第二話 世界の理

 多くの命を刈り取った。

 自分の中を数多の命が通り過ぎていった。

 呪いの影響で肉体的に22歳の身体で固定され。

 破壊と再生を繰り返しながら、殺戮に明け暮れた日々。

 迷宮の深淵に広がる別世界を、魔物の発生源に向かってゆっくりゆっくりと導かれるように進んでいく。

 筆舌に尽くしがたいほどの苦痛にもがき苦しみながら、寝ること一つ許されず、満たされない飢えを友として永遠とも思える戦いを続けている。

 いや、俺は、いつ止めてもいい。

 しかし、呪いは、奇跡的に全てが噛み合った呪・い・達・が、俺を停めてくれなかった。

 たくさん殺した。

 見たこともないような巨大な存在もいくらでも、履いて捨てるほど殺した。

 なにか言葉を話して、群れるような存在もいた。

 明らかに格の違う存在もいた。

 でも、全て殺した。破壊した。滅した。


 ああ、痛いなぁ……


 苦しいなぁ……


 辛いなぁ……


 どれほど殺しても、慣れることはない、心が壊れることもない。

 繰り返し繰り返し繰り返し。

 俺は苦しむ。


 どうして、どうして、こんな目に合わなければいけないのだろう?


 俺が呪われていたからか。


 生まれながらに、強力な呪いがかかっていた。


 ただそれだけで、俺はここまで苦しまなければいけない。


 俺を呪ったやつは誰だ?


 なぜ呪われなければいけない。


 この世界に生まれたというだけで、呪われる。


 俺が何をした?


 俺を呪った、この世界を、俺は呪う。




 しかし、この相手は、強いな。

 もう4・500回は死んでいる。

 致命傷は何度も喰らっている。

 この相手なら俺を殺してくれるのか?

 いや、そんな考えはもう、持たない。

 いままで何度裏切られた……

 どうせこいつも、少し長い戦いになっているけど、いずれは俺を殺してくれないで動かなくなる。

 その大剣が俺の胴を薙ぎ払っても、内蔵を焼き尽くすほどの燃えるような痛みとともに、俺の身体はもとに戻ってしまう。

 まるで生命のように巨大な炎の魔法が俺を焼き尽くそうとするが、焼ける端から回復する。


 熱い、気持ち悪い、痛い、熱い、熱い、気持ち悪い、痛い。


 肌は焦げ、血は沸騰し、目が破裂しても、瞬時に元通りだ。


 凍てつく風が身を凍らしても、氷付いた腕を無理やり動かして、腕ごと砕く。次の瞬間には元通りだ。


 岩盤がこの身を瞬時にぺしゃんこにしても、肉片はもがき岩盤を割り、身体が再生する。


 あらゆる方法で俺を滅そうとしてくるが、俺は死ねない。

 世界が与えた呪いの最上級の呪具達が、俺を決して死なせない。


 たぶん、年単位の戦いだったのだと思う。

 結局、相手の心が先に壊れて、殺した。


 ついに、俺の周りに全ての敵がいなくなった。


 身体を操っていた呪具が止まり、眼の前の柱に倒れ込む。


 自分の意志では、もう、身体を動かすことも出来ない。

 どうやって身体を動かしていたか、それも思い出せない。

 呪具によって動かされた人形は、その全てを停めた。


 ああ、幸せだ。


 もう、動かなくていいんだ。


 何も、俺に流れ込んでこない。


 俺を動かそうとする物は、なにもない。


 もたれかかった光の柱の中に、少しづつ身体が入り込んでいく。


 ……気持ちがいい……


 温かい。


 これが、これこそが、幸せだ……


 俺は、その耐え難い快楽に完全にその身を委ねていた。


 苦痛ではない。


 その幸せは、俺にとって何よりも得たいと思っていた当たり前の時間だったのだ……


 光の柱に完全に取り込まれた俺の身体に、呪具が溶けて混ざり込んできた。


 悪くない。


 さんざん俺のことを苦しめてきた呪具と一つになる。

 それは、存外心地よかった。


 次に、柱の力が入り込んでいく。


「……あ、……ああ……」


 止まっていた。太古の記憶から 声 が絞り出されるほどの、快楽。


 本当の心地よさ、気持ちよさは、麻薬のように脳を満たした。


 そして俺は、世界が俺を作り、呪った理由を知った。









 世界が大災害の恐怖から開放されたのは、俺が撃ち込まれた30年後だった。

 迷宮 悪魔の深淵から溢れ出す魔物が止まり、世界は迷宮の封印に成功したのだ。

 各地の魔物は全ての呪具と呪人間の投入で滅ぼされ、この世から、溢れ出た魔物と、呪いは完全に消え去ったのだった。

 その後、人種は繁栄を迎えた。

 大きな戦いは、多くの素材や魔石を残し、各国に富をもたらした。

 共通の敵が失われ、各国には富がもたらされ、安定の時が訪れた。

 しかし、その安定は長くは続かない。

 富を得て、平穏な暮らしの中で、人種は欲を持つようになった。

 はじめは嫌がらせのような軽いものだったが、そのうちに争いになり、そして再び人種国家は戦いの歴史に足を踏み入れるようになった。


 この国には人間を中心とし、唯一神ケイウスを信仰する多人種宗教国家ヒューリマン。

 エルフを中心とした魔導国家ミストリング。

 ドワーフを中心とした地下帝国アンディグレイブ。

 獣人を中心とした武装王国ヴァヴァヴァイン。

 翼人を中心とした天空王国スカイハイ。

 鬼人を中心とした煉獄王国カースヘル。

 魚人を中心とした海洋王国シーザランド。

 そして竜人を中心とした絶対帝国シンリュウという8つの大国が中心となっていた。


 大災害が終わった直後は呪具を提供したミストリング、アンディグレイブ、ヴァヴァヴァイン、スカイハイ、カースヘル、それに呪人間を管理していたヒューリマンの6国の影響力大きかったが、長い年月で、すべての国が対等な力を持つようになっていた。

 それぞれの国は、本気で戦争をして世界制覇をしようとは考えていない。どちらかと言えば紛争を作り、仮想敵国を想定することで、政治的な利用をしながら己の利を得よう。そういう考え方だった。


 結果として、民の間には序列が出来、政治の中枢に居る上級国民、貴族と呼ばれる者たちは多くの利益を甘受し、下級国民や貧民が苦しむ政治が長く続くことになっていく。


 大災害の記憶は人々の間からは薄れても、各国は各地にある迷宮をしっかりと管理しなければいけなかった。再び人種の危機が訪れた場合、呪いという強力な武器は、今の人種には残されていないのだから。これは、国家の中枢の頂点の間の共通認識であった。各国の王しか知らない、この世界の絶対的禁忌。それが、呪いとなった。


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