第九話 ピース村
「見えてきました、あそこが私達の村、ピース村です」
道中丁寧すぎる言葉遣いを直してもらった。なお、俺が固いのは変えられん。緊張する。
街道は途中で川に沿って伸びていた。
途中の分かれ道から少し登り山の入口に小さな村落があり、そここそがメルティの過ごす村。
村に続く道は一本で見通しが良く、背後は山でしかも水が流れ込んでいる。
上水と下水問題がこれで簡単に解決できる上に背後の憂いもない。
地政学的にいい場所に村を作っている。
周囲を木製ではあるもののしっかりとした柵と門もある。
さらに少し歩けば森があり、平らな土地へもアクセスがいい、食糧問題への配慮もされている。
俺の持っている知識が謎の解説を挟んでくる。
「結構大きいんだな」
「豊かで住みやすい村として移住してくる人も多い人気の村なの」
「何を隠そうお嬢様の父上が一から村作りをしたのです。最初は本当に大変で」
「爺や、その話は長いからまた後でね」
村に近づくと門が開いて槍を担いだ男が近づいてきた。
「村長おかえりなさい! って、どうしたんですか?」
知らない男がいること、一緒にいたはずのジフさんが変な車で運ばれている事を怪訝に思うのは仕方がない。
「後で詳しく話すけど、私達は彼、アレスさんに助けてもらったのよ」
「なんと!? お二人は無事なのですか!?」
「爺やが怪我を負ってしまって、そして私達を助けてくれたのがアレスさん」
「な、なるほど。ありがとうございますアレスさん、大切な村長の忘れ形見を守っていただいて……」
「気にしないでくれ、しかし、村長だったとは……」
「すみません、隠すつもりはなかったんですが、父が亡くなってからまだ日が浅くて、それに色々あったので、すっかり忘れていました」
「とりあえずジフさんにもっと丁寧な手当もしたいし、いきましょう」
「そうですね」
村に入る。
住居は木と土壁を組み合わせているのが殆どで、村の内部をある程度動きやすい動線を確保して建設場所が取られている。さらに各家に小型の農地が併設しており、各家庭が小規模な農業を行い、相互で交換などをすることで多彩な野菜などを得ることを可能にしている。鶏や豚、ヤギなどの姿も見え、各家庭が少しづつ労働力を提供して村全体としての共同体を強固なものにしている。前任のメルティの父とは優れた共同体経営の視点と指導力を持っていると考察できる。と、俺の知識が言っている。
村の人間が俺のことを好奇の目で見ているが、それ以上に俺の引く車とそこに乗るジフの姿を見て心配そうにしている。
暫く進むと一回り大きい家と、倉庫が併設された建物が見えてきた。
「あそこが村の集会場とうちの家です」
なるほど、村長の家に村の倉庫を併設し、物資の管理をする。
そして村の衆会場として他の家と異なる大きな建物にすることで自然と村長への見る目を育てていく。実に合理的だ。
改めて村に用意してあった道具でジフの手当を行う。
打撲などに効く薬草や炎症を抑える薬草なども揃っていて、ずいぶんと丁寧に治療ができたと思う。
「凄い、たまに街から来てくれるお医者様みたいでした。薬草の詳しい使い方とか、知りませんでした」
「自分のこと以外の知識は、どうやらたくさん持っているんだが……」
今はメルティとジフしかいないから記憶のことも話せる。
俺の設定は旅をしている冒険者、ただし未開の村の出身なので身元を証明するようなものはなく、剣に自信があったのでその腕一つで身を立てようと旅をしていて、旅のための知識も豊富で手先も器用という事になった。
落ち着いたジフは軽く食事を摂るとすぐに眠りについた。
緊張していたのだろう。今は休んでほしい。
「改めて、アレスさん、本当にありがとうございました。
ジフは私にとって唯一の肉親代わり。それに、あのままだったら私も……」
自分の体を抱きしめて震えている。家について、改めて恐怖を思い出してしまったようだ。
気の利いたことも言えないが、少しでも元気づけてあげたい。
「俺も、特に行く宛も目的もない、いや、強いて言えば楽しく人生を送りたいだけだ。
それに、メルティのような、その、美しい女性を助けられるのは、なんだか、物語の主人公のようで、誇らしい」
「そんな、美しいだなんて……」
外したか?
「う、嬉しいです」
よし。悪くない。
「その、アレス様! 聞いていただきたいことがあります」
「うむ、伺おう」
「今、この村には危機が迫っているんです。どうかお力添えを願えませんか?」
両手で手を握られ、そんなに押し付けてはいけない。
柔らかな感触が俺の身体の温度を急上昇させる。
そもそも、内容もわからずに、安請け合いなんて出来るはずもない。
もっと詳しく話を聞かなければいけない。
「ああ、任せておけ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
ああ、この笑顔が見れたなら、俺はどんな助力もしよう……
「ところで、危機とは?」
「大国ヒューリマンと武装王国ヴァヴァヴァインの争いに巻き込まれそうになっているのです……」
「ふむ、穏やかではないな。しかし、国同士の戦争に俺個人の力なんて意味がないんじゃないか?」
「正確には、その属国のと言っても国というよりもいくつかの街の集合みたいなものなんですが……しかも、そいつ等は力でその国を奪った野蛮人で、もともとは盗賊集団だったんです。それでも元々ヒューマリンに属していたはずが、ヴァヴァヴァインに裏切り、この村から兵士の提供と物資の提供を要請してきて、その量がとても村人が生きていけなくなるような量で、もしそれが提供できないなら、私の身柄をその賊の息子に渡さなければいけなくて……そもそも形式上ここはヒューマリンの辺境、近くの街に援助要請をしにいったのです。その帰り道に襲われてしまい、会談の書類も失ってしまいましたし……もう、街に提供できる物資も残っていない……憎い母の仇の息子に辱めにあうぐらいなら、その賊長を倒して、国を取り戻したいのです!!」
メルティは俺の胸に飛び込んできた。息を殺して涙を流すメルティの肩にそっと手を添える。
メルティの涙が俺の胸を濡らす。なんか、いろんなことがどうでも良くなった。
運命的な出会いをしたメルティの役に立てるなら、死んでもいい。
なぜか、素直にそう思えた。はじめにも思ったが、彼女とは前世か何かで繋がりがあったのかもしれない。楽しい人生を送ることと同じくらい、彼女のために行動することは大事だと、魂が叫んでいる。
「……話が壮大過ぎる。つまりメルティは、亡国の姫で、今まさに敵の息子に手籠めにされそうになっているということか……よし、命に変えてもメルティのことを守ろう。俺はそのために生まれてきた」
「そうですよね、そんな話を急に言われても、困り……え?」
「任せてくれメルティ、俺が君に玉座を与えよう」
気がつけば、安請け合いをしていた。
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