あるでござるよ! これは一体何の実でござるか?」


「それはマウンテンベリーだよ! キモヲタ、よく見つけたね!」


 キーラはマウンテンベリーをひとつ摘んで、それを口のなかに放り込みました。


「甘酸っぱい!」


 また★マーカーが視界に入ったキモヲタ。


「こっちに何だか薄っすらと光ってる草があるでござる! これは何でござろうか!」


 今度はユリアスが答えました。


「それはルミナス草ですね。すり潰してお湯で煎じて飲むと、胃腸に良いと云われています」


 こんな調子で、道中で何かと有用な薬草を見つけるキモヲタなのでした。


 ただ、それがキモヲタのスキルによるものであることを、他の仲間たちは知りません。なので彼らは、キモヲタが常に食べ物を探すことに全力集中しているからだと考えていました。


「この意地汚さ、やはりオークっぽい。というか本当はオークなのでは?」


 などと内心では思っていました。


【索敵マップ】でも、キモヲタは近くの茂みに身を隠していた獣や、ゴブリンに気づいてパーティーに貢献していましたが。


 それもスキルであることを知らない他のメンバーたちは、キモヲタが常にビクビクと怯えながら周囲を警戒しているのだと勘違いして、


「この男、やはり小心者だな」


 と内心でキモヲタを「ミジンコみたいな肝っ玉の持ち主」だと思っていたのです。


 にもかかわらずエルミアナは、キモヲタに対して好感を抱きつつある自分に気がついていました。


 それは、これまでキモヲタに対して抱いていた巨大な負の感情が、そのまま裏返ってしまっただけなのかもしれません。


 エルミアナにとってキモヲタは、キーラにも言われた通り命の恩人です。もしあのとき、オークに襲われて力尽きた自分がキモヲタに助けられていなければ、いったいどのような運命が降りかかっていたのか。そのことを考えると、今でもエルミアナは身が凍えるほどの震えに襲われるのでした。


 またこの旅の道中で、ずっとキモヲタとキーラを観察していたエルミアナ。今ではキモヲタがドスケベな変態であることは確信しつつも、キーラをとても大事にしている優しいオークであることも理解していました。


 人間の男が美しい女奴隷を手に入れた場合、どのような態度で接し、どのような酷いことをするか、エルミアナはこれまで何度も見てきました。そうした主人に仕える女奴隷たちの目が、いずれも死んだ魚のように生気を失っているのも知っています。


 しかしキモヲタと一緒にいるキーラは、奴隷紋が刻印されているとは思えないほどキモヲタに気を許し、いつでも心のそこから楽しそうな笑顔を見せていました。


「ほらほらキモヲタ! もうちょっと! もうちょっとだけ頑張ったら、私のスカートが覗けるかもよー!」


「はぁはぁ、ぜーぜー、キーラタソの生シャン……ティ……クンカクンカする、はぁはぁ……でござる……」


 スカートをちょいちょいっと引き上げるキーラ。その犬耳族の少女を、今にも倒れそうになりながらも必死で追いかけるキモヲタ。そんな二人を見ているうちに、エルミアナはキモヲタに抱いていたモヤモヤした感情が晴れていくのを感じました。


(この男は変態であるということを除けば、それほど悪い人間ではないのでしょう。それに私の命の恩人なのです。何をぐずぐず思い悩むことがあったのでしょうか)


 心がサッパリしたエルミアナ。キーラの隣に駆け寄ると、彼女と同じように自分のスカートをチョイチョイと引き上げて、


「頑張ってくださいキモヲタ! 次の休憩までもう少しです!」


「ふぉおおお! エルミアナ殿の絶対領域もキタァァァコレキタァァァ!」


「が、頑張って歩いたら、わ、私のシャンティも見えるかもです!」

 

 キモヲタの鼻からフゴオオオオオオッという排気音が聞こえてきました。


「エルミアナタソの生シャンティぃぃいいいい!」


 まるでエンジンが掛かったかのように、キモヲタの歩く速度が一気に加速します。とは言え、そこはキモヲタ。


 ノロノロ歩いていたのがドタドタ歩く程度のものでした。


 そんなキモヲタから適度に距離を取って、エルミアナとキーラはスカートをチラチラっと軽く引き上げます。


 それを必死に追いかけてくるキモヲタを見てエルミアナは、ようやく自然な笑顔をキモヲタに向けることができたのでした。


「ちょっと! キモヲタ! エルミアナばっかり見てないで、ちゃんとボクの方を見て!」


 そして何故だかキーラが不機嫌になってしまったのでした。

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