四章 『悪評令嬢』実演
4-1
予習は
この日のために、ブランカが大量に買い込んできた
頭の中で予習したことを
「パレンティア
「ありがとうございます。こちらは以前
馬車の向かいの席で、スラスラと流れるように
今日の私の
目がチカチカするような
最近は
「センスのいい方ですね」
「ええ。私の好みを
「なるほど……」
公子様の
「そういえば、会場に着く前にお
開けてみてくださいと言われて
「ブーツ……?」
「ええ。博覧会は会場も広いですし、魔道具の体験コーナーなどもありますから、足元は動きやすいものがいいかと。万が一にも貴女に
今日も今日とてヒールの高い
「……ありがとうございます」
公子様の思いがけない
ふと彼を見上げると、窓からの日差しを浴びて柔らかく
「どういたしまして。ちなみにそれは魔道具の一種で、
「え!?」
今日の私は魔道具に興味のない令嬢なのだ。
すんとした顔つきで、ブーツを箱から取り出す。
「今日のヒールはお気に入りでしたが、仕方ありませんわね」
そう言いながら、おろしたてのハイヒールを
柔らかく履き
あまりの履き心地の良さに、ほっとした私を見た公子様が微笑んでいることなど、気づきもしなかった。
「魔道具の展示コーナーは広いだけで、本当につまらないですわね」
あぁ、楽しい。本当はすごく楽しい。
あっという間に博覧会の会場を一周してしまったけれど、
そんなことを思いながら、公子様に案内されて会場の一角に
元々ある国営博物館をこの日のために増築した会場はかなり広く、朝一番に入場したのに、時間は既にお昼時だ。
公子様のくれたブーツのおかげで足は全く疲れないが、それでも
「そうですか? 俺は楽しかったですよ。もう一度『マジックボックス』を見ておきたいですね。少し
「楽しくはないですが、
案内されたカフェのテラス席に座りながら、ツンとした表情を作って答える。
内心は、やったー! と思わず心の中でガッツポーズをして飛び上がっているのだけど。
今日はなんとあのオルレインが作った王家所有のマジックボックスが特別展示されており、興奮を
あのマジックボックスの前でなら一日中、いや、一週間でも
展示されたマジックボックスには
さらには、あの箱の素材が何なのかガラス
魔道具を見る
その時、店員が注文していたサンドウィッチと紅茶、デザートを運んできた。テーブルに置かれた
公子様の前にも同じものが置かれ、公子様がこちらを見て微笑む。
「パレンティア嬢、どうぞ
「ありがとうございます。いただきますわ」
これで少し会話が
ジューシーな甘さが口いっぱいに広がり、それを
「……何か?」
「幸せそうに召し上がるなと思って」
その柔らかな言い方と
「公子様は召し上がらないのですか?」
「つい見惚れてしまいました。俺もいただこうかな」
「と、とても
そう質問すると、意外そうな顔をしてこちらを見た。
「嬉しいな。俺に興味を持ってくれたんですか?」
「え? いや……」
「俺は、好きなものは最初に食べるタイプですね。貴女はどうですか?」
「まぁ! 私は好きなものは最後に食べる派なんです。楽しみは取っておきたくて」
そしてたっぷり
「合いませんわね、私たち」
ドヤ顔で言えば、嬉しそうに笑っていた公子様の顔が一転、驚いたように固まる。
「なるほど。そうきたか」
「え?」
「俺は、好きなものは一番最初に食べるタイプです。貴女の大事に大事に取っておきたいという気持ちも分かるのですが、
笑いながら公子様はイチゴにフォークを
その視線と言い方が何かを
彼のお皿の上に載ったメインを
「食べ物に限りませんけどね」
「え?」
どういう意味かと聞き返すも、「何でもありません」と返され、私は二口目にケーキのスポンジ部分を口にした。
「どうぞ」
「はい?」
そのイチゴを刺しているフォークを持っているのは公子様だ。
「お好きなんでしょう? イチゴ」
「いや……」
これは、『あーん』しろと言うことだろうか。
そこらじゅうの視線が刺さっている中で? え? これはどうするのが正解なの?
「こういうのは苦手でしたか? こういったやり取りは慣れていらっしゃるかと思ったのですが……。ご不快にしてしまったなら申し訳ありません」
少し困ったように言った公子様の言葉にハッとする。
「もちろん!
そう言って、目の前のイチゴに思い切り
あまりに勢いよく齧り付いてしまったため、フォークにガチンと歯が当たり、思わず顔を
「ふっ……」
公子様の小さな笑い声が聞こえ、見上げると実に楽しそうに笑っている。
「パレンティア嬢は本当に可愛らしい方ですね」
「と、当然ですわ」
これは褒められているのか笑われているのか分からず、そう返すしかなかった。
「他に何か俺に聞きたいことはありますか?」
「それでは、公子様はお肉とお魚ならどちらがお好きですか?」
モゴモゴとイチゴを
「俺は肉かな。魚はあまり食べませんね。パレンティア嬢はどうですか?」
「私はお魚が大好きなんです。食の好みが合わない
調子に乗って得意げに答えると公子様は更に目を
「そうなんですね。
「ええ。観光資源の
離婚率の話を無視しないでと思いながら、言葉を並べる。
周囲の視線も完全にこちらに集中しており、「まぁ、なんて言い方」「ラウル公子様もあんな方と
もっと言って。どうぞ私の性格の悪さと品のなさ、このゴテゴテしたドレス、わがままっぷりを社交界に
今日はそのために、引きこもり
「俺も、
「は?」
「カーティス領自慢の魚料理を食べてみたいですね。貴女が美味しいというなら間違いないでしょうし」
そのあまりの
「え? いや、……嫌いなものを無理して食べることはないかと思いますし」
「嫌いではないですよ。あまり食べないと言うだけで。ぜひ、今度カーティス領の美味しいお店を
にこりと、満面の
何か! 他に! 話題を!
「ええと。公子様はアウトドア派ですか? インドア派ですか?」
「俺はアウトドア派ですね。乗馬とか好きですし。貴女は?」
「私はインドア派ですわね。外は日に焼けるから好きじゃありませんの。
「外で遊ばなくても、貴女となら……部屋に
ごふっ! っと口に含んでいた紅茶を
目の前には色気の暴力と化した公子様が
……
いや、しかし、ここで折れては何のためにこの数日頑張ってきたのか分からない。
「……公子様。私たち、やっぱり合わないと思うんです」
「そうですか? 俺はとっても合うと思いますけどね」
満面の笑みを浮かべて全力の
「でも、公子様は無理に私に合わそうとしていらっしゃるでしょう? そういうのは長く続きませんわ。私も
そう言いながら、予習した小説の中のご令嬢の
「それに私はお金がかかりますわよ。ええと。ほら、最近人気の……その、……『マダム=シュンリー』のドレスも
「あぁ、『マダム=シュンロー』ですね。妹も好きだと言ってました。話が合いそうだ」
「……それから、何でしたっけ……。ミッツ……いえ、『ヒッツベリー』の宝石もシーズン
「『ヴィッツベリー』の宝石は母も妹もよく身につけています。貴女を
〝パレンティアお嬢様。店名を間違えないでくださいよ。昨日散々練習したでしょう?〞
そんなブランカの
ここで
「そもそも、貴方と遊んでも楽しめるとは思いませんもの」
「そんなこと言わずに、お
「何度も申し上げましたが、他の
引きこもりの私の遊び相手なんて、同性にもいないけどね。と自分で自分に
「列に並んで大人しく順番を待つほど、出来た人間ではないので。その彼らには順番を
微笑んだ公子様が煌めかせた瞳は、思わず喉をごくりと鳴らすほどにひんやりした空気を放っていた。
整いすぎた顔は微笑んでいても
待って。本当に困る。
「……公子様なら、遊び相手にはお困りではないでしょう?」
「遊んでいただきたい女性はパレンティア嬢だけですよ。そしてできれば、貴女の最後の遊び相手に」
この世のものとは思えない美しさを
「っ……
こんなデートは人生において一度で十分だと
「……約束ですよ?」
その刺すような、
「……え?」
「『機会があれば』……は約束ですよ?」
紅茶のカップを口元に当てながら、視線だけをこちらに向ける公子様の言葉にまたしても
何かまずいことを言っただろうかとふと不安になる。
「え……えぇ。機会があれば……ですわ」
公子様の視線に動きを止められたかのように、私の口は
そんな私に笑顔で公子様が手を差し出してきたので、何かと
この
「さて、せっかくですから、魔道具体験コーナーでも行きましょうか」
優雅な仕草と笑顔で差し出された手を取る他に、私にできることはなかった。
体験コーナーに向かう途中、ざわざわと人が集まっているところがあった。そちらに視線をやると、ある人物が視界に入って、冷水を浴びせられたかのような気分に
ダレス=サダ伯爵子息。
アカデミーで私の研究を横取りし、私に
無意識のうちに、目を
「パレンティア嬢?」
「あ、いえ……」
公子様は先ほどまで私が見ていた先に視線を送ったが、私が何を見たのかなんて分からないだろう。
ミリアが彼の横を歩いているのが見えたので、二人ともアカデミーの研究や何かでここに来たのだろう。国が力を入れている魔道具学部だ。特別招待
「パレンティア嬢、どうされました?」
「いえ、これ以上は……
なんとか話を逸らそうと、公子様に尋ねると、嬉しそうに顔を
「どちらをご希望ですか?」
「歴史あるミッツ……じゃなくて『ヴィッツベリー
これも、昨日ブランカと立てた計画だ。
どこかに出かけるチャンスがあれば『ヴィッツベリー宝飾店』が良いだろうと。
「宝飾店ですか……」
「ええ、先ほども申し上げましたが、私、宝石やドレスなど、キラキラしたものが大好きで、王都に来たら絶対行きたいと思っていたんです。目の届かないところで散財されては
この宝飾店は、海外にも支店があるほどで、質の高いものだけを
何より、貴族がこぞってここで買い物することをステータスとしているようだし、散財するならこの店しかない。と、姉様が言っていた。
「ヴィッツベリーなら近いですね。では参りましょうか」
公子様の言葉に
ここで更に私の『悪評』を実感していただこうと心に固く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます