第二十話 レイクバック
ハッピー国首都レイクバック。
立派な防壁に囲まれた城下町、それに、城を守る城壁。城の背後には大きな湖が広がっている。
湖という豊富な水源を活かして都市の周囲には広い農地、牧草地が広がっており小国とはいえ首都付近は豊かで平和な空気が流れている。
「ピース村? ああ、ヴァヴァヴァインの方の村だっけか?
あんな田舎から来るとはご苦労なこった……しかし、あんた、でけぇな。
アレス……うん? ピース村のアレス……って!
まさか賊殺しの英雄っ! って、まずい、ちょっとこっち来てくれ」
城に入る列で入場審査をしている兵は俺の冒険証を確かめると、俺を兵士の待機所へと連れて行く。
まだ計画は露呈していないはずだが……
「あんたがあの英雄か! すまねぇな。
あんた、あぶねぇよ迂闊に城に近づいたら。
王様の親衛隊に見つかったら難癖つけられて牢屋行きになるよ」
「牢屋? 俺は罪は犯してないが……?」
「ああ、少し説明が必要だな。あんたは有名でな、民にとっては希望になっちまってる。ギャベル王にとって邪魔なんだよ。
正確にはギャベル王の周囲にのさばっている親衛隊共、ギャベル王自体にはあんたの話はずいぶんと過小に報告されている。癇癪起こして親衛隊も酷い目に会いたくないからな」
「ふむ、つまり地方の賊対策に無策だった王の仕事を横取りした俺を煙たがっていると」
「そういうことだ。それとピース村の村長、娘っこだったかな?
それにギャベルの息子がお熱でな、その話が進まないってことで苛立ってるんだよ、親衛隊は息子が仕切ってるから」
ベキン
おっと、ムカッとして手に持っていた小石を握りつぶしてしまった。
兵士の顔がひきつっているが、ここは冷静に、だ。
「す、凄いな。噂は本当かも知れないな……と、とにかく、あんたは親衛隊にとって目の上のたんこぶみたいなもんで、奴らに見つかる前に村へ帰ったほうがいい」
「忠告はありがたいが、俺にはやることがある」
「あー、困ったなぁ。あんたをみすみす親衛隊には渡したくないけど、俺も仕事があるしなぁ……」
「迷惑をかけるわけには行かない、一度出直すことにしよう。
ありがとう、知らずに余計な事件に巻き込まれずにすんだ」
俺が頭を下げると兵士はあーーっと頭をかきむしる。
そして何かを決意した目で俺を見る。
「……あんた、今の王様をどう思ってる?」
「気に食わない」
「だよな。前王から変わって、生活はひどくなる一方だ。
噂だとこの国を手土産に獣人共に取り繕うって話もある。
俺達は重税に苦しんでいるのに、王様と親衛隊共は我が物顔で贅沢三昧……」
「酷いものだな」
「ろくな話がない中、大量の賊があんたに狩られたって聞いてさ、事実賊に襲われるって報告は激減、一時的に街も盛り上がって豊かになった。まぁ、すぐに増税で以前に逆戻り……しかも賊の残党は別の場所に散り散りになってまた治安は悪化してきていると来ている。王様や親衛隊はなーんにも対応しないからよぉ……俺達町民は英雄様が来て賊も王様も退治してくれないかと夢見るしか無いって話」
「……俺一人では、難しいかも知れん」
「あー、いや。無理言ってるのはわかるんだが、そんな夢くらいしかもう楽しみはないというか……、でだ。アレスさん、あんた、この街に、何しに来た?」
俺をまっすぐと見つめる目には強い意志を感じた。
俺は、この男の意志ときちんと向き合わなければいけないと……
「村への無理な条件を取り下げさせる。メルティは渡さない。
二度とそんな気持ちにならないように、懲らしめるつもりだ」
俺の言葉を静かに聞いていた兵士は、空を見上げる。
「……これからは俺の独り言だ。
正門を出て左手に進んでいくと、以前の戦いで破壊された防壁が今も直さずに残っている。夜中になるとソコを使って城下に入り込む不届き者が多くて、困ってるんだ。我々には人手が足りないから、なかなか見回りもな。そこから侵入すると裏路地、やや治安の悪い流れ者たちのエリアでな、親衛隊も近づきたがらない。もしそこに入りこまれれば、我々も手を出せない。闇夜に乗じて城下町に入り込む不届き者が、出ないことを祈っているんだ」
「……ありがとう。俺はこの街には近づかないようにしよう」
「ああ、俺は何も見なかった。もう一言、あんたは目立ちすぎる。何か対策をしたほうがいいぞ」
にやりと笑われた。
確かに、そうだ。配慮が足らなかった。改めて頭を下げて礼をする。
その後、詰め所から出て馬を引いて街から急いで離れた。
確かに俺のことを見る人間は多い、馬を連れた巨体は目立つ。
村にいると皆ずいぶんと大きくなったから忘れていたな。
近くの森へと身を隠し、まずは肉体を目立たぬように
「すうううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……」
筋肉をパンプアップさせることが出来るなら、逆もしかり。
筋肉を極限まで絞り込み、細く見せる。
身長の変化は難しいが、この収縮させた筋肉ならば、マントでも羽織れば少し背の高い普通の男に見えるだろう。
「かなり……しんどいが……なかなかいい鍛錬になるな……」
カッチカチに収縮させた筋肉を維持するのは非常に辛い。
気を抜けば弾けてもとに戻ってしまう。
森の中でこの状態での活動をトレーニングする。
夜が更ける頃にはすっかりいつもと同じように動けるようになった。何事も気合いだな。
連れてきた馬は場内に持ち込めない。
「済まないがしばらくこのあたりで自由に行動していてくれ、全てが終わったらまた呼ぶ」
「ひひーん」
彼は草原に駆けていった。
必要ならば口笛一つで駆けつけてくれる。
俺は息を潜めてその場で時を待つ。
あたりはすっかり暗くなった。
「よし」
言われた場所へと移動する。
「ここか」
戦の大きな傷跡、防壁が大きく破壊されており、簡単に乗り越えられそうだ。
俺は気配を隠し、防壁を登った。
裂け目から見る城下町は暗い。
一部には篝火がたかれ警戒されている場所もある。
城への道は兵の姿も見える。
しかし、特にこの壁の当たりは暗い。建物からこぼれる光一つ無い。
「だが、見張っている気配を感じるな」
俺は慎重に城下町へと降り立った。
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