第三話 出会い

 完全に光の柱と一体になった俺は、この世の悦の全てをその身に受けているような気持ちで惚けていた。

 あまりにも心地が良い。

 あまりにも気持ちがいい。

 生まれてこの方、このような体験をしたことがない。

 このために生まれてきたのだと、確信していた。


 気がつけば、俺は、生まれたままの姿で空に浮いていた。

 いや、浮いているのか、死んでいるのか、上を向いているのか、下を向いているのか、もう、わからない。

 ただただ漂っている。


「ありがとう、貴方のお陰で世界は救われました」


 音がする。


「……? 理解が出来ていない……これは……そうよね……少しだけ……本当にごめんなさい」


 なにか音がしたと思ったら、軽い頭痛と目眩。

 いや、こんな事を痛みと表現したら失礼なほどささやかな痛み。

 同時に、思考と言語が組み合わさる。

 思考と行動の組み合わせ方が……思い出された。

 持ち合わせていなかった知識も入ってきたような気がするが、考えを言葉にしたり表現することが出来ることを、思い出した。

 同時に、記憶の中にへばりついていた痛みに対する感覚と恐怖も爆発……しなかった。


「あ、危ない……今の状態では壊れてしまうところでした……」


「あ、あの、貴方は……?」


 音、いや、声がすれども姿は見えず。

 俺は、謎の存在に語りかけた。


「もう大丈夫そうですね。貴方を護るためでもあるけど、勝手ながら過去の経験は軽く封印させてもらいました。では、話しやすい状態にしましょう」


 光が、まばゆい光が俺を通り過ぎていく、段々と上下の感覚を取り戻し、いつの間にか俺は布の福を身にまとい、椅子に座っていた。

 いつの間にか目の前にはいい香りを放つ茶が置かれていた。

 そして、その隣には、菓子、そう、見たこともないが、与えられた知識で理解が出来る。

 菓子がある。


 眼の前に、飲むものと、食べるものがある。


 俺は即座に茶を飲み干し、菓子を貪った。


「あああああああああああ、ああああああああ!!!

 ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 身体が、魂が、叫んだ。


 なんという神味!!

 喉が潤わされる快楽!!

 熱ささえも快楽!!

 食材の味!!!

 ああああああああああ、あああああああああああああ!!


「ああああああああ、うまいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!!」


 俺は再び叫んだ。

 胃に熱湯を流し込んだようなものだが、そんなことは屁でもない。

 食べ物を食べた。

 飲み物を飲んだ。

 それだけで、絶頂に達しそうだった。


「ぷはーーーーーーーーーーー!! はっ!? こ、これは!!」


 呼吸が出来る!! 呼吸が苦しくない!! 空気がうまい!!!!!!!!


「はああああああああああああ、すうううううううううううううう、はああああああああああああ」


 俺は確かめるように呼吸をする。


「ぬはああああああ」


 紅茶の香りと菓子の残りがを感じ、鼻腔が、喜び打ちひしがれている。


「ああああああああああああああ!!

 なんとう、幸せ!!

 俺は、俺は、俺は、幸せだ!!!!」


 興奮が止まらない。心臓の拍動が心地よい、いつの間にか汗ばんでいる。

 俺は生きている。

 生かされているんじゃない、生きている。

 なんという、なんという幸せ!!


「……お、落ち着いた……?」


 直立し、感動で固まっていた俺に、声がかけられる。

 気が付かなかった。

 なんと美しい声なのだろうか、その声を聞いているだけで耳が歓喜の涙を流しそうだ。


 目を開けて見る。


 眼の前、茶が置かれ、菓子が置かれていた机はすっかりきれいになって、そして、正面には……


 人が……人?


 女性……




「う、美しい……」


 幾度も電撃で身を焦がした。

 そう、本当に何度も何度も何度も……

 しかし、今、俺の全身を貫いた電撃は、今まで浴びたどんな激しい雷撃よりも、遥かに激しく、そして、今まで経験したことがないほどに、気持ちが良かった……

 身体の奥底が脈打つ、熱が、熱波が全身にほとばしる。


「う、うああ、うああああああああ、うつ、うつ、美しすぎるあああああああ……!!!

 ああ、ああああ!? あああああああああああ!!」


 俺は、果てた。


 この世の全ての快楽に包みこまれ、俺は、果てた。

 果てしなく、果てた。

 とどまることのない果ての果てまで、果てた。


「え、ちょっ、えええーーーー、いや、えええええええ!?」


 なにか音が聞こえるが、果ての快楽が脳の機能を著しく低下させていた。

 俺は、その場に崩れて落ちながらも、繰り返し果て続けた。

 たぶん、俺は、死ぬ。


「待って待って!! え、いや、なにこれ、ちょ、もう!!

 おち、落ち着いて、ね? ああ、もう仕方ない!!」


 ふわり。身体が浮いた。

 これが死か。

 ああ、なんと、心地よい。

 全身が洗われるようだ……

 ようやく、開放される。

 俺は、救われる。


 温かい泡のような物が体表を包み込み、さらなる快楽が俺を包み込む。

 死んだことはないが、死ぬ直前まではあんなにも苦しいのに、死ぬとこんなに気持ちがいいのか。


「死なないわよ。仕方がないから少し感情にフィルターをかけるからね」


 感情にフィルター?

 どういうことだ?

 俺は死んでいないのか?

 あの美しい声がまた聞こえる。


「今度は大丈夫なはずだから、落ち着いて目を開いてね」


 声に従い、目を開く。

 いつの間にか、新しい衣服に身を包み、確かに少し、落ち着いている気がする。

 テーブル、そして、目を開けると……


「う、う、う、美しい……」


 全身に電撃が走った。

 眼の前に居る女性は、この世の美を全て集め体現したかのような美しい姿。

 人目で肉体を、魂を捧げるべき対象であると叫んでいる。

 熱波が身体に広がる、脈動する情熱が、今、爆発


「させねぇよ!?」


「はっ!?」


 突然、冷静になった。

 眼の前には、とても綺麗な女性が居る。

 ドキドキする。


「はぁはぁ……わ、私が、私が悪いんだけどさぁ!!

 ちょ、ちょっとは我慢しないさいよ!」


「す、すみません」


 反射的に謝ってしまったが、何に謝っているのかは、さっぱりわからないのであった。


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