二章 舞踏会

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 それから数日後、父にしょさいに呼び出され、何事かと向かうと、今度は王太子殿でんから私あてとうぞくとうばつ協力のお礼を言いたいと、とうかいへの招待状が届いたという。


「……」


 父がスッと差し出してきた手紙に、思わず半歩後退し、まるでのろいのかかったものでも見るかのような視線を無言で送る。


「この国広しといえど、王太子直々に送ってこられた舞踏会への招待状を、そんな目で見るのはお前くらいだろうな」

うるわしのクレイトン公子様のきゅうこんを断るのもティアぐらいさ」


 なぜかそれをまんげに言う兄に父がため息をつく。


「これは、断れませんよね……」

「王太子直々のご招待だからな」

「ですよね……」


 父のどうしようもないというその言葉に、一気に体の力がけていった。


「それから、公子様からドレスが届いてるんだが……」

「はい!?」


 父の合図で、部屋のど真ん中にとつぜんメイドたちが運んできたドレスを見て、開いた口がふさがらなくなった。

 うすむらさきこうたくのあるに、銀糸でせんさいすいれんしゅうほどこされたドレスは、とした美しさを放っている。


「このドレス、今流行のマダム=シュンローのサロンのデザインじゃない。さすがクレイトンこうしゃく家からのおくものちがうわね。注目されることちがいないわ。しかもクレイトン公爵家のもんの睡蓮が刺繍してあるなんて……」


 流行にびんかんな姉が、公爵家からドレスが届いたと聞き、興味深げにやってきていた。

 そんな姉の言葉にひゅっと息をみ、思わずドレスから一歩下がってしまう。


「あと、そろいのくつとイヤリング、ネックレスも届いております」


 追い打ちをかけるように、ブランカがさらに箱を三つ開けて私に見せた。

かんぺきね。あそこのドレスは予約しても一年待ちと聞いていたけれど、見た感じ……おそらくサイズもぴったりね」


 そう言いながら私にドレスをてがうと、本当にジャストサイズで、平均的な女性よりもがらな私にぴったりのドレスにちょっときょうが走る。

 ドレスと共に送られた美しい靴もイヤリングも、細工や刺繍が睡蓮を模した揃いのものだ。


「お父様、けっこんの申し込みにお断りの返事を送ってくださった……のでは?」

「送った……。が、やはり『せめて一度会いたい』と……」

「そんな……」


 ガックリとうなだれる私にブランカが追い打ちをかけてくる。


「メッセージカードも付いておりますが?」

「読まなきゃダメ!?」


 私の切実な声に、姉と父、ブランカまでもが冷ややかな視線を向けてきた。


貴女あなたをそんな失礼なれいじょうに育てた覚えはないわよ」

「姉様、だいじょうです。社交界では『わがままでれい知らずな令嬢』で通っておりますから」

「貴女が実際に礼儀を欠くかは別問題でしょう?」


 姉の正論すぎる直球がちょくげきし、「ですね……」と返事をしてしぶしぶカードを手に取った。

 えられた白いカードは睡蓮を連想させる、少し甘やかでみずみずしい香りがする。


『舞踏会にエスコートさせていただきたいなどとぜいたくなことは申しません。一目お会いできる日を楽しみにしております。ラウル=クレイトン』


 はらり……と私の手からこぼれ落ちたメッセージカードを姉が拾って内容をかくにんした。


「あらあらあら」

「ティア、一度会ってみてはどうだ? すでに二度も公爵家に断りを入れているんだ。『せ

めて会ってから』と先方が言うなら、会ってみて、相手をなっとくさせるしかないだろう。それに、もうすぐ建国祭もあるし、それには一家総出で出ない訳にはいかん。練習と思って参加してみてもいいだろう」

「あぁ、気配を消す練習ですね……」

「いや、そうじゃなくて……」


 毎年建国祭では上手うまく気配を消して、すみの隅で一人しのんでいるが、今回は間違いなく王太子殿下に会わなければいけないというミッションがついていた。

 毎年の建国祭は特に国王陛下へのあいさつは必要ないけれど、出席者めい簿に名前が残るため、いつもは受付だけしてメインホールに向かわず景色に同化していた。しかし今回はそういう訳にもいかない。

 最後の手段は「姿を消すうで」を持っていき、実際に消えていればいいのだけれど。


「あ、あの腕輪はつけていくなよ。使い道のあやしいどうなどしんなモノを持っていて何かたくらんでいるのかと疑われてもたまらん。そうなれば団に囲まれ、注目を浴びるのは必至だからな」

「……デスヨネ」


 思わず内心舌打ちをするが、父は私の不満そうな顔を見て「持っていくんじゃないか」と心配しているようだ。

「それでは失礼します」とさっさと部屋を出ようとしたところ、「そういえば」と呼び止められた。


「パレンティア。最近またていないと報告を受けているが、あまり無理をするんじゃないぞ。ひどいようなら、……研究室を取り上げるからな?」


 父の低い声に、ぎくりと体をすくませる。

 父に告げ口したのは恐らくブランカだろう。

 後ろにひかえていた彼女に視線をやると、素知らぬ顔でましていた。


「お父様。すいみん時間はきちんと確保しております。おづかいあり……」

「昨日は何時に寝たんだ?」


 私の言葉をさえぎった父の質問に「何時に寝たことにしようか」といっしゅん躊躇ためらったのがめいてきなミスだった。


「おじょうさまは午前三時にベッドに入られました」


 裏切り者のブランカの発言に父の口元がり、私の顔も同時に引き攣る。


「午前三時だと……?」

「あ、あの……。お父様。もう少しで今開発中の魔道具の実験が上手くいくところだったんです。それにその前の日は早く寝たんですよ!」


 なんとかそうとするも、父がチラリとブランカに確認するように視線を送る。


「前日は、午前二時半だったとおくしております」

「ブランカ!」


 またしても、ブランカの余計な一言で、父のまとう気配が圧を増した。


「パレンティア! 今日から研究室の使用は午後九時までとする。ブランカ! 午後九時になったら私の元に研究室のかぎを持ってこい」

「かしこまりました。だん様」

「まま、待ってください! それでは研究時間が一日五時間も減ってしまいま……あっ」


 思わず口から出たこうの言葉に、父親の目ががり、ワナワナとふるえ始めた。


「五時間だと……?」

「い、いえ。その……」

「今日は……研究室使用禁止だ」


 父親のいかりをふくんだを言わせぬ命令に、放心状態の私はブランカに引きずられて書斎を出た。


「いつまでねてるんですか。私はおそくまで研究してはいけませんと常々申し上げていたではありませんか」

「ブランカが告げ口するからこんなことになったんじゃない~」


 夕食が終わってからもくされたまま、ブランカのれてくれたお茶を片手に、書類の整理をしていた。

 その中にあった、『ミリア=ヘンガー』と差出人の名前が書かれた手紙が目につく。

 彼女はアカデミー時代からの私のゆいいつの友人だ。


「会いたいな……」


 アカデミーには、祖父のすすめで入学した。

 魔道具作りに関心を持ち始めたころ、同い年くらいの子どもたちからは、『魔道具なんて興味ないし、いっしょにいてもつまらない』と、いつの間にかのけものにされていて、いつも一人でいた。そんな私に祖父は、『今はまだ世界がせまいだけで、アカデミーに行ったら共通の友達が見つかるんじゃないかな』と入学を勧めてくれた。

 十三歳で、期待に胸をふくらまして入学したアカデミーでは、いじめや人間関係の悩み、果ては魔道具のとうさくぎぬを着せられるなどいやなことが重なり、げるように退学してしまった。

 そんな中でも、唯一やさしくしてくれて、信じてくれたのがヘンガーだんしゃく家のミリアで、彼女とは今も一年に数回手紙のやり取りがあり、色々と心配してくれる手紙が届いている。

 退学から三年経った今でもひとぎらいをこじらせた上に、引きこもりすぎて対人きょうしょうになりつつある。

そんなじょうきょうもあり、結婚したくなくてわざわざ悪評を流してもらっているのに……。


「……ねぇ、いまさらなんだけど、公子様……私のうわさ知らないのかしら」

「そんなことあります? 結構旦那様もがんってお嬢様の悪評をばらいていらっしゃると思いますよ」

「騎士団ってへいそくてきだったりするとか?」


 騎士団に興味がないのでよく分からないが、えんせいすると中々帰ってこられないとか、りょうからほとんど出られないとか、何か特別なルールがあったりするのであれば、私の噂が耳に入らない可能性だってある。


「どうでしょう? 公子様も社交界で人気ですし、お嬢様がお助けになったというアリシア様も社交界の中心的人物と聞きますし、知らないなんてことありますかね?」

「そうよねぇ……」


 ブランカと私は研究室でビーカーに淹れたお茶を飲みながら深いため息をつき、王太子からの招待状を手に取った。


「目立ちたくもないけど、かくれるのも無理そうよね……」

「ええ。究極のたくですね」

「「……」」


 言葉をなくした私に、気遣う様子も見えないブランカが追い打ちをかけてくる。


「結婚しちゃえばいいんじゃないですか?」

「無理よ! 無理! 分かってるでしょう? 私に社交性のかけらも無いことくらい。こうしゃくじんなんてとんでもないわ。クレイトン家の評判を地の底にたたきつけて、こんなよめはいらんってカーティス家に返されるのは目に見えてるわ。しかも、しゃ料とかめいわく料とかせいきゅうされたらどうするのよ。無理よ。お嫁に行く前に胃痛で死んでしまうわ。……あ、なんかキリキリしてきた……」


『結婚』を考えただけで、なんだか胃のあたりが痛み始め、思わずそこに手を当てる。

 想像するだけで胃が痛くなるような女など、公爵家だってお断りだろう。

 いや、それよりも、悪評高い私に求婚すること自体が既に公爵家にどろるようなものだと思うけれど……。と、思いながらも、ブランカとどうしたものかと頭をかかえた。


「これは、有言実行しかないのではないでしょうか?」

「有言実行?」

「はい、お嬢様が噂通りの令嬢を演じるしかないかと」


 そう言って、ブランカが一冊の本を私の目の前に置いた。


「何これ?」

「今王都で話題になっているたいの原作小説です。『ごうよく』『わがまま』『男好き』。お嬢様のばら撒いている噂通りのご令嬢の姿が、ヒロインのライバル役としてえがかれております」

 

 わたされた本を手に取り、ぼうぜんとそれを見つめた。


「対策を練って舞踏会に行かないと。話を聞く限り『れんあい上級者』の公子様相手では、あれよあれよという間に、教会のさいだんに立ってると思いますよ」

「ひっ!」


 ブランカの言葉に、思わず体が竦み上がった。

 確かに、このまま王宮に行っても、単なる地味令嬢という印象だけが残ってしまいかねないし、クレイトン公子の求婚を断るためにも『悪評令嬢』を演じてみるのが一番いいかもしれない。

 手渡された小説をぎゅっとにぎりしめて視線を上げた。


「やるわ……」

「え?」

「やるわ。悪評通りに。私の研究ライフを守るためにも」


 そう言うと、ブランカは少し楽しそうな目をしながら、「お手伝いいたします」とめずら

微笑ほほえんだ。


「それでは、『噂通りの令嬢』にふさわしいドレスと、ほうしょく品一式が必要ですね。明日の朝一番で、ブティックに行く準備をしておきます。明日はいそがしい一日になりそうですから、今日は早めにお休みになってくださいね」

「ええ、もう寝るわ。今日は研究室が使えなくて逆にひますぎてつかれたし」


 そう言って、ブランカにありがとうと言い、ベッドに足を向けた。

 あぁ。あんな事件さえ起こらなければこんなことにはならなかったのに。

 あれもこれも全部盗賊たちのせいだ。

 そううつうつとした気分で私はベッドにたおれ込みながら、あの日の出来事に思いをせた。

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