全ての感情をタバコの煙に乗せ、大空へ溶かしていく。
〈空発学園・教室内〉
――俺はなんとか学園へ辿り着いた。
今は自分のクラスらしい場所で、何十年振りか分からない、木製の机の前に座っていた。
ボロボロになった顔のまま俺と瞑は、シレッと教室の中に無言で入り込んで、瞑が指差す席へ俺は座った。
その最中……教壇に立つ教諭から、物凄く心配そうな声を掛けられた。
森……どうした? 派手に怪我をしてるみたいだが――。
そんな教諭の気遣いに俺は……。
家の階段から派手に転げ落ちまして――。
と……雑な嘘をついた。
教室に居る知らない連中は、なんて声を掛けようか、いや――気にはなるが気軽に聞けない。
そんなザワザワした様子を見せていた。
葉子や茂や松之助もクラスの中には居た。
茂はやっと来たか、この野郎的な視線を俺に向け、松之助はただただ、頷いていた。
一方……葉子からは、とても冷たい視線を受けた。
赤ぶちメガネの奥から、まだ怒ってる感がヒシヒシと伝わってくる。
なんとも居心地の悪い空間だった――。
〈空発学園・クラス内・お昼〉
――そんなこんなで、午前中の授業は殆ど頭に入っていない。
午前中の授業はひたすら机に肘をつき、俺は自分の頬に手を当てボーっとして過ごした。
クラス内はお昼になると、ザワザワしだし、自前の弁当を机に広げるもの、購買や食堂へ向かう者で自由な時間に変わった。
そんな中、瞑に昼食に誘われたが、俺はソレを断り、屋上を目指した。
今は一人になりたかった――。
体のアッチコッチが酷く痛く、葉子の鉄拳制裁を受けた後は、心までダメージを受けていたのだ。
俺は安タバコを片手に、屋上へ急ぐ。
今はただ……タバコの煙に頼りたかった。
〈屋上〉
屋上に着くと、誰も居なかった。
なんだかホッとした様な、残念な様な気がして、俺はなんとも複雑な心情だった。
寒空の下だからなのか、それとも屋上に人気がないのか、本当に屋上は閑散としていた。
俺は屋上の手すりに近づき――。
……カチッ――ボボッ……ヂヂヂッ――チリチリ……。
【燈馬】
「ふぅ……」
カタッ――。
【燈馬】
「やっぱ……“ココが一番落ち着く場所”だ……」
手すりに手を掛け、俺は屋上でタバコをふかす。
痛みも辛さも苦しさも……。
こうしてタバコの煙と共に大空へ溶かして――。
寒空の下でただタバコを楽しむ。
――しばらく、タバコの煙と戯れていると……。
――ガチャッ……キィイィ――バタンッ――。
誰かが屋上へ上がってきた音が聴こえた。
【朱音先生】
「なんだよ――昼間っから、“しけたツラ”見せんなよ……」
その声は保健室の先生だった。
俺がそっと、振り向くと――。
赤い髪を後ろに結った、メガネを掛けた朱音先生がタバコ片手に、ドア前で佇(たたず)んでいた。
【朱音先生】
「ハハッ――? なんだオマエ……“喧嘩でもしてボコられた”のか?」
朱音先生は俺の顔のダメージに、すぐに気がついていた。
絆創膏やらガーゼやらで、酷い有り様の俺の顔に。
【燈馬】
「――すぅ……ふぅ〜〜。まぁ――“家の階段から転げ落ち”ましてね……」
俺はタバコを吸いながら嘘をついた。
葉子から鉄拳制裁受けたとは、恥ずかしくて言えなかったのだ……。
俺はいらないプライドを持ち続けた。
本当は事実を述べればイイだけなのに……。
俺は、くだらないプライドを捨てられずにいた。
【朱音先生】
「ふっ……まぁ――“似合ってるよお前に”」
俺には意味が理解出来なかった。
こんなボロボロになった姿が似合う?
と……。
【燈馬】
「いや……“嫌な場面”見せましたね、朱音先生」
普通は痛々しい姿を見れば、嫌な気分になるモノだ。
俺が逆だったら絶対に良くは見えなかった。
バカやったんだろうな……としか見えないからだ。
【朱音先生】
「そんなコトより――お前、“タバコ吸ってた”のか……? ハハッ――知らなかったよ」
【燈馬】
「いや――最近? いや……記憶が無くなってからですよ」
【燈馬】
「今の俺は、“自分の過去を一切知りません”し……」
【朱音先生】
「すぅ……ふぅ……。確かに……お前、そんなコト言ってたよな?」
【燈馬】
「はい……本当に記憶が無いんで今の俺は」
朱音先生は白衣姿で、タバコを吸い始める。
轟轟と吹き荒れる冷たい風の中、全然ブレずに立ち尽くし、ただただ……タバコの煙を吐き続ける。
【朱音先生】
「ふぅ……。そんで? お前なんでそんな“安いタバコ”吸ってんの?」
――なんでと言われても、現実世界の俺は無職だった。高いタバコを吸えるほど偉い立場ではない。
大好きだった、黒い箱に金色の刻印をしたタバコなんて吸えない。
俺は動物の柄が入った、本当に最安のタバコを吸っていた。
そして俺は“悟った”のだ……。
【燈馬】
「朱音先生――こんなもんは、“煙が吸えりゃなんでもイイ”んですよ」
【朱音先生】
「ハハッ――“なにジジイみたいなコト言って”んだよ、燈馬……?」
【朱音先生】
「記憶のねぇ――オメェはほんっと……“面白いわ”」
【燈馬】
「すぅ……ふぅ……そりゃどうも――」
結局、吸いまくれば、どのタバコを吸っても大体似た様な味に感じるものだ。
厳密に言えば大好きなタバコの味は唯一無二だが、大抵のタバコは似たりよったりが多い。
それに、本気でバカバカ吸ってしまえば、どれ吸っても本当に味が分からなくなるほど……。
舌が味覚がバカになって、最終的にはもう……。
ただ、ニコチンが接種出来れば、どれ吸っても一緒に変わっていくのだ――。
【朱音先生】
「ほんっと……今のお前はジジイみたいだ。“くたばったアタシの爺さん”も、似たこと言ってたよ」
【燈馬】
「いや……まぁそうでしょうね。こんなもん、本当に煙が吸えりゃ、どうでもイイんですから……」
例えば大好きな銘柄が廃盤になった時、それしか吸ってない人は、そのまま辞めるのだろうか?
本当に超絶な意志が強いモノは、やめるかも知れない。
しかし――。
大半は似たようなタバコを探し、結局吸い続ける。
人はそんなものなのだ……どこまでも行っても。
昔の味を時折思い出し、ふと……懐かしんで――。
【朱音先生】
「まぁ……そうだな――結論……“煙が吸えりゃなんでも良い”」
【燈馬】
「えぇ……すぅ〜〜ッ――ふぅ…………」
俺は思いっ切りタバコの煙を肺いっぱいに入れ、思いっ切り鉛色に染まる大空へ、煙を羽ばたかせる。
悟りを開いた後のタバコは、とてもとても格別で最高だった。
俺みたいな依存しまくる存在にとっては、本当に煙が吸えれば、それだけで幸せだった。
【朱音先生】
「不思議な気分だ……ガキなお前に、“ジジイの気配が透けて見えて”、しゃあねぇ……」
なんだか朱音先生はまるで、亡霊でも見ている様な様子を俺に見せた。
なんとも言い難い、不思議な表情を浮かべながら。
【朱音先生】
「なぁ……燈馬。“瞑のコトは惚れ直した”のか?」
唐突に朱音先生は俺にそんなコトを聞いてきた。
俺は朱音先生に――。
【燈馬】
「勿論ですよ。“あんな良い女いない”――」
そう言い放った。
――これは本当に“俺の本心”だった。
“ここだけは偽る事は出来ない”……。
俺がすり替わる前の燈馬は月宮雅に惹かれ――。
すり替わった俺は月夜瞑に惹かれた。
――未完のWEB小説での燈馬は、きっと月宮雅に惹かれて、取り返しもつかないコトになるのだろう。
なんだか俺は……なんとなく、作者の気持ちが読み取れた。
【朱音先生】
「そうか……まぁ――“オマエのコト”だ……“色々とコレからある”だろう……」
【朱音先生】
「“最後の最期まで”――“瞑を守ってやれよ”」
【燈馬】
「分かってますよ。ちゃんと守ります、瞑の事」
【朱音先生】
「ふぅ……サボってねぇで、飯でも喰ってくるわ」
【燈馬】
「あ……はい」
【朱音先生】
「そんじゃあな……“ボコガキ”……ははっ――マジウケる……あぁ――イイ飯になりそうだ……ククッ――」
朱音先生はそう言うと、俺に背を向け、手のひらをフリフリさせて屋上を後にした。
一人、残された俺は……。
【燈馬】
「“誰がボコガキ”だごら……はぁ……ふふっ――まぁイイや――」
【燈馬】
「俺は……んっ――」
……カチッ――ボボッ――ジジッ――ヂヂヂッ……。
ふわわぁ……。
【燈馬】
「すぅ……ふぅ……“タバコが吸えりゃあ”――」
【燈馬】
「“それでいい”……」
嫌な事も辛い事も楽しい事も苦しい時も――。
こうしてタバコの煙に混ぜて大空に飛ばせるのだ。
こんなにシアワセなコトはない……。
“俺は世界一幸せ”だった――。
このなんの変哲の無いワンシーン……。
そんな変哲の無いワンシーンが一番幸せなのだ。
普通の日常にこうして息が出来る現状に……。
俺は感謝でいっぱいだった。
だから“世界一幸せ”なのだ。
当たり前のことが出来るだけで、幸せなのだから。
――ガチャッ……キィイィ――バタンッ!!
【瞑】
「ったく――“ココだと思ったわ”……」
【燈馬】
「なんだ……“瞑か”――」
俺が黄昏れながら、タバコをふかしていると、屋上に瞑がやって来た。
白いビニール袋を片手に。
【瞑】
「なんだじゃないわよ……一向に戻ってこないと思ったら、プカプカタバコ吸ってんじゃないのよ?」
【燈馬】
「悪い……チョットだけ、“一人になりたかった”んだよ――」
【瞑】
「いや、それはまぁ――いいや」
【瞑】
「それより……燈馬――」
【燈馬】
「んなっ――なんだよ、そんな“緊迫感ある感じ”でよ……?」
なんとなく、瞑から鬼気迫るナニかを感じた。
【瞑】
「教室に……“姫乃さんが来て”――“アナタにコレを”渡してきたわ……」
――スッ……。
【燈馬】
「んなっ――なにコレ? て……“手紙”?!」
【瞑】
「そう……“アナタに渡してって”さ――」
ピトッ……。
俺はソレを瞑から受け取った。
【燈馬】
「なんで……“そんな堂々と”……?」
俺はあの時、恋に言ったハズだ。
“俺には彼女がいる”と……。
【瞑】
「知らないけど、“凄く微笑んでいたわ”……彼女」
【燈馬】
「なぁ……“葉子とかキレてなかった”か――?」
【瞑】
「いや、あの三人はクラスから出てったから、それは大丈夫よ」
【燈馬】
「そっ――そっか……そりゃ良かった――」
【瞑】
「まぁ……姫乃さんがクラスに来たせいで、“周りの連中がザワザワしてた”けども……」
【燈馬】
「そっか――それは申し訳なかった」
姫乃恋(レン)……コイツは作中、そして恐らく学園の中で一番美しく、可愛い部類だろう。
勿論、瞑も決して負けてはいない……。
しかし――どことなく、“オーラが凄まじい”のだ。
なんと言うか――これが“本物のヒロイン”。
そう思える要素はたくさんあった。
【瞑】
「――安心して、中は見てないわ」
【燈馬】
「あぁ……それは助かる」
【瞑】
「えぇ……安心して? 私にはそんな趣味ないよ」
【燈馬】
「あぁ……それも非常に助かるコトだ」
俺は本当に助かっていた。
わざわざひと目につく場所で、本当に普通の白い手紙に、赤い丸いシールを貼って渡してくるなんて。
それだけで恥ずかしい話なのに……。
中まで見られたら、それはもう終わりだ。
頭を抱えるほど、恥ずかしくて仕方がない思いをした筈だ。
そう思うと、本当に見られなくて感謝だった。
【燈馬】
「でも……中見てみっか――瞑、“一緒に見るか”?」
【瞑】
「私はいいわ。なんだか、中を見るのが怖いもの」
【燈馬】
「そっか……じゃあ――俺だけ見てみるわ……」
俺はプルプル震えながら、手紙に手を掛ける。
……ペリッ――。
そして中から手紙を取り出すと――。
【燈馬】
「…………?!」
ソコには――。
【燈馬】
「き……今日の……ほ――放課後……“図書室で待ってます”……?」
【燈馬】
「か……“必ず来てください”……姫乃恋より――」
俺は口に出して手紙の内容を読み、そしてそのまま絶句していた……。
姫乃恋が、ガンガン燈馬に迫ってくる現状に。
あまりにもストレート過ぎるやり方に……。
【瞑】
「はぁ……“アナタって本当にモテるわ”よね……」
【燈馬】
「いや、嬉しいような……悲しいような――うん」
【瞑】
「で……どうするの――? 燈馬……アナタ、放課後姫乃さんと会うの……?」
――このまま逃げたらどうなるのか?
そして、恋と会ったらどうなるのか……。
――とても難しい問題だった。
しかし、“一つの考え”が俺の頭の中に浮かんだ。
【燈馬】
「いや……まず、“アイツらにも責任を取らせる”」
【瞑】
「あい……つら――?」
瞑はポカーンとしていた。
そう俺は……。
【燈馬】
「あぁ……俺は今日――“宮原守と穂村葵と会う”」
【瞑】
「あぁ……なるほど――ふふっ……“考えたわね”?」
【燈馬】
「いや、考えるも何も、姫乃恋とこのまま会ったらどうなるか……“分かるだろう”?」
【瞑】
「まぁ……十中八九――“アナタが喰われて終りね”」
【燈馬】
「だろう……? “姫乃恋は危険”なんだ本当に……」
ソレがナニかは分からない……。
でも、確かに見えた。
一瞬――黒い……黒い……“ナニかを姫乃恋から”。
このままズルズルと関係を続けると、死ぬ。
それだけが正解だった。
【瞑】
「私も少しだけ感じたわ。姫乃さんから――“厭な気配が見えた”のよ……」
【瞑】
「なんだか……“アナタを”――“壊すような”……」
【瞑】
「そんな――“悪くて厭な気配”を感じた」
俺も瞑も共通認識として、姫乃恋は危険と判断する運びとなった。
少しずつ――この物語は終わりに向かっていく。
まだ残る謎はある。
それでも、ココから一気に展開が動く気がして、俺は心がザワザワしていた。
良くも悪くも、ココからナニかが始まる。
【燈馬】
「瞑……“お前も会うか”? “宮原守と穂村葵と”……」
【瞑】
「勿論よ――アナタ一人にすると、ほんっ――と」
【瞑】
「“ろくなコトにならない”し……」
【燈馬】
「間違いねぇ……それだけは本当に言えてる」
きっと……。
俺が一人で動く度に、瞑に迷惑を掛けるのだ。
なるべく、単独行動は控えるべきだと俺は考えた。
【燈馬】
「瞑……昼飯は後だ!!」
【瞑】
「えっ――? 菓子パン買ってきたのに……」
【燈馬】
「“昼休みが終わる前に”……」
【燈馬】
「“宮原守と”――“穂村葵に接触する”!!」
【瞑】
「あ……え――わっ――分かったわ!!」
【瞑】
「急ぎましょう? ドコにいるかも分からないし」
【燈馬】
「そうだな、急ごう――」
こうして、次なる展開へ俺達は足を運ばせる。
次のミッションは――。
宮原守と穂村葵との接触だった。
姫乃恋に俺が喰われない為に――。
“仲間を問い詰める”のだ……。
姫乃恋の暴走を止められなかったアイツらにも、責任の一端はある。
なぜなら――。
俺からは“一切接触していない”のだから……。
【瞑】
「ふふっ――なんだか、バタバタしていて、とっても楽しいわ?」
【燈馬】
「そりゃいい……まぁ――今後、“もっとバタバタするだろう”よ」
【瞑】
「ふふっ……退屈しなくていいわ」
【燈馬】
「あぁ……本当にな――」
もっとバタバタする前に、俺達はちょっぴりバタバタさせにいく。
本物の主人公――。
宮原守と……。
そのツレの穂村葵――。
コイツらに話をしなくてはならない。
本当に変な話だった。
悪役である燈馬が、身に降りかかる火の粉を必死に必死に、振り払い、火消しに走るのだ。
そう……“コレは悪役が足掻き続ける物語”。
いつからか――本物の主人公を飛び越して……。
“まるで悪役が主人公にすり替わった”気がする。
そんな――“奇妙な物語”が始まった。
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