第五話 馴染む力

 海岸線から少し歩くと草原になっていた。

 未だに身を包むようなものも無く、俺は全裸で歩いている。

 少し急ぐかと走ろうかと思ったが、べちべちと当たって落ち着かないので止めた。

 多少の魔力による強化をした早歩き、普通の人間なら全力疾走くらいの速度は出ている。

 しばらく歩くと打ち捨てられた小屋を見つけた。

 何かあるかと入ってみた。


 ホコリを被った室内。布切れやボロボロの食器、いくつかの生活の痕跡がある。

 網などもあり、海の恵みを得る仕事をしていたのかもしれない、破壊された扉や窓を見るに、何かに襲われるかしたか、何らかの理由でこの小屋を後にしたのだろう。


「おお、ありがたい、借りさせてもらう」


 布を乱雑に縫い合わせただけの服だが、今の俺には大変にありがたい。

 魔法で軽く洗浄し身につける。

 少し小さいが、そのあたりにあった布を利用して、ローブのように見えなくもない仕上がりになった。

 これからの移動生活に役立ちそうな物を布で包んで持ち歩けるようにして、その小屋を後にする。


「これは、ありがたいな」


 小さな小鍋、それとナイフがあったのは幸運だった。

 特に目的地もないが、小屋からは荒れてはいるが道のようなものが続いていたので、そちらに歩いていく。

 道中では体の具合を確かめたり、魔法の知識と実践を結びつける訓練に使う。


 小さな火球をふわふわと作り出したり、水球とぶつけ合ったり、鬱蒼と茂る草を風の刃で刈ったり、巨大な岩を砂に変えたり。


「やっぱり、魔法は何でもんだな」


 遠く、でも、膨大な経験の記憶。それははっきりと脳内に在る。

 狂ったように戦い続けた、いや、戦わされ続けた時間の経験は、全て俺の中に在った。

 神の配慮か、痛みや苦しみ、辛い記憶はまるでモヤの向こう側のような感覚で思い出す。


「神、神……」


 なにか、とても大事なことが在った気がするんだが、それは全く思い出せない。

 何かが、確かに何かがあったし、それはとても大事なことだと解っているのに、絶対に思い出せないもどかしさ。


「おっと……気が付かれたか」


 気配探知で把握していたが、魔物の集団がこちらに気がついたようだ。

 10匹程度の小集団、火球の一つでも飛ばせば一瞬で終わるが、身体の具合を確かめておきたいので、わざと距離を詰めていた。

 わかりやすく道を歩いていたのに、なかなか気が付かれないので、もう襲いかかろうかと思っていた。

 武器はそのあたりに落ちていた、いい感じの木の枝だ。

 魔力で強化をすれば、まぁそれなりには使えるだろう。


「グルルルル……」


 飢えた狼と子鬼、ゴブリン。狼を使役しているゴブリンはかなり厄介な魔物。のようだ。

 知識としては知っているようだ。

 魔力は完璧に隠匿しているが、俺の風貌はそれなりに立派に見えてしまうからか、距離を取り慎重にこちらの様子を伺っている。

 魔物でありながらもこの狡猾さがゴブリンたちの危険度を上げている。


「ガアアァっ!」


 ゴブリンの指示で狼が左右の藪に潜り込む、同時に弓矢が飛んでくる。

 なるほど弓と同時に左右からの攻撃、そして正面のゴブリンは一気に距離を詰めてくる。

 俺の行動によっては反転距離を取り逃げることも選択肢にある。

 小賢しい。

 いくつか考えたが、俺は、まっすぐと正面に飛び込み、こちらに走り出した3匹のゴブリンを木の枝で叩き伏せた。つもりだったが、見事に斬ってしまった……


 すぐに背後に飛び、左右から飛びかかってきた狼を同様に木の枝で、斬った。


「……魔法があれば、刃物もいらないな……」


 改めて、普通の木の枝であることを確かめたが、いい感じの木の枝だ。至って普通の。


「これは、持て余すな」


 知識の通りに魔物であるゴブリンの下腹部から魔石を取り出し、狼の皮を剥いで、犬歯と爪を解体し、残った死体は魔法で火葬し土に埋めた。


「カバンが欲しいな……」


 狼の毛皮は長い棒に引っ掛けてぶら下げて歩く。

 近くの植物を適当に抜いて紐代わりに結いておく。

 これらの行動も、頭に入っている知識が教えてくれる。


「ありがたいな、俺に常識なんてものは、無いからな」


 まともな教育も受けることも出来ずに、戦い以外の太古の記憶は牢屋の中。

 おおよそ人間らしい扱いを受けたこともない。


「ん? でも、人に強烈な感動を受けたことが有ったような……」


 いや、絶対に有った。それは確かなことがわかる。

 ただ、それも全く思い出せない。

 気持ちが悪い。


「考えるだけ、無駄だな」


 明らかに蓋がしてあるかのように記憶を失っている。自分でもあっさりと考えるのを止めた。


 「そういえば、俺は何者なんだ?」


 今更ながらに自分自身の事がわからないことを、思い出した。

 名前……忌み子だの呪われた者だの到底人間として扱われたような記憶はない。

 オイ、だのクズだの、ゴミだの。我ながら酷い扱いをされたな。

 どうせ死なないから弾として打ち出されたなんて無茶苦茶な記憶も在る。


「俺は、なんなんだろうな……」


 自分がわからないという異常事態にも、あまり心が動く感じがない。

 現実味がない。

 自分自身の力さえも、自分のことではないみたいに客観的に見ている自分がいる。

 空が美しい、太陽が美しい、緑が、木々が美しい、花が美しい、鳥のさえずりが美しい、自然の全てが素晴らしい。そういった心の動きは感じるけど、こと、自分の事になると、どうにもよろしくない……


「あと、魔物とかにも、か」


 殺すのも解体するのも、別段感情を動かされなかった……


 ぐうぅぅ~……


 そんな事を考えていたら、腹がなった。


「しまったな、飯のことを忘れていた。考えたら喉も乾いてきたぞ」


 俺は、少し歩みを早めることにした。

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