第二十一話 空気感

 すぅ……っと漆黒の闇に包まれた裏路地に音もなく降り立つ。

 自分自身の足元も見えない暗闇、マントに身を包めば俺も闇と一体化している。

 しかし、こんな暗闇の中、非情に強い警戒心を持った視線が注意深く周囲を探っているのがわかる。

 試しに近くの小石を指で弾いてみる。


 コツ……コ……


 ほんの小さな音だが、視線がソコに集中するのがわかる。

 最低でも3、もしかしたら5人の視線。

 俺はその視線から身を隠すように路地を進んでいく。

 道に人の気配はないが、建物の中には息を潜めた人の気配が有る。

 気配をできる限り消しており、一般人ではないことが伺える。

 悪意や殺意といった類のものではなく、どちらかと言えば恐怖に対する警戒が近い。


 約束の場所はレイクバックの街で最も大きな宿である大いなる大河、しかし、メインストリートにある宿のために親衛隊とやらの目に触れる可能性もある。

 今の俺なら一見してはバレないだろうが、宿に泊まるために冒険者証を見せれば、きっと彼らの耳に入ってしまうだろう。

 この街で俺の代わりに動ける人材が必要だ。

 こういうときは、冒険者ギルドが一番だ。

 ギルドは基本的には各国とは独立した組織だ。

 その成り立ちは古く、眉唾ものだが、初めての国の王が初代ギルド長であり、ギルドの作成は神からの啓示を受けて行われ、その際に魔道具も与えられたとされている。

 そのために各国にギルドは存在しているが、国家間の争いや、国による圧力にも対抗することが出来る。もし、不当な圧力を国にかけた場合世界中のギルドを敵に回し、全冒険者を敵に回す。

 お金などがかかっているので、冒険者も本当にそんなことになったら全力でギルドのために働くだろう。


 ある程度表通りの方まで来ると、警戒した空気が薄れてくる。

 薄明かりが道を照らし、人の声が漏れる店などもある。

 とりあえず、いざとなればどこかで朝まで身を潜めてもいいが、ある程度情報は集めておきたい。

 いくつか空いている店の中で、落ち着いた雰囲気の店に入る。


「いらっしゃい」


 店内には数組の客がいる。俺を一瞥したが、興味なさそうに再び酒に向かう。

 俺はカウンターに座る。


「何を?」


「ワインを」


 あまりキレイでない俺の見た目にふんっと鼻を鳴らし店主は木製のコップに半分くらいのワインをいれてよこした。


「銀2だ」


「そうか」


 俺は金貨を一枚出して。


「なにかつまみと、あんたも一杯やってくれ、釣りはいらない」




「へー、見た目にはよらないな、さらに、気も利く。嫌いじゃねぇぜ」


 明らかに店主の機嫌が良くなった。

 樹の実と干し肉、それに小さいがチーズが乗せられた皿、それと店主用の大きいジョッキにビールが注がれている。店主はそれを一気にあおった。


「かーーー、ウメェ! たまにはこんな優しい客も居るんだがなぁー!」


 店内にわざと聞こえるように大げさに話している。

 客たちは鼻で笑いそれを無視する。


「あんた、外の人間だな」


「ほう、なぜそう思う?」


「他人に酒を奢るからだ」


 バタン。


 店の分厚い扉が閉まり、窓にも木戸が閉められた。


「何のつもりだ?」


「よそ者がのこのここんな場所に来るのが悪い。

 あんたは景気が良さそうだからなあ」


 いつの間にか客は店の端に避難してニヤニヤと俺のことを酒の肴に眺めている。 

 店員というには、風体の悪い男たちが5名ほど俺を囲んでいる。


「俺は気持ちよく飲めればそれでいいんだが、やると言うなら相応の対応をするが?」


「……やけに落ち着いているな。ここに何しに来た?」


「酒場に来る理由は旨い酒とうまい飯に出会うため以外にあるか?」


「はっ、減らず口もいつまで続くかな?」


 男が短剣を抜き切りかかってきた。

 はぁ、目立ちたくなかったんだが……その剣を指で掴む。


「なっ!?」


 そのまま男を持ち上げる。必死に短剣を掴んでいた男は耐えきれずに尻から落下したので、片足で受け止めてそっと床におろしてやった。


「やるなら、止めないが、どうなってもしらんぞ」


 短剣をぐにゃぐにゃに曲げて、店主の前のカウンターに置く。

 店内は静まり返り、ゴクリと店主の息を飲む音がする。


「本当に争いに来たつもりはないんだ、よそ者が邪魔ならこれを食って帰る。

 旨い酒を飲むなら、騒がせた罪滅ぼしに俺が奢るが?」


 俺はカウンターに金貨を10枚乗せた。


「へ、へへへへ、じょ、冗談ですよ旦那、おら、てめぇら。

 旦那が奢ってくださる。席に戻れ戻れ、今日は店じまいだ、好きに飲め!

 旦那に礼を言うんだぞ」


「ふっ……解ってくれればそれでいい」


 それから、びびっている男たちと乾杯する。

 はじめは緊張していたが、数杯進むと皆、笑みが出るようになってくる。


「あんた、本当に何者なんだい? 詮索するのも悪いが、ただもんじゃないだろ?」


「一応冒険者ではある」


「ゴールド、いや、ミスリルか?」


「いや、アイアンだ」


 ちらりと冒険証を見せる。


「……もしかして、若いのか?」


「ああ、まだ22だ」


 ぶーーーーーーっっと店内に居た客全員が酒を吹いた。


「ぶっ、ぶわっはっはっはっは!! こりゃ笑うしか無い、未来の英雄様と縁を持ったってこったな!」


「そんな器じゃない」


「いやいやいや、俺もヤキが回ったぜ。完全に見誤った。

 本当に悪かった。よかったら今後もこの店を贔屓にしてくれ」


「ああ、気にしていない」


「……本当に22なのか? なんというか、落ち着いてるな」


「そうだな、よく言われる」


「それにしても、あんた不用心過ぎるぜ、今のこの街で他人の世話するなんて、俺は鴨ですよと宣伝しているようなものだ」


「そうなのか、今度から気をつける。感謝する」


「あー、もう。いや、人としては正しいんだが、今この街は人を見たら物乞いか物取り、強盗、いや、殺人者だと思っても言いすぎじゃねぇ、それくらい悪いんだよ」


「裏路地の方はもっと暗かったな」


「だめだめ、絶対に駄目だよ! あんなとこに行ったら行きては戻れねぇ」


「……少し頼みたいことがあるんだが」


「ん? なんだい?」


「ある店と連絡を取りたい、大いなる大河に知り合いから連絡が来るんだが、事情があって宿では待てなさそうなんだ」


「ふむ、旦那、って若いあんたに言うのも変かも知れんが、不思議としっくり来る。

 旦那、銀貨5枚で受け持ってやるよ。ここに連絡くるようにすればいいか?」


「ああ、頼めるなら」


 俺は金貨を一枚出す。


「……22歳は絶対に嘘だろ」


 店主はそれを受け取り、裏に消え、しばらくしたら戻ってきた。


「これで大丈夫だ。俺はこうみえてこのあたりじゃ顔でね」


「このあたりの顔が、ああいうことをやるのか?」


「こりゃ手厳しい。……正直毎日生きていくだけで手一杯、少しでも金になるなら……世間知らず様のお小遣いをせびるくらいは、な?」


「そうか、それほどここは、悪いんだな」


 それからは、出るわ出るわ、とにかく新しい王と親衛隊の悪口はとどまることを知らなかった。

 久方ぶりに悪口に盛り上がりながら酒を飲んだ男たちは皆机に突っ伏して寝息を立てていた。


「……やっぱ、年齢詐称だろ……」


 最後には店主も潰れてしまったので、俺は店を後にした。

 すでに太陽が顔をのぞかせていた。

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