第十話 献身

 ふむ、どうやら俺はメルティのお願いは断れないようだ。

 冷静な判断を欠く。

 だが、それでいいとも思っている。

 初めて見たその時から、彼女は特別な存在だと直感した。

 身体が、魂が、そう叫んだ。

 理屈ではないんだな、こういうことは……

 彼女の力になれるとそう思うだけで、胸が熱くなり、喜びがあふれる。

 今も感謝の言葉を繰り返し泣きつかれて眠っている彼女の姿を見ているだけで心が満たされている。

 自分の生きる意味を感じる。


 俺は、決意をして。そっと彼女の部屋から出た。


「……どうすればいいんだ」


 そして、そのまま彼女の部屋を護るように、廊下で座して眠った。


「ごめんなさいっ!!」


 朝、目覚めたメルティは俺の姿から色々と理解して、全力で謝罪してくれた。


「いや、俺も少し迂闊だったから、気にしないでくれ。

 雨風を防げただけでも快適だった」


 半分くらいは本当だ。あんな体勢で寝たにも関わらず、しっかりと眠れたし、身体に異常もない。


「客室に案内もせずに勝手なお願いして、受けてもらえて感極まって寝てしまうなんて……お食事も出さずに……」


「いや、色々あって疲れていたからな。仕方がない」


「朝食は準備」ぐーーー


 なんと可愛らしい音だろうか。メルティは耳まで真っ赤になってうつむいてしまった。

 ああ、愛おしい。


「腹が減った。よかったら何か食べるものをいただけないだろうか、なにか仕事があればいくらでもしよう」


「いえいえ、そんな! す、すぐに用意しますね!」


 パタパタと奥に向かっていってしまった。


 さて、ここで立って待つしか無いか。と、思っていたらメルティが戻ってきた。


「す、すみません……私ったらまた……こちらの部屋で待っていてください……」


 しょんぼりしながら一室に案内された。大きめのテーブルがある部屋で普段食事はここで食べているのだろう。俺はとりあえず適当な椅子に腰を掛ける。

 部屋の中を見回すと、まぁ、スッキリしている。

 はっきり言ってしまえば、殺風景だ。

 シンプルに必要なものしか無い部屋。余裕が無い。それでいいと言えばいいが、少し遊びが欲しい。

 ……と、俺の知識が言っている。

 この感覚は慣れないな。まるで自分が自分ではないようだ。

 今、一番自分を感じるのは、メルティの事を考えているときだけだ……それ以外の全てが借り物の用に感じてしまう。

 だから、そう、


「だから彼女にのめり込んでいるんだな……」


 自分の気持が、自分勝手な欲望のような気がして、胸が苦しくなる。


「おまたせしました!」


 そんな事を考えていると、メルティが元気に扉を開けて現れた。

 それだけで、この殺風景な部屋が色づいたような気がする。

 カラカラと音を立てるカートの上にいくつかの皿が湯気を放っている。


 「ジフ殿は?」


「まだ眠っていたので、後で目が覚めたら温め直します!」


 慣れた手つきで皿をテーブルに並べていく、手伝おうかと申し出たが断られてしまった。

 穀物の粉を水で練って焼いたパン、野菜を細かく刻んで干し肉と煮込んだスープ。

 多分これが、ここでのご馳走なんだろう。

 気が付かないようにしているが、メルティのお腹が可愛い音をたてている。


「いただきます」


 出来る限り早くメルティのお腹に食事を入れてあげないと。

 料理が出揃い、俺は手を合わせる。


 いただきます? 手を合わせる? なぜそうしたのかはわからない。

 そうするべきだと、思ったからだ。


「珍しい食前の祈りですね」


「ああ、全ての食材への感謝を込めて頂くと、手を合わせる。俺の流儀だ」


「……いい、気持ちの良い祈りですね」


 それからパンを手に取りちぎり口にいれる。


「ん……」


 固い。が、じっくりと噛みしめると段々と優しい甘みが出てくる。

 穀物の香りが強く、これは、なかなか癖になる味だ。

 そしてスープを飲んで理解する。

 なるほどこのスープと合わせると柔らかく風味豊かになる。

 スープ側も素朴な素材の味が中心で、それだけだと物足りなくなるかもしれないが、この硬めのパンと合わせるとちょうどいい。


「うん、美味い」


「良かったー……見ての通り、この村の一番の料理はこんなものなんです」


「いや、この2つは合わせるととてもうまい。よく考えられている」


「そう言ってもらえると嬉しいです」


 それから素朴な味わいを丁寧に堪能した。


「さて、俺はメルティを助ける。それは決めた。

 具体的には何をすればいい?」


「……最終的には、奴らを、ベメル一家を倒す。ということになります」


「ふむ、相手の規模は?」


「100名近い兵がいます。後ろ盾になっているヴァヴァヴァインは国境を超えている此方側で目立った兵を動かせませんから、増えても50名ほどかと」


「べメル一家とやらは、強いのか?」


「アレス様ほどの武勇を持つものはいません。族長のべメルが一番の戦斧の使い手ですが、アレス様の足元にも及ばないと思います」


「過大評価じゃないのかな?」


「いえ、あの賊共を倒したアレス様の剣さばきは、ヒューリマン国の聖騎士のものよりも、格が違いました。辺境のベメルごときとは、比べるのも失礼な腕前に見えました」


「メルティは、武術に詳しいのか?」


「騎士たちの鍛錬は好きで幼い頃からよく見ていました。一度父様と母様と一緒にヒューマリンの街で見た武闘大会、そこで優勝した聖騎士の方の戦いは今でも目に焼き付いていましたが、それが塗り替えられるほどにアレス様の一振りは衝撃的でした……」


「そ、そこまで褒められるとむず痒いな」


 だらしない笑みが漏れてしまいそうになるから、顔が強張る。


「武術に詳しい女は嫌いですか?」


「いや、いろいろなことに興味を持って知ろうとすることはいいことだと思う」


 こんな可愛い女性が武術好きとかそのギャップが最高に可愛く思う。と素直に言えない俺だった。 


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