第二十二話 昼の顔 夜の顔

 早朝の空気、冷えた壁が陽の光によって温められ、空気が光を受けて熱を持つ。

 しかし、路地の奥は薄暗く、陽の光が当たることを拒否しているかのようだ。

 本能的に、たとえ昼でもここに近づいてはならないと警告を発していることに気がつく。やはり、裏路地はこの街の中で異質な社会を作っていることがわかる。


 太陽が顔を見せる前から一部の店からは人の働きだす気配がする。

 表の街は陽の光を受けて人々が血脈となって目を覚ましていく。


「まだ、ウロウロすると目立つな」


 道に人はまばら、この状態で街を探るのは難しい。

 もう少し身を潜めておくことにする。

 目立たぬようにしていると、少しづつ人が道に増えて、朝の営みが始まっていく。

 店は朝の準備をする人を相手に、または今日一日の生活を支えるために動き始め、そして住人たちが客として各店で商品を求める。こういった経済活動がさらに市場を豊かにして、そして街が発展し、国が発展していく。


「しかし、今はその根底となる金を国が取り上げすぎている」


 昨日の酒の席でこの国の問題点をたくさん聞いた。

 とどのつまり、一点に集約する。

 国が民から金を奪いすぎるのだ。

 国を維持するために、または国としての活動のために金がかかることはわかる。

 問題は、金を集めるのに、それに代わる国としての責務をきちんと果たしていないことだ。

 道は荒れ、王都の傍でさえ賊や野生動物、魔物の恐怖に民は震えなければいけない。

 税が高いために商人たちは活発な商売を行わなくなる。

 人々も日々を生きていくのにも苦労するから、ギリギリで生活をするようになり、さらに、娯楽への消費を行わなくなる。

 人は仕事だけをして生きるわけではない、仕事で稼いだ金で自分の人生を彩る娯楽や、芸術など、いわゆる生きていくためには無駄に見えるものがあったほうが豊かな人生を送ったと感じるものだ。

 ただ生きるために仕事をして、最低限の食事をするだけの人生は、彩りがない。

 そして、そんな状態では動かなくなる商品、商売も現れる。

 商人は生きていくのに最低限な商品しか取り扱わなくなる。

 そしてそれらの商品では利益を上げるのが難しいため、値が上がる。

 商品の価値によって値が決まらず、不均衡な値上げが起きる。

 結果、物価が不当に上がり、さらに生活は苦しくなっていく。

 まさに悪循環だ。

 理由は想像できる。

 現状この国はヒューマリンに属しているはずだ、しかし、裏ではヴェヴェヴェインに身売りしようとしている。2つの大国にいい顔をして、たぶん多くの金がヴェヴェヴェインへと流れているのだろう。

 国が民に対して背信行為を行っている。

 そして、王やその周囲が不当に利益を掠め取っている。

 この国をヴェヴェヴェインへと売り渡した後、王たちは大国の貴族にでもしてもらい、後は特権階級として安泰な地位を得る。

 犠牲になる民は、たまったものではない。

 小国として大国に属することは、民を守るためならば仕方がない。

 しかし、国と民を利用して自らの地位を得ることは、王たる由縁はどこにあるのだろうか……


「メルティなら、そのような外道は通るまい」


 彼女の顔を思い出す。

 それだけで胸が暖かくなり、先程まで感じていた不快な気持ちが浄化されていく。

 ずいぶんと彼女の姿を見ていない。

 彼女の声を聞いていない。

 ああ、寂しい。


「くぅ……」


 胸が締め付けられるようだ。

 早く、早くこの仕事を終わらせて彼女のもとに戻りたい。

 ああ、もう、正面から諸悪の根源を叩き潰して終わりにしたいという思いが溢れてくる。


「いかんいかん、動いてくれている人たちがいる。ここで俺が短慮を起こせば彼らに迷惑がかかってしまう。それは回り回ってメルティに迷惑をかけてしまう」


 自重しながら人の多くなった街なかへと混ざっていく。


 肉体を変形してさほど目立たないようにはしているが、背の高さは周りの人々から頭一つ抜けて目立ってしまう。出来る限り気配を消して振る舞うことで目立たないようにするしかない。

 少し、気になる視線もあるので、あの角を曲がったら……


「何か、用か?」


 俺はつけて来た奴の背後から声を掛ける。

 一瞬の緊張はあったがすぐにそれを隠した。只者じゃない。


「はい? 何言ってるんだ? お前こそ俺に何のようだ?」


 ただの街人のように振る舞いながらも、鋭い目線が俺の身体を観察している。

 歳は俺と同じくらいか? 引き締まってよく鍛え上げられて身軽な動きをしそうだな。


「警戒しなくていい、別に俺に敵意はない」


 この人間はたぶん国側の人間ではない。このような技術のある人間が王の傍にいるとは思えない。

 そもそも、隠れて人をつける必要がない。


「……本当に何者だあんた?」


 俺の言葉が逆に相手を警戒させてしまった。

 男は街人のフリを止めて警戒態勢を取っている。


「ふむ、俺はアレスという、西のピース村から来た」


「……噂はほんとうだったんだな、賊殺しのアレス。目的は何だ、逃げた賊を追っているのか?」


「いや、ピース村に迷惑をかけない賊に興味はない。

 俺は今の国のあり方をこの目に見に来た」


「こ、今度は国を狩るのか?」


 言葉の端に喜びと興奮が見える。


「……場合によっては、な」


「そ、そうか、そうか! 俺の名前はベイル。この街の、レジスタンスの一員だ」


「やはりそういう組織があるのだな、周りの人間もその仲間というところか」


「!! 流石は賊殺しの英雄、恐れ入った」


 ベイルが片手を上げると周囲の気配と視線が消える。

 ふむ、レジスタンスのメンバーはなかなかの者だと理解した。


「歓迎するよアレス、レイクバックの街へようこそ」


「しかし、それなりに気をつけたつもりだったが、一日も持たないか……」


「気をつけたってのは、気配を消してたことかい?」


「ああ、俺の隠形はそんなに下手だったか?」


「はははっ、逆だよ逆、あんたの隠形は見事すぎた。だからこそ最大限の警戒をしたんだ。 街の中で認識阻害並みの隠形していたら、それはもう、異常だろ」


「ああ……たしかにな」


「英雄様は結構ぬけてるんだな、それと、報告よりずいぶんと体格が……」


「ああ、ちょっと筋肉を絞り込んでいる」


 少し腕を元に戻して見せる。


「おいおい、体型変化の秘術って一子相伝のある集団の技って耳にしたことがあるんだが……」


「試してみたら出来た」


「くっ……あーっはっはっは!! あー、いや、久しぶりに大笑いした」 


「そんなにおかしいのか?」


「いや、あまりにも規格外な仲間が出来たことが嬉しくてな、アレス、今から俺達のアジトに連れて行く。悪いけど、裏に入ったら目隠ししてもらう」


「構わない」


「簡単に信用するんだな」


「嘘をついていないことはわかる」


 俺はまっすぐと瞳を見る。声の調子や目の動き、輝きである程度は把握できる。


「……おっかねーな」


 こうして俺は、この街の影の支配者とつながりを持つことに成功した。

 歩いていただけだが。

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