第30話 ヒーラーが人気職? どこの世界線の話でござるか?

 キモヲタの治療室にお客がやってきたのは、キーラが初めて地下室を訪れてから翌々日のことでした。


 基本、キモヲタの治癒室に来るのは、重症かつ緊急の患者で、かつキモヲタの治癒を受ける際の屈辱を受け入れることができる者だけ。


 料金も割高なうえ、場合によってはキモヲタに口止め料を支払ったりすることがあるので、よほどの覚悟がないとキモヲタの治療を受ける者はいないのでした。


 とはいえキモヲタの治癒の腕だけは確か。なので、恥も外聞も捨ててでも、今すぐ怪我を完治したいという者だけが、地下室の治療室を訪れるのです。


 そういう事情もあって、既存の治癒師たちと仕事でバッティングすることはまずありません。


 むしろ「キモヲタの治療を受けるよりは……」と、他の治療師を訪れる者が増えていたため、同業者たちがキモヲタの存在を疎むことはありませんでした。


 キーラがお客を案内して地下室に降りてきました。


「キモヲタ! 初めての患者さんだよ! よかったね!」


 ずっと魔物解体を手伝ってばかりいたキーラは、あまりにも患者が来ないので、自分の未来に不安を感じていたところでした。


 なので初めてのがやって来たのを見て、思わず自分ごとのように喜んでしまったのです。


「ほむ。お通しするでござるよ」


 キモヲタの返事を聞いたキーラが連れて来たのは、男女の冒険者カップルでした。


 戦士らしき男が、魔法使いらしき女性を抱えて、治療室に入ってきます。


 キモヲタを見るなり、戦士の男が言いました。


「お願いだキモヲタさん、ディアナを助けてくれ! ロックバイパーに噛まれちまったんだ!」

 

 戦士の腕の中では、魔法使いの女性が痛みに顔を歪めていました。その顔はドス黒い紫色に染まり、咳をする度に口から真っ黒な血が吐き出されています。


「そこに寝かせるでござる! どこを噛まれたのでござるか!?」


「右太ももだ!」


「失礼するでござるよ!」


 戦士が答えるや否や、キモヲタは素早く魔法使いのローブを捲り上げます。すでに治癒賢者モードに移行していたキモヲタの動きに迷いはありませんでした。


 本来であれば白く美しい太ももに、ロックバイパーの牙の跡が残されていました。その周辺は紫色に変色し、腫れ上がっています。


「キーラ殿! 耳栓と目隠しを!」


「分かった!」


 キーラがキモヲタに目隠しをつけ、耳に耳栓を押し込むと、キモヲタは魔法使いの女性の足を掴みます。


「【足ツボ治癒】!」


 その瞬間、キモヲタは彼女が瀕死の状態で、まさに死の淵に立っていることを指先を通じて感じました。


「戦士殿、よくここへ連れて来てくださったでござる! あと数時間遅ければ手遅れだったでござるよ!」


 戦士がどのような返事をしたのか、耳栓をしているキモヲタには聞こえませんでした。


「とてつもない重症でござる! 治療が終わるまで外に出ているか耳を塞ぐか、その両方がお勧めですぞ!」


 言うやいなや、キモヲタは足裏にグリッと親指を押し込むのでした。


「ひぎぃいいぃいいいいいいいいん❤ あっはああぁぁあああん❤」


 キモヲタが耳栓をしていてさえ、なお聞こえるほどの絶叫が地下室を揺るがしました。


 緑の光が女魔法使いの身体の全身を包んで、激しく輝きます。


 グリ、グリグリッ!


「うほっ❤ んほぉおああぁぁぁぁぁん❤」

 

 女魔法使いの顔が紫色から、健康的な紅潮状態に変わります。


 そして見事なアヘ顔ダブルピースを決めて震え始めます。


 グリグリッ! グリグリッ!


「あばばばばばばばばばば❤ らめらめ、らめらめらめなのぉおおお❤」


「キーラ殿! 布とバケツを!」

 

 キモヲタの指示でピンッと来たキーラは、大急ぎでシーツを持って来て、腰をガクガク震わせている下に敷きました。そのまま身を翻して、水の入ったバケツとモップを準備します。


 その間、キモヲタは女性の身体から完全にロックバイパーの毒が消え、それによって生じた傷害が完治されていくのを指先で感じていました。


「そろそろでござるな! それではでござるよ!」


 決してわざとではないものの、脳がエロで染まりきったキモヲタの語彙はほぼエロゲーと同人誌で構成されていたのでした。


 グリグリグリンッ!


「あっはあああああああああああん❤」


 女魔法使いの身体がビクンビクンビクンッと何度か跳ね上がったかと思うと、そのままベッドに横たわって、そしてその後は静かになりました。


 完全に回復した女性の腰辺りから、微かに湯気が立ち昇りましたが、キーラが幾重にも折り重ねたシーツを女性の腰下に置いていたため、ベッドまで汚れることはありませんでした。


「ふーっ、終わったでござる」


 キモヲタが目隠し外そうとすると、キーラが慌てて止めました。


「もうちょっとだけ待ってて、キモヲタ!」


 キーラに言われて、耳栓だけはずしたキモヲタ。周囲からはガサゴソと言う音と小声で話す女性陣の会話が聞こえてきました。


「これで拭いてください。あっ、こちらに替えの下着が……」

「うぅ。こんなになるなんて……恥ずかしい」

「分かります。それだけ重症だったということなんですよ。ボクのときもそうでしたから」

「あ、あなたも?」

「えぇ、だからあんまり気にしないで!」 


 それからしばらくガサゴソと音が続き、キーラがモップでキュッキュッと床を掃除する音が聞こえました。


「もう目隠しを外していいよ」


 目隠しを外したキモヲタは、


「お疲れさま!」と肩を叩いてくるキーラと、


 顔を真っ赤にして、自分を凌辱したオークを見て怯えるかのような視線を向ける魔法使いの女性と、

 

 愛する人の命が救われた喜びと、キモヲタに対する得も言われぬモヤモヤドロドロした感情に葛藤する戦士の姿を目にするのでした。


 結果として報酬の金貨5枚と、どうしても受け取ってくれと強引に握らされた口止め料――別名、キモヲタの記憶から消去しろ代――の金貨5枚、計10枚を獲得したのでした。


 これはキモヲタの宿泊している宿の現在の部屋代で半年分相当の金額です。


「あの戦士さん、キモヲタを闇討ちする勢いで睨んでたけど、そういうの横に置けとけば、とっても実入りがいい商売だね!」


 そう言って背中をバシバシと叩いてくるキーラに、キモヲタは苦笑いを返すのでした。


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