三章 ラウルと王太子

3-1


 王宮にある団の団長しつ室では、紅茶のいい香りが広がっていた。

 中央に置かれた応接用のじゅうこうなソファでは、ティーカップを片手に王太子が楽しそうにこちらを見ている。


「で? デートの約束を取り付けたと」

「ええ。しぶしぶでしたがいっしょに博覧会に行ってくれることになりました」


 こんやくの断りが届いてから、「せめて一度会って話をしたい」と手紙を出したところ、王太子の協力もあり、念願の彼女に会うことができた。


「しかしド派手なしょうとうかい会場に現れた時は目を疑ったよ。ラウルが『うわさちがって派手ではないが、野にしろつめくさのように、見るだけでいやされ、心が安らぐ可愛かわいらしい少女』だなんて言うから……どんなせいなごれいじょうかと思ったら……」

「どんな格好でも、彼女の人となりはかくせませんからね。見ていて癒されたでしょう?」

「どこがだよ。しょういし、真っ赤なドレスと大きな宝石にお前は何も感じなかったのか……? 見たしゅんかんは噂通りのドギツイご令嬢だと思ったぞ?」


 王太子が信じられないものを見るようにこちらを見て言った。

 確かに『以前』会った彼女は化粧もしていなかったし、アースカラーの衣装に、かみがたも後ろで簡単にまとめていた。けれど、舞踏会での彼女の可愛らしさは変わらずで、吸い込まれるようなかがやきを放っていた……。


「以前とはまた違うりょくの彼女を発見できて俺はうれしかったですけどね」

「確かに、エキゾチックな魅力で男たちがとりこになるというのも……ゴホンッ……ええと」


 ジロリと王太子をにらみつけると、すようにせきばらいをする。

 彼女が魅力的というのは同感だが、彼女にかれる男がいるというのは気に食わない。


「しかし、くろかみという事前情報と、お前が『彼女だ』と言わなければ僕はずっと気づかなかったね。お前はがらな少女と言ってたが、そんなことはじんも感じさせないれいな女性って感じだったな」

「彼女の実際の身長は、昨日の見た目よりも十センチ以上は低いですよ」


 ラーガの森で会った彼女の頭の高さと、昨日向き合った時の頭の高さはずいぶんと差があり、よく見ると、厚底な上にかなり高いヒールのくついていた。

 王宮の庭園ではかかとくつれが目に入り、立っているのもつらそうに見えて無理をさせているのだと申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。


「それにしても、僕、舞踏会で女性からレポートなんてもらったのは初めてだよ。内容も専門的できゅうていどうも中身を読んでおどろいていたけどね。どうは本当に彼女が作ったのか? 本人も言ってたが、担当魔道具師が作ったと言った方がまだ僕は理解できるよ」


 そう言って、王太子はそのレポートをバサリと机の上に置いた。


ちがいありませんよ。どうぞ」


 レポートの上に、博覧会のチケットを置くと、王太子が軽く目を見開く。


「何これ? チケットがどうかしたのか?」

「彼女のひっせきです」


 置いたチケットの同伴者らんを示し、『カーティス』と書かれたしょを指す。

 レポート内の、作成担当者のところに『カーティス家 魔道具開発担当者』と書かれているその文字が、同一人物だと示していた。


「なるほど……。これだけの才能があって、あの容姿に財力があればつうの男は放っておかないだろうな。実際周囲の男たちもあの美女はだれだと熱い視線を送っていたな。噂通りと感じて近寄ることはなかったみたいだけど」

「ええ。予想以上の反応で、かいきわまりなかったですがね」

「しかし、なんであんな噂が流れているんだろうな。というか『流している』が正しいのか?」


 彼女の悪評は社交界でも有名で、彼女の父親やけいが言い回っているので、誰もが彼女の噂を信じている。

 だが、その噂の信ぴょう性を調べてみても、彼女と交流のある男は貴族にも平民にもいないし、むしろしきに引きこもっている時間の方が長いと報告を受けている。


「それは俺も不思議に思うところです」

「あれかな? 王都で流行はやってる『しいたげられた令嬢』の……そんな感じのたいみたいな」

「判断付きかねます」


 ラーガの森で会った彼女の話では家族とは良好な関係のようだったし、イヤイヤ魔道具のために働かされているという風でもなかった。


「で、結局真意は分からないが、お前はあきらめきれないんだな。あんな公衆の面前でフラれたとしても」

「予想のはんちゅうですよ」


 王太子の言葉に、さらりと答える。

 こちとらすでに婚約に関して書面で断られているのだから、心の準備はできていた。

 それでも面と向かってきょぜつされた心の痛みを思い出し、気をまぎらわすかのようにお茶を口に運ぶ。


「ま、けんとういのるよ。ところで前回ばくしたとうぞくたちから残党の情報を得たろう? なのにいまだに残党をつかまえられない。だから、前回と同様の令嬢おとり作戦を決行しよう」


 満面のみでさらりと言った王太子の言葉に、思わず飲んでいた紅茶をした。


「ぐっ……、ゲホ、ゴホッ……。な、何をまた。『女装』はあの時一度きりと言ったじゃないですか」


 そう、ほんの二週間前、パレンティアに『再会』したあの時、再会すると分かっていたらあんな格好なんて……。

 とてもじゃないが、彼女に助けてもらったのが自分だなんて言えなかった。

 いくら囮役で令嬢の格好をしていたとはいえ……。


「でもさ、ほら、僕が囮作戦を指示しなかったら、ラウルはパレンティア嬢に再会することもなかったんだから。僕ってこいのキューピッドじゃない?」

「どこに、好きな女性と会うのに、女の格好をしたがる男がいるというんです!」


 王太子に舞踏会をかいさいしてもらったのも、『ラウル=クレイトン』として、彼女と会いたかったからだ。

 彼女はラーガの森で会った俺のことを『アリシア』だと思っているようだが、なんとか言葉をにごして明言をけている。あの時助けてもらったのが女装した俺だなんて、絶対知られたくないし、あまりにけすぎる。

『二度と会えない』と思っていた彼女にラーガの森で再会できたのに、あのじょうきょうで何も言えなかった自分が情けない。


「いいじゃないか、それで彼女の安全も守れるんだぞ。……なのに、彼女はお前とけっこんする気はない……。ククッ……『ラウル=クレイトン』がられるなんて、ぜんだいもんだな」

「ゼロから始まるならしろしかありませんね」

「どんだけポジティブだよ。まぁ、なんにせよお前がこの令嬢と結婚してくれたら貴重な人材の確保ができるな。間違っても他国に流出なんてやめてくれよ」

「彼女の才能と関係なく、俺は他の男にゆずる気などさらさらありませんよ」


 このせきには神に感謝する。

 二度と会えないと思っていた彼女と、こうして再びめぐえたのだから。

 舞踏会で『ラウル=クレイトン』として再会した時、ひょっとしたら覚えてくれているかもしれないと思ったが、そんな願望は簡単にチリと消えた。

 知っているのを隠しているという訳ではなく、本当に彼女のおくかたすみにも引っかかっていなかったのだから。


「かけらも覚えられていないというのは、結構クルな……」


 小さくこぼれた言葉は、誰にも拾われない。

 なんとしても、どうやってでも彼女の心に『俺』を残すにはどうしたらいかと思いながら、チケットを手に取り、彼女の筆跡にそっとれた。

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