第六話 感動

 今にも草木で覆われて見えなくなってしまいそうな頼りない道を俺は急いでいた。

 少し周囲を探ってみたが、もう少し進むと木々が増えて、たぶん果実がありそうだ。

 そして……


「居た」


 その姿を認め、道から少しだけ草むらに向かって跳んだ。

 上からその姿を確認し、魔法を放つ。


 シュッ


 風の刃がその生物の首を刈った。

 首が落ちてから、ビクンと身体が震え、大量の血液が切断面から吹き出した。


「ギュウ……」


 と小さな声が漏れ、絶命した。凄まじい切れ味である。

 頭の知識が教えてくれた。

 ツチブタ。

 野生に居る動物の中でも危険性が低く、貴重な栄養源として人気が高い。

 普段は草や木の実、きのこなどを食べ正確は温厚で家畜としても人気がある。

 村作りには雌雄揃えて用意するのが基本で、更に多産。

 食べ残しの残飯で飼育できてごみ処理までやってくれる益獣だ。

 どのように解体すればいいのかも知っている。

 腹から開いて内蔵を外していく、寄生虫の問題で内蔵は食事には使わないので穴を作って燃やす。

 いくつかの塊で枝肉を作成していく。

 自然で生きているツチブタは引き締まっているが、それでもいい具合に脂肪も蓄えており、ピンク色の美しい肉が取れた。味わいを深くするなら熟成という工程を取るのだが、今はいい。


「持ち運ばなければいけないな……」


 傍にあった木を風の刃で切り倒し、さらに加工していく。

 木材を作るのも、加工するのにも魔法は便利すぎる。

 切り出した部品を組んでいけば、簡単な荷車が完成する。

 引くのは俺だ。

 舗装されていない道だが、板バネ方式で作ったので、荷物の揺れは多少は軽減される。

 荷車の設計図も、板バネも、俺の頭に


「ありがたいな」


 生きていくうえで知識があるということは大事だ。

 知識がなければ、今集めている草が肉の臭い消しと風味付けに使えることも、集めている果実が甘みが強い物や酸味の強いものなのかもわからない。

 このきのこは食べられて、そのとなりにあるよく似たきのこは食べると一週間下痢と嘔吐で苦しみ抜いて死ぬこともわからない。

 そして、この岩が天然の塩代わりに使えることだってわからない。


「よし、やるか」


 見つけておいた水場に到着し、周囲の木々を軽く処理して開けた場を作る。

 穴を掘り、石を組み簡単なかまどを作る。

 石を薄く切り出した板を上に敷けばそれなりのものがあっという間に出来上がった。

 適当に木々をくべて魔法で火を付ける。

 本当なら木々をこすり合わせたり、乾燥した草などを利用して火を起こすのはそれなりに苦労をするが、魔法なら一瞬だ。

 拾った鍋で湯を沸かし、その隣で先程手に入れた肉を焼く。

 香草によって獣臭さを抑え、香ばしい香りを移すために木々の葉で作ったかぶせ蓋をする。 じっくりと中まで火を通したら、岩塩を適量削り出してかける。

 きのこもにじみ出た油で炒めれば、食べられる根菜を煮込んだスープも出来上がり、それなりに贅沢な食事が完成する。

 先程から匂いに反応した腹が叫び声をあげている。


「これは確かに、たまらんな。いただくとしよう」


 小屋で手に入れた木製の食器を使おうと思ったら興奮から粉砕してしまったので、即席で石の食器を作る羽目になった。

 肉に刃を入れるとじゅわっと肉汁が溢れ出す。

 ごくり。

 自然に喉が鳴る。

 そーっと口へと肉を運ぶ。


「んぐっ……ほ、ほふ、ほ……こ、これは!?」


 もぐっ! もぐっ!

 噛みしめると肉汁が口の中に弾け飛ぶ、野性味溢れる命のスープが香草によって高級な香りのドレスを纏い、絶妙な塩加減で化粧がされている。

 旨い!

 単純な言葉に、万感の思いを込めた!

 つけあわせのきのこ。まず歯ごたえが楽しい! 口の中で踊りだしたかのようだ!

 滲み出した油とよく絡み、きのこ自体のもつ香りとダンスを踊っている!


「旨い!! うますぎる!!」


 残しておくつもりだった肉を次々と切り出して岩の上に広げていく。

 そして根菜スープ。


「ああ、染み渡る……」


 大地の力が優しく注がれていく、乾いた喉に染み込んでいくようだ……

 土の、森の、木々の、草花の素朴な魅力が身体にゆっくりと入り込んでくるようだ。

 暴れ出すような旨味の肉と、優しさに溢れるスープの組み合わせは大正解だった。

 再び肉を食らうと、また新たな感動を与えてくれる。

 一度休むからこそ、鋭い強烈な味わいが再び蘇る。

 気がつけば腹がはち切れるまで、欲望に従って食付していた。


「こ、これは……幸せだな……」


 そのまま地面に大の字で寝そべる。

 何もしなくていい。

 俺は、好きなように食べ、好きなように寝る。

 自由がある。

 木々の間から見上げた空はどこまでも青く美しい。

 背を預ける大地はどこまでも俺を支えてくれている。

 俺は、この世界で、今、生きている……


「……まてまて、これ、情緒もなにもないことに気がついたぞ」


 俺は持っている知識を使って魔法を行使した。


 収納魔法   物質を魔力で作った収納空間にしまうことが出来る。

 時間停止の魔法と組み合わせれば永久保存が可能。

 生物は入れられない。

 空間転移魔法 認識した場所、知っている場所であれば移動ができる魔法。

 他人に使用するのには膨大な魔力が必要になるし、負担が大きいのでお勧めしない。


 そもそも水魔法で水も作れる。

 それ以外にも、大抵のことは、魔法で解決可能。


 俺の魔法知識を深堀りすると、先程の自然への感謝が虚しくなるような力を持っている事に気がついてしまった。俺の感動を返して欲しい。


「なんか、人生を楽しめという強い使命感があるから、適当にこういう力は封印しておこう」


 俺は、自分自身に封印魔法を発動したのだった。

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