桑乃瑞希 ⑫

-7月19日 PM 7:10-


日野の町はずれに、高層ビルが建っていた。

どこにでもあるオフィスビルという雰囲気で、建物自体は目立つ外観をしていない。

ただ公園や植物園などがある緑豊かな場所に、自然を切り拓いて一棟屹立している姿は、違和感がある。

「ここに瑞希がいるのか」

「はい、間違いないです」

大吉は建物の横手にあたる森の中から、陽衣菜と様子を窺っていた。

陽衣菜は桑乃の長男に連絡を取り、瑞希と縁組を結ぶ予定の成樟の子女の居所を教えてもらったらしい。

このビルは、成樟が数多所有する不動産の一つだという。

ビルの正面広場が、騒がしくなった。

「徹平のやつ、はじめたみたいだな」

「大丈夫でしょうか、左門さん」

「最高にイカした作戦だって言うんだ。徹平の言葉を信じよう」

「そうですよね、はい!」

「よし、俺たちも行くぞ」

大吉は陽衣菜と森から出て、ビルの裏手にある物資搬入口へ回り込む。


隆子から食らったダメージが脚にきていた。

素早く突入し、成樟の私兵や桑乃が雇った傭兵連中に囲まれる前に、瑞希を連れて脱出する。

事前に大吉から聞かされた電撃作戦を実行する上では、致命的なダメージだった。

徹平が裸足なのを気にする大吉に、最高にイカした作戦を思いついたぜ、と提案したのはそれが理由だ。

囮なら、駆け回る必要はない。その場で派手に暴れまくればいいだけだ。

ビルの正面口を警備していたスーツの男を、殴り飛ばした。

すぐ二十人近い特殊部隊らしい装備をした連中に囲まれた。成樟の私兵だろう。大きな盾を持つ前衛と、その奥でアサルトライフルの銃口を掲げる後衛。

「武器を捨てて地面に手を付け」

フェイスガードをしているので、誰が言ったのかはわからない。くぐもった声の警告に、徹平は鉄棒を頭上で一回転させることで応じた。

「射撃」

盾に隙間ができる。そこから銃口が出てくる前に、飛び込んだ。

鉄棒を隙間に差し込み、壁をこじ開ける。銃弾が肩を掠めたが、乱戦に持ち込めば同士討ちを警戒して敵も容易に発砲できない。

囲んだ時点で警告などせず撃っていればそこで終わっていた。

仰々しい恰好をしていても、実戦慣れはしてないと徹平は見て取った。

身体を低くし、鉄棒を地面すれすれに遣い、敵の足首を狙う。プロテクターに守られておらず、一撃で行動不能にできる。

「くそ、距離を取れ」

「させるかよ!」

敵の輪が広がろうとする。薄い場所を破って外に出た。敵を壁にする形で、二人、三人と突き倒していく。

「撃て、撃て」

人数が減り、焦った指示が飛び交う。味方ごと撃つ気だ。徹平は鉄棒を手挟み、突き倒した私兵を引き起こして身を隠した。

銃撃音。敵を盾にして凌ぎながら突進した。鉄棒が唸る。

「くっそおおおお!」

鉄棒の間合いだ。この距離なら銃に頼るより組打ちの方が有効だ。にも関わらず、私兵が銃口を向けてくる。その銃身を打ち砕き、足を払って転がした。

そいつが最後の一人だった。鉄棒の先で喉笛を小突くと、気絶した。

「ブラボー」

「なんだてめえ」

ビルの自動ドアが開き、男が出て来た。アメリカ人だ。ダークスーツを着ているが、サラリーマンには見えない体格をしている。

「成樟の私兵相手に大立ち回りするじゃねえか。ダイキチじゃないよな? アジア人はみんな同じような顔で困るぜ」

「誰だって聞いてんだ」

男がスーツのポケットに突っ込んでいた手を抜く。両手にメリケンサックをはめている。

「人に名前を聞く時はまず自分から。最近日本人にそう教わったんだが。まぁいい」

男はジャケットを脱ぎ捨てた。

「ジャン・ストライカーだ。お前と同じ、喧嘩好きの男さ」

男、ストライカーが薄笑みを浮かべ拳を構える。

徹平は鉄棒をコンクリートに突き立てた。

「そうみてえだな」

隆子のパンチが効いていた。これ以上鉄棒を振り回すのは、ちょっときつい。

拳対拳でちょうどいい。

「第二ラウンドだ」

徹平とストライカーは同時に踏み込み、互いの顔面に拳をぶっつけ合った。

カウンターなんて綺麗なものではない。ダンプ同士の正面衝突だ。

そうして第二ラウンドは開始された。


段ボールや木箱が至る所に積まれた、貨物倉庫らしき場所に出た。

荷物を運びあげる昇降機の扉が開き、人が現れた。

「羽子」

「忠告は無駄だったな」

大吉は右手の影から、古代ローマで使われた短剣、グラディウスを出現させる。

刀身を横に寝かせ構えた。羽子は無表情だ。

「三度目はない。覚えてるよな」

「ああ」

羽子はかなり素早い身のこなしをする。縦横に動かれては捉えきれない。まず行動の選択肢を潰す。

掴まえてしまえば、体格差で抑え込めるはずだ。

グラディウスの刀身を盾代わりにして前へ駆け出す。

距離が詰まる。ポンチョの裾を払い、羽子が右腕を振り上げた。夏祭りの夜に見せた、獣の爪。その一閃を、グラディウスの腹で受けた。

「なっ」

グラディウスの刀身が消えた。否。斬り飛ばされたのだ。

「剣を剣として使わない。殺す気がない。それでオレに勝つつもりときた。もう笑えもしない」

羽子が疾風のごとくすり抜けた。

その瞬間、腕や脇腹、腿、身体の数か所が裂けて血が噴き出した。爪で、引き裂かれたのか。目で追えなかった。

膝をつく。折れたグラディウスを握ったまま、振り返った。

「大吉とかいったっけ。お前、ここで死ね」

羽子は爪から指へ滴る血を、紅い舌で舐めとっていた。

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