葵の妹と初めての出逢いは強烈。

〈穂村葵の自宅・リビング〉


――俺達は葵の家まで向かう道中、世間話を交わしていた。


俺が聞きたかった事は一つ。


宮原守――そう、本来の主人公の話だった。


未完のWEB小説で唯一分からなかったのは、本来の主人公は一体、ナニをしているのか……。


それに尽きた。


葵から宮原守に関する情報を聞くと、まず宮原守はただの、学園に通う一般生徒に過ぎない事。


そして、姫乃恋に好意を持っているらしい事。


一方、葵は守に恋心を抱いている事を何故か、俺に教えてくれた。


――悲しいのか、虚しいのか、よく分からない複雑な表情で、ただ一言……。


“守も恋も”……“幸せになって欲しいから”――と。


ナニやら葵は、一歩身を引く様なコトを呟いていた。


だから俺は一言……。


“お前の気持ちはそんなものか”――と、呟いた。


実際、三十路になるまで、恋愛経験なんて無い俺だったが、“本当に譲れないモノがある”ならば――。


駄目でも無理でも、挑むべきだと思っていた。


挑みもせずに撤退は、俺には無い選択肢だった。


挑んで駄目ならそれは仕方が無いコト。


でも、そう言う些細なコトが世の中必要なのだ。


結果……うまくいかなくて、無職になってしまったのは酷い結末なのだが――。


――そんなコトよりも……ナニよりも……。


俺の目の前では、“異常事態”が起きていた。


葵の家に着いて、リビングに入ると“ソレは居た”。


リビングにある、朝デカいテレビで、男性アイドルのライブ動画を見ている……。


“葵の妹”が――。


〈燈馬の回想〉


【???】

「あれぇ……? どうしたのお姉ちゃん? 珍しいね、男の子を家に連れてくるなんて……?」


ソレはライブ動画を見るのを止め、俺達に声を掛けてきた。


【???】

「ふぅん……? お姉ちゃん、“コンナノがイイんだ”……?」


なんだか俺は無性に腹が立っていた。初対面のヤツに対して、こんなヤツ呼ばわりをされて……。


だから俺は――。


【燈馬】

「そもそも、お前……“キャピキャピうるせえよ”」


……ピキッ――っと、葵の妹から音が聴こえた気がした。


俺はあまりの怒りに語彙力は低下し、ただの悪口を呟いたのだ。


すると……葵の妹にぶっ刺さったのか、物凄くわなわなして、怒りを我慢している様子が見て取れた。


【???】

「は……ハァ〜〜? キャピキャピうるさい……?」


【???】

「なんなの君? “私に文句でもあるの”……?」


【燈馬】

「いや、あるね……“リビングでキャーキャーうっせえんだよメスガキが”……」


俺はカッチーン来て、ドンドン口が悪くなった。


昔からそうだった……。


俺は口喧嘩が始まると、本気で戦ってしまうのだ。


納得出来ないコトは、納得行くまでトコトンやり合うタイプだったのだ。


こうなると……お互いはもう引けない――。


【???】

「んなっ――メスガキ?! うぐぐっ……そんなコト言ってきた男はアンタだけよ……“このプリン頭”」


【燈馬】

「ッせえなぁ――髪が伸びたんだよ普通に」


確かに燈馬はプリン頭だった。ただ、プリン頭と言われると、なんとなく貶されてる気がして、腹がたった。


俺はいつにもなく、ヒートアップしていた。


【???】

「ねぇ、お姉ちゃん? なんで、こんな男家に連れてきたのよ? “別に顔も美形じゃないし”……」


――プッツーーン……。


俺は完全にブチギレていた。


初対面からガンガン突っ込んでくる妹は、ここで叩き潰すしかない――。


だから俺は……。


【燈馬】

「お前ってさ? 男ウケはイイけど、“絶対に女の子には超が付くほど”――“嫌われてんだろ”……?」


……ドッ――ゴッッ――!!


葵の妹は、自分の大きな胸に手を当てていた。


俺の言葉はどうやら、葵の妹に超絶ぶっ刺さった様だった。


【???】

「グゥ……この――プリン野郎……マジで最低な事、言うじゃんよ……? マジでムカつくんですけど」


【燈馬】

「いや、それコッチのセリフだから。元々は、お前から仕掛けた喧嘩だぜ? 分かってんのお前」


【???】

「がぅ……うっさい!! プリン野郎――!!」


【燈馬】

「あぁ……ヤダヤダ――“胸に栄養行き過ぎて”、“脳ミソが”、“スッカスカになっちゃった”のかな――?」


俺は悪意の塊でしかない、超最低な煽りをして魅せた。


こんなもの……悪口でしかない。


しかし、ここで葵の妹は――。


全身全霊で――叩き潰す!!


――ガクッ……ドゴッ――ガクガクプルプル……。


【???】

「あが……あががっ――ぐぎぎぃ〜〜っッ!?」


葵の妹は完璧なほどキレイに、膝から崩れ落ちた。


俺はニヒルな顔で妹を眺めていた。


【燈馬】

「おい、いいか? クソガキ……いや、メスガキ」


【燈馬】

「“口は災いの元”だ――今度からうまくやんな?」


【???】

「がぅ……ぐぐっ――はぁ……“効いたなぁ”――アンタの言葉……」


葵の妹は俯きながらボソッとそんなコトを……。


【葵】

「おいおい……マジ? 妹がこんな姿になったコト無いんだけど……?」


【燈馬】

「だろうな……ただ――まぁ……コイツも若干、自分のコトを気にしてるだけでも、イイ事よ――」


人間、無自覚と言うものは一番危険で、一番危ないものだ。


気が付かない間に、相手を傷付ける時もある。


だから、言葉遣いは気をつけないとならない……。


特に、初対面の相手にそんな対応をしたら、こんな風に、ブーメランが自分に飛んでいくものだ――。


……ガタッ――スッ……。


【???】

「“アンタ”……“名前は”――?」


【燈馬】

「ふぅ……森燈馬だよ。で……? お前は?」


【???】

「はぁ……穂村巴よ……」


これが、小悪魔系らしい……葵の妹との――。


初めての出逢いだった。


青髪の葵とは違う、銀髪でツインテール。


そして、145cmくらいの瞑と変わらない身長。


一つ、瞑とは違う部分がある……。


それは――胸が大きく、体格は少しムチムチしている事だ。


とても長いまつ毛に、緑色の瞳。


肌はとても白く、ピチピチしていて、物凄いフレッシュさを感じる。


未完のWEB小説では出て来ない……。


完全に“シークレットキャラ”だった。


――そんなコトがあり、巴は俺から興味を失い……。


テレビ前に置いてある、ソファーで葵と妹は一緒に座り、会話を交わしていた。


俺は少し離れたテーブルの席に座り、ボーっと二人の様子を黙って眺めていた。


【燈馬】

「はぁ……“スンゴイな”――“アイツ”……」


ソファーに座る葵にベッタリくっついて、葵を困らせる巴の姿が――俺の目に鮮烈に焼き付いて離れない……。


【巴】

「お姉ちゃ〜ん、巴……お腹空いちゃったよ。なにか作って? お母さん、今日仕事でいないしさ?」


【葵】

「ハァ……? お前、外で食って来いよ……あと、ベタベタくっついて来んな!!」


べたぁ〜〜!! ぎゅっぎゅっ……ぐんぐん!!


巴はお姉ちゃんっ子なのか、超絶ベッタベタだった。


確かに葵は鬱陶しい思いをしても、なんらオカシクは無かった。


とてもニコニコしながら、巴は悪怯れる様子はなく、超ベッタベタなのだから……。


小悪魔系……? なのかどうかは知らない。


しかし……普通の野郎なら、一発ノックダウン必至なワンシーンだった。


モコモコなピンクと水色が走った、なんだかよく分からない、パジャマ? 姿で巴はキャピキャピしているのだ……。


若々しく、ピチピチして悪くはなかった。


俺は一人、そんな微笑ましい姉妹の、ワンシーンを眺めるだけ――。


【巴】

「えぇ……外寒いでしょ? やだよ――寒いのは嫌なの!!」


【葵】

「あ”ぁ〜〜鬱陶しい――お前……彼氏と遊んでこいよ、マジうざいから……いや、ガチで」


【巴】

「えぇ〜〜? タカシ君とはもう別れたって……」


【葵】

「いや……知らねえし?! 誰がお前の色恋沙汰知りたいんだよ? はぁ……なんとかしてコイツ……」


姉は大変なんだなと、俺は心のソコから思っていた。


見る見る内に、葵は段々と萎れていった。


【巴】

「えぇ……お姉ちゃん――巴、お腹空いたよ? なにか作ってよ!! ねぇ……早く早くっ!!」


【燈馬】

「…………」


俺は、口を挟むかどうか超迷っていた。


また……面倒事に巻き込まれるのでは無いかと。


そんなコトばかり考えて、戸惑っていた。


【葵】

「う〜ん……私、別に料理上手く無いんだけど――」


【巴】

「お姉ちゃん、料理もしかして出来ない系?」


【葵】

「うん……あんまり上手く出来ないかも。そもそも、私達のご飯、お母さんが用意するでしょ、いつも」


【巴】

「そうだけど……外寒くて家から出たくないしなぁ……どうしようか?」


【葵】

「いや、どうしようもこうも……知らねえし――なんでアンタの都合を、コッチが飲まなきゃなんないのよ……」


超絶正論だった――。


俺は仕方がなく、そんな二人に口を挟む事にした。


【燈馬】

「――“お前ら”……“弱すぎ”。飯の一つも作れねえのかよ……? お前ら、なんかあったらすぐ死ぬタイプだわ――いや、ガチで」


コチラもタダとは言わない……。


最大限の皮肉を言いながら、俺は口を挟んだ。


【巴】

「うげっ――で……出た――プリン野郎……」


――ガタッ……スッ――タッタッタッタッ……。


【燈馬】

「おい、出るも何もお前――直ぐ側で座ってたっての? ったく――人を亡霊かなんかみたいな言い方しやがって……」


【巴】

「で……? “ご飯用意出来る”わけ? “アンタが”」


俺は本当にヤレヤレと……。


【燈馬】

「出来なかったら、こんな事言わねえよ……」


俺はソファーに座る巴に向かって、超ド近距離で答えた。


【巴】

「うぐっ――近いなぁ……なんなのコイツ――スンゴイ圧を感じるわ……怖いほど――」


【葵】

「まぁ……それはそう。コイツ……いや、燈馬はメチャクチャ強いヤツって噂で聴いてるし――」


【巴】

「げげっ――?! もしかして……森燈馬って――“あの噂のヤバいヤツ”な……の――?」


【燈馬】

「……いや、どうなんだろう? 俺が周りからどう思われているか、気にした事がなかったから、分からん」


【葵】

「はぁ……そうよ――上級生にヤバいヤツいるって、話……アンタも知ってんでしょ?」


【巴】

「ひぇ……?! ま――まさか本当に……こ……このプリン野郎が――?」


【葵】

「そう……巴、“アンタの眼の前にいる”、ヤバいオーラ出してるヤツが噂のヤツだよ……」


……ザザッ――ガタガタッッ!!


【巴】

「ぎょえぇえぇ〜〜〜〜っッ?! あ――ぎゃ……あぐぐっ――ご……ごべんなぢゃあぁ……い――!!」


巴は体を仰け反らせた後、すぐに泣き崩れていた。


燈馬に一体、どんな噂があったかは知らない……。


しかし、びぇーーびぇーーと泣く、巴は本当にビビり散らかしていた。


【燈馬】

「ふぅ……で――お前? なに喰いたいんだ? 難しい料理以外は、ナンデモ作れるぞ……?」


そんな巴の泣き崩れる光景に、俺は見ていられなくなり、さっさとリクエストを聞く事にした。


【巴】

「……ぐすっ、ひっぐっ――“ハンバーグ”……」


【葵】

「ハンバーグかよ……アンタ本当にハンバーグ好きだよね……? 毎回駄々こねて、お母さんに作ってもらってさ?」


【巴】

「だって、ハンバーグ好きなんだもん……」


【燈馬】

「分かったよ……ハンバーグな? 冷蔵庫に材料あんのか?」


【葵】

「多分、あるんじゃない? コイツ、マジでハンバーグ食べる機会、超多いし……」


【燈馬】

「なんでそんなハンバーグが好きなんだよ……」


――俺には信じられなかった。


同じモノを食べ続けるのは、絶対に飽きるからだ。


【巴】

「ずぴっ――ズズッ――昔ね……お子様プレートのハンバーグを食べて……ズズッ――感動したのよ……」


巴は鼻を垂らしながら答えてくれた。


俺はそんなコトよりも……。


【燈馬】

「おい……葵、ティッシュかなんか渡してやれよ。汚くて仕方がねえや……ったく――なんだコイツ」


【葵】

「あっ――うん!! アンタもいい歳して、ズビズビ泣いてんじゃないわよ……全くもう!!」


――スッ……パシッ――。


葵は巴にティッシュを渡し、巴はずびぃ〜〜っと、鼻を大きくかんだ。


本当に可愛い顔がぐしゃぐしゃで台無しだった。


俺は頭をポリポリ掻きながら――。


【燈馬】

「とりあえず……冷蔵庫漁ってくるわ――」


そんなコトを呟きながら、冷蔵庫へ向った。


〈キッチン〉


――しかし……。


【燈馬】

「挽き肉が……ねぇっッ――?!」


【巴】

「えぇ……?! ハンバーグ作れないの……?」


巴は何故か俺にトコトコ着いてきて、不安そうな表情を見せた。


【燈馬】

「う〜ん……バラ肉はあるけど――包丁で叩きまくって、それっぽいヤツ作るしかないな」


【巴】

「出来るの……? バラ肉で?」


【燈馬】

「いや……知らねえ。やってみるしかない!!」


【巴】

「なにそれ……超不安なんですけど……?」


【燈馬】

「お前に教えてやる、“何事も経験が大事”だ。玉ねぎもあるし、調味料もあるんだ、なんかそれなりのモン……でき――るよな?」


【巴】

「なにその疑問系……“本当に大丈夫”なの?」


【燈馬】

「お前、話聞いてる? 大丈夫もナニモ……コッチも知らねえんだよ?! だけど、やるだけやってみるから、ソファーで待ってろ!!」


【巴】

「えぇ〜〜? お姉ちゃんがコッチ来んなって言ってたよ……?」


【燈馬】

「アイツ……やりやがったな――押し付けやがってコノヤロウ……」


そんなこんなで――俺はハンバーグ作りを開始した。


《食卓》


――結論から言うと、それっぽいものは出来た。


きっと普通のハンバーグと違い、かなり食感は荒々しいモノだろうが、とりあえず形にはなっていた。


味見は一切していない為、どんな仕上がりになっているかは不明――。


そして……現在――。


妙な空気に包まれながら、俺達三人は巴前に置かれた、即席で作り上げたハンバーグへ、一斉に視線を向けていた。


【巴】

「だ――大丈夫かな……このハンバーグ……?」


【葵】

「いつまでも眺めてないで、食べてみな……?」


【燈馬】

「味の保証はしないし、本物のハンバーグじゃないコトは予め伝えとくぞ……」


不味かったら、俺が責任を持って食べるしかない。


謎の緊張感を漂わせたまま……巴はそれを口に運んだ。


……プルプル――あむ……。


【巴】

「……もぐもぐっ――んっッ――?! こ……コレは……ハンバーグじゃ……ない――?」


……ガクッっ!!


【燈馬】

「そりゃハンバーグじゃねえよ、挽き肉ねえもんだって……。気に食わんかったら俺が食うわ」


流石に俺はハンバーグを再現し切れなかった。


少しだけショックだった……。


【巴】

「いや……ハンバーグじゃないけど――荒々しい感じで美味しいかも……」


【燈馬】

「なんだそりゃ……食レポ下手かよお前――」


【葵】

「私も、ちょっと食べてみてもいい……?」


【巴】

「あ……うん、食べてみて? 面白い食感だよコレ」


そして、葵もハンバーグもどきを口に運んだ。


――俺は葵の発言を固唾をのんで待っていた。


【葵】

「……うん、“荒々しくて”美味しいね?」


――ドゴッッ!! 


【燈馬】

「一緒じゃねえか!!」


姉妹揃ってほぼ一緒の食レポだった……。


俺はもっとこう……荒々しいけど、味はハンバーグだねとか、そんなのを求めていた。


現実は荒々しいがトップに来て、美味しいで終わる超シンプルなモノだった――。


でも……。


【巴】

「うん……でも、普通に美味しい――アンタ……“燈馬とか言った”っけ――?」


【燈馬】

「あぁ……なんだよ? 唐突に名前呼んで……?」


俺はポカーンとしていた。なぜ、急に名前をと。


【巴】

「いや――私、“アンタのコト気に入った”」


【葵】

「うげっッ――ま……マジ? あのアンタが? あの……“面食いのアンタが”――?」


葵は超動揺していた。


椅子から転げ落ちるのではないか――。


そう思える程に。


そして、俺はと言うと……。


【燈馬】

「いや、“ノーセンキューで”」


――ゴッッ!!


巴はテーブルを叩き、俺の顔を見ながらプルプル震えていた。


【巴】

「んなっ――なんでよ? “こんなに可愛い巴ちゃん”が、気に入ったと言ってるのに……」


【燈馬】

「そう言う……“余計な一言が気に食わねぇ”――」


【葵】

「分かるわ……コイツマジでウザいから。いつも、こんな調子だし……はぁ……ダル」


葵はドコか遠い目をしていた。


俺はなんだか本当に疲れて、眠くなっていた。


【巴】

「ハァ……つれないなぁ――なんだろう……場馴れしてるみたいで、凄いショックなんですけど……?」


【燈馬】

「まぁ……ね? お前よりは場馴れしてるよこちとら……ほんっ――と、色々な?」


それはそうなのだ。中身、三十路のオッサンなのだから……。


無職になるまで俺は、散々空回りの人生を歩んできた。


色々挑戦しては、上手くいかなくて失敗して……。


次第に、自信を無くして晴れて無職になった。


晴れてはいないが、一旦休憩のタイミングだった。


そろそろ動き出すかと言うタイミングで――。


心臓がオカシクなって死んだ。


そして、今は未完のWEB小説の中にいるのだ……。


それなりに経験は積んできた自負はあった。


【葵】

「――とりあえず、“燈馬には手を出さないで”」


【巴】

「えぇ〜〜なんで? “こんな面白いの初めて”なのに……」


【燈馬】

「おい、俺をオモチャみたいに言うなや……」


【巴】

「だって、こんなに巴を拒絶する男なんて、いなかったのにさ? なんだかムカツクじゃない……?」


【燈馬】

「知らねえよ……それに、“コッチは彼女いる”っての――悪いけどよ」


【巴】

「ふぅ〜ん? “彼女さん”――“いるんだぁ”……?」


巴はスッ――と、目を細めた。


なんだか厭な予感がした。


なんだか――こう……ザワザワする様な、とてもとても……なんとも言えない、厭な予感が。


【葵】

「巴……マジやめな? アンタ……そうやって、“何人もヤッてきた”んでしょ――?」


【巴】

「ふぅ……そうだよ……お姉ちゃん。だって――巴はとっても――“モテるんだもん”……仕方がないよ?」


【燈馬】

「いいね……そんじゃ、頑張って? さっさとイイ男見つけて、お幸せに」


【巴】

「……まただ――それだよそれ……なんだか、それが気に食わない――」


【葵】

「――ハイハイ……燈馬、“私の部屋”――行こっか?」


【燈馬】

「えっ……? お前の部屋に……?!」


【葵】

「うん、そう。ここに居ても、コイツマジウザいし、ウルサイからさ……?」


【燈馬】

「お……おおん――?」


【葵】

「それに、燈馬……アンタ、ちょっと疲れてる様に見えるし、眠そうだからさ――?」


【燈馬】

「あぁ……ドッと――疲れが押し寄せてヤバい」


【葵】

「……なら、行きましょ?」


――ダンッッ!!


そんな時だった……。


【巴】

「“ちょっと待って”――“私の部屋に連れて行く”」


【燈馬・葵】

「はっ……?」


俺と葵はお互いの目を合わせ、ポカーンとしていた。


【巴】

「“燈馬は私の部屋で寝かせるの”!!」


【葵】

「おいおい……アンタまさか――“変なコトを考えて”んじゃないわよね……?」


【巴】

「……違うって!! “少しだけお話したいの”!!」


俺は危険を察知し、葵に伝えた。


【燈馬】

「いや、“葵の部屋がイイんだけど”……?」


危険度で言えば、葵の方がグッと低いと俺は見ていたのだ。


【葵】

「だってさ……? アンタの部屋は嫌だって」


【巴】

「えぇ〜〜? なら、私もお姉ちゃんの部屋に着いて行く!! それでもいいの……?」


【葵】

「はぁ……ほんっ――と、アンタはワガママね? マジでウザい……本当にウザくて仕方がないわ」


【燈馬】

「おいおい……どうすんのよコレ……マヂで……」


【葵】

「いや、本当にいつもこうなんだよこの子……」


【燈馬】

「でしょうね……いや、なんかもう――凄いや……」


俺達は頭を抱えていた。葵とは姫乃恋をどうするかについて、話し合いをするつもりだった。


しかし、思わぬ邪魔者と出くわしてしまった――。


【巴】

「お姉ちゃん……大丈夫だから、燈馬を貸して?」


【葵】

「アンタの大丈夫は、“世界一信用出来ない”のよ……」


俺もソレには同感だった。


姫乃恋とも、同じ様なコトを食らったのだから。


【巴】

「えぇ……なんで? こんなに頼んでるのに……」


【葵】

「“アンタがソレだけ危険な存在”だからよ……」


【燈馬】

「俺も、“そんなヤツの部屋に行きたくねぇよ”」


巴にハッキリと俺の気持ちを伝えた。


これでスンナリ、引き下がってくれるコトを切に願って――。


しかし、そんな願いは……届きそうにもない。


巴はニヤァ……と、悪い笑みを浮かべ、嗤う。


一瞬で部屋の中の気温が下がった気がした。


そう感じるほど、厭な笑みだった……。


【巴】

「ねぇ……燈馬――“お姉ちゃんも”……“アンタのコト”――」


【巴】

「“狙ってるんだけど”……?」


【燈馬】

「ちょ――なんだよソレ? え……マジ?」


【巴】

「うん、マジマジ――見れば分かるもん、普通に」


【燈馬】

「そ……そうなのか? 葵……?」


俺はビックリしながらも、葵に問い掛ける。


【葵】

「はぁ……そうだよ――“公園で喋った通りのコトさ”……」


――公園で喋ったコトとはつまり……。


姫乃恋に近付けさせない為に、自分が彼女になり、寄せ付けない様にする作戦のコトだった。


しかし、ソレは無駄だとお互い理解した筈だった。


まさか……強行突破しようと考えているとは、思わなかった。


【巴】

「“一緒じゃん”……“ズルいよお姉ちゃん”」


【葵】

「あぁ……そうだね――巴……」


葵は見る見る内に萎れていく。


物凄くズーンと、重たくなっていくのを感じた。


一体俺はどうしたらいいのだろうか……。


――ガッッ!! ギュッ――!!


【巴】

「それじゃ……お姉ちゃん? 燈馬は私の部屋に連れて行くから」


【葵】

「はぁ……もう――好きにして?」


【燈馬】

「お……おい?! 葵――テメェ……? 止めろよ? いやいや……ちょ――マジで!!」


【葵】

「無駄だよ……コイツはこうなったら、絶対に引き下がらない――」


【葵】

「後でね……? ちょっと外で時間潰してくる……」


【燈馬】

「お前……マジで言ってんの?! ちょ――?」


――カタッ……タッタッタッタッタッ――。


【巴】

「あ〜あ……お姉ちゃん、出てっちゃった――」


【燈馬】

「離せよ……腕掴んでんじゃねえよお前……やめろって、マジで!!」


結局、葵は本当に外に出て行き……。


俺は巴に腕を掴まれて、捕まえられていた。


本当に最悪な状況だった――。


【巴】

「よ〜し!! 捕獲完了〜〜!! さてさて……お部屋まで行きますよ?」


【燈馬】

「なんで、そんなに絡んでくるんだよ……マジで鬱陶しいなお前」


【巴】

「ん〜〜? 一つは、“私に靡かない”から」


【巴】

「もう二つは……分かんないけど、“面白そうだから”」


【燈馬】

「面倒いなホントにお前って……凄いよマジで」


【巴】

「う〜ん、まぁ……“凄いのはココから”だよ?」


【巴】

「なんだかお疲れっぽいから、巴がマッサージしてあげるよ」


【燈馬】

「いいって――俺に構うなって……正直、本当に迷惑してるんだよ」


【巴】

「大丈夫、大丈夫!! すぐに……くひゅっ――“巴を気にいる”んだから……」


【燈馬】

「もう……誰か――助けて……トホホ……ヒィ〜〜」


【巴】

「無理無理、誰も来ないって……お父さんは出張中だし、お母さんは夜遅くしか帰って来ないし」


【燈馬】

「あぁ……もう!! 分かった――夜になるまでは付き合ってやる!!」


【巴】

「ほんと……? ヤッタ!! くひゅっ――嬉しい」


【燈馬】

「悪いけど、夜は本当に用事があんだよ……“絶対に外せない用事が”」


そう……月宮雅の家に行かなくてはならない。


俺には最初から、月宮雅との関係を断ち切りに行く、重大な役割があるのだ。


前回感じた、心のモヤモヤを晴らす為に――。


しっかり清算し、月夜瞑とハッピーエンドを迎える為に……。


【巴】

「分かった。それまで燈馬を借りるね?」


【燈馬】

「ふぅ……本当は嫌だけど、“今回だけだぞ”?」


次もループ出来る保証はドコにもない……。


この選択が、バッドエンドへのトリガーにならない事を、祈るばかりだった。


【巴】

「くひゅっ……それじゃ行きましょ?」


【燈馬】

「あぁ……行こう――」


こうして、俺はまた……。


間違いを犯すのだろう――。


俺の願いはただ一つ。


死なずに、瞑とハッピーエンドを迎える事。


きっと――それを一番願っているのは……。


誰よりも……瞑なのだろうから――。


そんなハッピーエンドの夢は、ココで潰えるのかも知れない。


しかし――俺はココを超えて行くしかないのだ。


間違いを犯し続けながら、ソレでも……。


前へ、前へ――。


全ては――“瞑の為に”。


悪役である俺は――この未完のWEB小説を……。


“完結まで導く”のだ。


“悪役が死なない物語”へ――。

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