第七話 遭遇

「……俺は、何を?」


 気がつくと俺は眠っていたようだ。


「食べ過ぎたな」


 少し日が傾いている。

 石窯の火はくすぶっている。

 そんなに長くは寝ていないはずだ。

 水場から鍋で水を汲んで食事の後片付けをする。

 作った食器は大切な荷車に乗せておく。

 我ながらいいものを作ったものだ。

 これからの旅を楽しむのに役立ってもらおう。

 石窯は流石に置いていく。


「夜に備えないとな、今日はこのままここで過ごすか……」


 周囲の木々や枝などを集めて簡単なテントのようなものを作っていく。

 草葉を利用することで肉油の殺人的な芳醇な香りを隠して夜間に動物に襲われたりするのを避けたいという考えもある。

 荷車にも枝葉をかぶせてカモフラージュしておく。

 焚き火を起こして、虫よけの草を炊き、集めた枯れ葉に布をかけただけの寝床を作る。


「いやいや、これは中々の物だぞ」


 想像よりも柔らかい寝床に大満足だ。

 なんというか、こうやっていろいろな準備をして行くだけでも心がウキウキしてくる。

 生きている事を実感して幸せな気持ちになる。


「すごいな……」


 夕日に照らされた木々と草原はオレンジに染まり、空も蒼と朱に染まっている。

 その光景があまりにも美しすぎる……日が沈むさまをぼーっと眺め続けていたら、いつの間にか暗くなっていた。夜空に煌めく星もまた、美しく、しばし時を忘れて眺めてしまった……


「少し冷えてきたな」


 動けば汗ばむ程度の気温が、夜になり肌寒さを感じた。

 ついでに催したので土穴に排泄し木々を焚べて明かりと消毒を兼ねた。


「油が強すぎたか……」


 不思議なもので、あれほど食べて満たされた腹もすでに空腹を訴えていた。

 が、昼のような油をたっぷり使った料理は危険だと思わせる、排泄物であった。


「こっちを使うか」


 果実やきのこ山菜などから穀物を取り出す。

 ゴリゴリと石でこすって殻を剥いで鍋にいれる。

 果実と野草岩塩で煮込む。

 最後に薄切りした肉を入れて火が通れば穀物粥の出来上がりだ。


「ほふほふほふ」


 いい香りに誘われて口にいれると、熱すぎた。

 それでも素材の素朴さからは想像できない複雑で深みのある味と香りをしっかりと感じることが出来る。穀物が材料の旨味を吸収して優しくも力強いものへと変化している。噛みしめると弾けるような食感も非常に楽しい。香草でもあり、薬草でもある物も使用しているため、お腹の不調もきっと治してくれるだろう。


「はぁーー~~~……」


 昼飯とは異なる満たされ方をして、完全に満足した。

 身体の芯から温まって肌寒さを感じることはない。

 少しお腹を落ち着かせるためにも、そのあたりの木を利用して木剣を作成する。

 軽く振り回してみたが、中々に具合がいい、男の子はこういうものを持つと興奮するものだから仕方がないのだ。食後の軽い運動に満足し、眠りにつくことにする。

 寝床で燻していた虫よけが室内をいい感じで温めていた。

 その日はそのまま寝床で泥のように眠りについたのだった……


「ぷはー」


 早朝の冷えた水で顔を洗うとすっきりと目が覚める。

 早朝の空気は美味い。

 小川の水で果実を洗いかじる。ああ、美味しい。

 自然にこんな物がなっているんだから、感動してしまう。

 それから寝床の処分やら持って行く道具の吟味をする。

 次の場所でどんな物が手に入るかはわからないが、在るもので工夫するのも旅の楽しみの一つだろう。枝葉によるカバーはいい感じなのでそのまま荷台に採用していく。


「ありがとうございました」


 お世話になった湧き水の小川と広場に感謝して、次の場所へと移動する。

 たどっていた道まで戻って、俺の旅はまた続いていく。


 ガラガラと荷車を引いていると、あまり速さは出せない。担いで走ればいいのだが、それではあまりにも風情が無いじゃないか。

 これもいいんだ。そう思っている。

 今日も天気がいい。


 暫く歩くと異変が起きた。

 声、しかも叫び声が聞こえた。


「こっちか!?」


 とりあえず荷車は置いて声の方向に走る。木剣を握る手が熱くなる。

 戦える。それは理解しているわかっている。が、人の声がしたということは、相手は人かもしれない……自分は、人相手にもあんな力を振るうことが出来るのだろうか……?

 一抹の不安がよぎるが、とりあえず先に急いだ。


 荒れた獣道が少し広い、街道と呼んでいい規模の道に出た。

 そして、声の主はそこから少し外れた背の高い草が鬱蒼と茂る草原だった。

 見通しが悪いのを利用して、草に身を潜めながら接近する。


「キャー!」


 はっきりと悲鳴が聞こえる。


「騒ぐんじゃねぇ! ぶっ殺すぞ!」


 乱暴な男の声、複数の人間が一人の女性を襲っている。


「や、やめろ……その方は……」


 少し離れた場所に傷ついた老人が一人、命に別状はないけど、すぐに手当したほうがいい。

 女性を組み敷いて、ズボンを下ろした瞬間、俺は敵と判断する。


「早くしろよ、次は俺だぞ! ぐはっ」


 木刀で後頭部を、最大限に慎重に力の具合を気をつけて叩く。

 良かった……頭部を吹き飛ばしたり叩き潰したりはしないで済んだ。

 こいつが無事であるかどうかは知らん。


「な、何だてめぇ! ぐぼあぁ!」


 しまった、悪漢の悪漢が元気なことに苛ついて少し強めに殴ってしまった。

 うん、顎の骨が折れたかもしれないけど、知らん。


「ダジョブカ?」


 倒れていた女性にスマートに手を差し出すつもりが、まるで言語側に不具合がおきたし、差し出したては小刻みに震えている。治まれ、俺。


「あ、あ、ありがとうございます……」


 それでも、その女性はその手を取ってくれた。不安そうに見上げた目が、俺と、合う。


「なっ!?」


 その瞬間、俺の全身に稲妻が走った。


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