第十九話 カイン=セファクリシン

 暑い、いや、熱い。

 身体が沸騰しているかのように熱を帯びている。


「仕方がない、あんな……あんな提案をされて興奮しない漢はいないっ!」


 いい加減我慢の限界だった。

 賊に苦しめられているときには何一つ手を貸さないどころか重税を課して偉そうにしていたあの脳筋バカをぶちのめす機会が、こんなにも早く、しかもノーリスクで訪れるのだからな!


 アレス様。


 歳は私のほうが重ねてきたが、あの方を、あの戦いを見て、私は完全に心を奪われた。 あの方は、王だ。

 力で我々を守り、引き連れてくださる王だ。

 隣村のメルティさんは善人だが、力不足は否めなかった。

 そこそこの付き合いはしていたが、お父上に比べると、能力的に小村の代表が関の山。

 しかし、アレス様が現れ、全てが変わった。

 賊の一掃だけでもとんでもない所業だが、決定的なのは見てしまったからだ、武の極みの戦いをっ!


 知らせを聞いたときは絶望した。

 あの気まぐれな死神の気まぐれがこちらを向いていると知ったときは……

 あまりにも時間がなさすぎる。

 結論は決まっている。

 最速で、通り道から外れるように逃げること。

 しかし、それさえも、もう不可能だった。

 奴らの道は広い。兵たちが広がり女王の道を血で彩るのだ。

 いたずらに周知し絶望の中死ぬか、突然現れた絶望に殺されるのか、どちらが幸せだろうか。

 俺は治世者でありながら、そんな不謹慎な二択を選ぼうとしていた。


 そんなときにアレス様一行が現れた。

 屈強な兵たちと、その中でひときわ目立つアレス様。

 どのような方法で知ったのか、我々よりも早くグレイタースパイダーの存在を知り助けに来てくれた。

 いや、正直最初は気が狂っているのかと思った。

 グレイタースパイダーの進軍を阻むなんて提案。

 正直勝手にやってくれという気持ちと、どうせ死ぬならカッコつけて死のう。

 それぐらいが入り混じった形で、虚勢を張って兵を率いた。


 そして、そこで神を見た。


 我々がやったことなど、少しだけ流れてくるスモールスパイダーを大人数で叩いていただけだ。


 アレス様は短期で群れに飛び込み、一刀でスパイダーを切り裂くと、突然身体にその血を浴びたのだっ! 信じられるか? あの蜘蛛共は味方の血の香りを嗅ぐと凶暴化し、そのニオイの元に狂ったように襲いかかる。

 アレス様はご自身にすべての蜘蛛の恨みと憎しみと怒りを一手に受け取ったのだ。

 出来るか、そんなことっ! 否、絶対に、否!!

 ただの自殺願望射、いや、破滅主義者だっ!!


 しかし、それからの光景を私は生涯忘れることは無いだろう。


  人間が、あそこまでの存在になれるのだと、一体どのような鍛錬、経験、生き方を過ごしてくればあんな戦いが行えるのか……

 群がる蜘蛛が断たれ、崩され、潰され、撃ち抜かれ、千切られ空を舞う。

 巨大な蜘蛛の身体が真っ二つになった時、魂の奥底から歓喜の震えが湧き上がった。

 そんな俺達にあの方は。


「すまない、俺一人では魔石が取り切れずに腐らせてしまうから助けて欲しい」


 もうさ、笑ってしまったよ。

 こんな、偉業、を行った方が、俺なんぞに頭を下げて頼んできた。

 この方と共に歩みたい。この方のために生きてみたい。

 俺はもう、それしか考えられなくなっていた。

 酒の席の冗談と取られてしまったが、心からそう思っていた。

 そして、今日の話だ。

 あの方はメルティ殿を主として絶対に譲らない。

 そこはもう理解した。

 だから俺も、これからはメルティ殿を全力で支えてみせる。

 アレス様が仕えるメルティ様を全力で!

 そして、アレス様の隣で俺の力を振るってやる!

 街一つ手に入れて俺の野望は満たされているつもりだったが、思ったよりも欲深い人間だったんだな俺は……

 ワクワクする。年甲斐もなく興奮する。


 俺は訓練場の扉を開く。

 すでにわが町の兵たちは整列し並んでいる。

 皆、何事かと不安の交じる表情だが、俺は知っている。

 俺が今から話す物語は、お前たちを奮起させ、そして、皆が選ぶ選択肢は俺と同じだということをっ!


「皆、よく集まってくれた。

 セファクリシンを守る、俺の自慢の男たち。

 今日は大事な話がある。

 まず1つ、今、街にアレス様が来ている」


 おおーっ! 兵士たちから歓声が上がる。

 嫉妬もしない、俺もその知らせを聞いて少女のように喜んだ。


「そして、この街、いや、私……俺は決めた。

 ギャベルをぶん殴るぞ!

 もう我慢は無しだ!」


 おおっ!! と歓声をあげるもの、どういうことだと困惑するもの、多少の反応の差はある。

 しかし、次の台詞で一変する。


「アレス様の元に集い、この国を獲るぞ!!」


 一瞬、静寂が訪れ、ぶるりと兵士たちの体が震え、溢れ出す雄叫びを抑えられなくなる。 その波は広がり、俺も気がつけば雄叫びを上げて杖を振り上げていた。

 兵たちは、ついに! アレス様と共に! カイン様バンザイ!! と喜びを表現している。


 その光景が誇らしかった。

 俺の力をあの方のために使える。それが何よりも嬉しかった。

 俺に出来きることは何でもやる。

 まずは、俺の力をあの方に役立ててもらう。

 これからの人生、あの方に捧げるのだ。


「皆にはこれから馬を走らせてもらう。

 忙しくなるぞ!!

 俺の名で各町村にセファクリシンの独立とホープ村のアレス様が起った事を知らせる文を出す!

 準備が整い次第、最速でギャベルの野郎に拳を叩きつける!

 皆、早いもの勝ちだぞ!

 俺達は幸運だ、いち早くアレス様に名を覚えてもらえるチャンスを頂けたからな!

 さあ、皆っ!

 戦争だ! アレス様と共に、俺達が国を起こすぞ!!」


 この日最高の雄叫びが、俺の、いや、アレス様の最初の街の空に木霊した……


 それからは怒涛のような日々だった。


「はっ、やはりバカだと思ってた奴らはバカだな」


 各街の反応は様々だった。

 ピース村に近い街はすぐに賛同し、俺に手柄を独占されないようにすぐに動いた。

 しかし、王都の側や距離のある街は、敵対はしない、や、逆にバカなことをと諌める者も居た。

 遠くても俺があって優秀だと感じた者たちは皆賛同し迅速に行動を始め、愚物だと感じたものは静観か敵対すると、はっきりと分かれた。

 バカどもめ、ジャイアントスパイダーを単騎で倒す人間にどう対応するつもりだ。

 せめて邪魔だけはさせないように、手は回しておこう。


「戦争の後に、国内に無能が居るのはアレス様の建国の邪魔になるしな」


 これで、機は整った。


「出るぞ! 目指すはレイクバック!!」

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