一時の幸せな時間。

〈姫乃恋の自宅前・早朝〉


――恋との甘い夜は明け、俺はとても寒い外へ出ていた。


【燈馬】

「チッ……朝っぱらから雪かよ……」


朝の冷たい空気と共に、チラチラと小さな雪が舞い散り、時折、ヒューーッと、強い風が俺の頬を刺す。


【燈馬】

「はぁ……ダルいなぁ……朝から雪とかお前……」


俺はチラチラと降り積もる雪を、ただただ呆然と、しばらく眺めていた。


【燈馬】

「ふぅ……とりあえず、タバコ吸って行こうか……」


俺は徐(おもむ)ろにタバコを手に取り、恋の自宅を後にする。


――そうして、ゆったりとタバコの煙を撒き散らしながら、俺は燈馬の実家を目指した。


早朝のせいか、辺りはまだ薄暗く、人通りも疎(まば)らだった。


冷たい風が頬を刺し、冷えて乾燥した空気の中で吸うタバコはまた一段と美味しく感じられ、なんだかジーンとくるモノがある。


【燈馬】

「あぁ……うまい――本当に五臓六腑に染み渡るぜ」


徐々にタバコは燈馬の体に馴染んで、違和感が徐々に減っていく。


……あれだけヤニクラした俺はいない。


今の燈馬はまるで、三十路な俺に染まっていた。


作中の燈馬はもっと、若々しかった口調だった。


でも、今の燈馬は俺、四季司郎に染まっていく。


もう……きっと――燈馬の面影は残ってはいない。


今はもう――三十路なオッサンなのだ……。


そうして――ゆったり歩いて、燈馬の実家に辿り着く。


〈燈馬の実家・玄関前〉


【燈馬の母親】

「あら……燈馬、“また”……“朝帰り”?」


【燈馬の親父】

「全く……今まで、“どこ行ってたんだ”?」


実家に辿り着くや否や、燈馬の両親がたまたま玄関からヒョッコリ現れた。


【燈馬】

「まぁ……“色々”とね?」


【燈馬の母親】

「色々って……んっ? スンスン……あ〜はいはい」


【燈馬】

「えっ……?! なっ――なに? 急に鼻を啜って?」


【燈馬の母親】

「ですって――“ねぇアナタ”……?」


【燈馬の親父】

「うむ……まぁ――“思春期”だもんな?」


【燈馬】

「お……おぉん――まぁ……そう言うコト!!」


なんとなく俺は理解した。


きっと、制服にこびり着いた、色んな臭いを察したのだろう……。


【燈馬の母親】

「そんなわけで、“私達も青春してくる”から」


【燈馬の親父】

「ちょ――母さん……燈馬の前でやめてくれよ」


燈馬の親父は頭をポリポリと掻いて、目を逸らした。


【燈馬の母親】

「そんなわけで、“今日一日留守”にするからね?」


【燈馬】

「は……はぁ。“たくさん楽しんで”きてね……?」


【燈馬の母親】

「えぇ……そりゃたっぷりとね? ねぇ……アナタ」


【燈馬の親父】

「お……おうふっ――おん……」


【燈馬】

(おうふっ……じゃないよ!! ナニコレ……? 見てるコッチまで恥ずかしくて仕方がないよ?!)


燈馬の親父はすんごい、恥ずかしそうな様子を見せた。


俺はそんな恥ずかしい光景をただ眺め、なんだかホッコリしていた。


良い関係のとってもいい夫婦だなと――。


【燈馬の母親】

「ふふっ……そんなわけで、ご飯代はテーブルに置いてあるから、自分でなんとかしてね?」


【燈馬】

「お……おぉん……アリガト」


【燈馬の母親】

「さぁて……“朝からハッスル”するわよぉ〜〜!!」


【燈馬の親父】

「て……“手加減”してくれよ? いや、本当に……」


【燈馬の母親】

「ダメダメ、アナタ有給取ったんでしょ?」


【燈馬の親父】

「う……うん……取った……ょ?」


段々と燈馬の親父が萎んでいく。


俺の目からは、半分くらいに縮んだ様に見えた。


【燈馬の母親】

「だったら、最後の時間まで踏ん張るのよ!!」


【燈馬の親父】

「そうだな……折角取った休日だしな……分かった」


【燈馬の母親】

「そんなわけで、後はよろしくね〜〜燈馬?」


【燈馬】

「は……はひっ!!」


俺は……燈馬の母親のギラギラした目を見て、萎縮した。


燈馬の親父と同様に……。


―そのまま燈馬の母親は、親父の腕に絡み着きながら、この場を立ち去った。


【燈馬】

「やっぱり世の中の母親達が、いっちゃん強いな」


そうだったのだ。


母は強しは全国共通で、この異世界の中でもやっぱり強かった……。


朝っぱらから嫌なモノを見た気もする。


――しかし、同時にイイモノも見れた。


俺はそんなイイ朝を迎えていた。


《燈馬の実家・室内》


――テーブルには母親が用意したと思わしき、ピン札な一万円が丁寧に置いてあった。


一枚のメモ書きと一緒に。


【燈馬】

「えぇ……と? ナニナニ……?」


【燈馬】

「青春も良いけど、ちゃんと勉学に励んで、健全に人生を歩みなさい。P.S.燈馬の母より……」


【燈馬】

「追伸、今日は特別にサービスで大1本にしてあげたから、感謝しなさい」


【燈馬】

「それじゃ、これから私達は青春しに行くわ」


【燈馬】

「……長いなおい?! ナニコレ……P.S.も追伸も両方あるし、最後の一文よ……」


俺は“頭痛が痛い”と同じ、なんとなく分かるアレを感じた。


言いたいことは分かったが、とってもゴチャゴチャしてとにかく凄かった。


【燈馬】

「はぁ……まぁいいや――とりあえず制服洗おう」


正直、お腹は空いていた。


しかし、それよりもまず、この汚れた制服をなんとかしたかった。


【燈馬】

「スンスン……んんっ――こりゃ駄目だ――」


制服に染み着いた臭いは、人を駄目にするイケナイモノだった。


【燈馬】

「危ない……朝っぱらから、瞑とか葉子と遭遇しなくてよかったぜ」


本当に遭遇しなくて良かったと感じていた。


この臭いを察知されたら、どうなる事やら……。


俺は想像しただけでゾワゾワした。


【燈馬】

「ふぅ……さっさと着替えて、洗濯だ!!」


こうして俺は洗濯に精を出した。


〈洗面所・洗濯機前〉


――ういぃイィイィイィ〜〜ンッッ……。


ガラガラガラッ――。


洗濯機の回る音が聴こえる。


【燈馬】

「ふぅ……よし、イイ子だ。そのまま頼むぞ? 洗濯機君――」


ちゃんと与えられた仕事をこなす、そんな洗濯機君を横目に俺は、リビングへ戻っていく。


【燈馬】

「しっかし……いいね……このグレーのスウェット」


少しだけ疲れた俺は、リビングのソファーに座りながら、燈馬の部屋から拝借したスウェットを、撫で撫でしていた。


【燈馬】

「イイもん着てんじゃん? ナニコノ手触りの良さ……? やだ――嫉妬しちゃう!!」


現実世界の俺は、こんな立派なスウェットなんて、一着も持ってはいなかった。


クッソ安物な、ガッサガサなスウェットを愛用していたのだ。


二十歳ソコソコの頃は、オシャレや多少は格好をつけていた。


三十路を迎えた俺はと言うと……。


オシャレなんてどうでもよくて、ただ着れて、寒くなければそれで良くなっていた。


そして――アレだけキラキラした日常はドコにもない。


三十路を迎えた頃にはただの無職に成り果てて、光り輝く綺麗で純粋な日々は……。


黒く暗く――モノクロな世界へと変わった。


全ての色が失った気すら覚えたのだ……。


虹色に彩るそんな日々は――次第に色褪せて……。


【燈馬】

「はぁ……嫌なコトを思い出しちまったな……」


クッソどうでもいい、ただの無職な俺の終わった日常。


思い出すだけで心が沈みそうになった。


でも……今は違う。


ナゼか未完のWEB小説の中にいて、ナゼか悪役の森燈馬にすり替わっている。


不思議な気分だった。これから“バッドエンドを迎える”であろう燈馬。


そしてすり替わってしまった四季司郎な俺。


同時に、死が近付いている気配を感じるのに、なぜだか怖くは無かった。


きっと……それでも現実世界の自分よりも、色のある世界だからだろう。


色の無い世界よりも――“色のある世界”……。


俺はそんな世界に戻りたかった。


【燈馬】

「ははっ……ほんっと――“良い世界”だココは……」


それは今の俺にとっては最高の世界に感じられた。


こんなにも味がして、こんなにも色のある世界に俺はこうして、いるのだから――。


【燈馬】

「……でも、“このままじゃ終われない”よな……?」


ソファーに座りながら俺は決心していた。


例え、燈馬がくたばったとしても――。


瞑や葉子、茂に松之助――。


“アイツらだけ”は、守らなきゃいけないと。


特に――“瞑だけは特別”に強く思う。


【燈馬】

「“悪役の最後”は……」


【燈馬】

「せめて――“格好良く終わろう”じゃないか……」


きっと恋を切っ掛けに、この物語は終わってしまう。


“主人公のメインヒロインを奪った代償”は……。


きっと――“とてつもなく大きい”。


全てのハッピーエンドを“一撃で破壊”する。


そんな気がしたのだ。


【燈馬】

「あぁ……本当は“瞑と幸せな日々”を送りたかった」


例えそれが“偽物な関係”だとしても……。


それでも俺は――ハッピーエンドを望んでいた。


でも……きっと遅いのだ。いや――遅すぎる。


恋から崩壊は始まるのだ。


本作のメインヒロイン……“それを喰った”のだ。


もう……俺は後戻りは出来なかった。


【燈馬】

「ちっくしょう……なんでだ――なんで、こんなコトに……」


悔しいが、きっと……きっと……“終わりが近い”。


進み出した物語はもう止まらない……。


――ツゥ……タラ……。


【燈馬】

「ッっ――? ははっ……おいおい――“泣いてんのか俺”は……?」


俺の頬に伝う生ぬるい一筋の線。


【燈馬】

「はは――バカみたいだ……“こんな歳になって”……」


俺は泣いていた。


【燈馬】

「クソッ――ったく……涙脆くなって仕方ねぇや」


年を重ねる毎に涙脆くなるものだ。


本当に年は取りたくないと、俺は思っていた。


分かってはいても、やっぱり終わるのが嫌だった。


終わるのは怖くは無いのに、嫌な気持ちは強くあり続ける。


誰かこんな俺を助けてはくれないか――?


そんなコトすら思うが、きっとそれは叶わない。


これは“自分で解決する問題”なのだから――。


だから――。


この物語の最後……。


その最後には、“情けない死に様”だけはせめて……。


“してやらない”と決めていた。


【燈馬】

「ふぅ……そろそろ朝飯の準備でもしようかね……」


俺はそんな覚悟を決め、お腹が空いたので朝食作りに向かう。


その時だった――。


ピンポーン……。


【燈馬】

「あら……? 誰だろう――?」


ピンポーン……ピンポーン……。


【燈馬】

「ちょっと待ってくれよ?! 焦らせるなって」


ピンポーン……ピンポーン……ピンポーン――。


【燈馬】

「あ〜はいはい、今出ますよっと!!」


インターホンが鳴りまくり、俺は急いで玄関まで足を運んだ。


【燈馬】

「はいはいはい……どなた――?」


カチャッ……キィイィ――。


【瞑】

「――はいはいはいじゃ無いわよ……燈馬」


【燈馬】

「め……瞑――か……」


【葉子】

「――それに、私もいるわよ? 燈馬」


玄関のドアを開けると、ソコには二人がいた。


とてもとても長い黒髪に手を当て、呆れた様子な瞑の姿と――。


なんだか心配そうな様子を窺わせる葉子の姿……。


【燈馬】

「あ……おはよう、二人共……ははっ――」


今の俺には会いたくない、そんな二人だった。


昨日の恋とのコトがあるのだ……。


なんだか気まずい気がしてならない……。


【葉子】

「いいから、“家に上げなさいよ”……燈馬」


【瞑】

「まぁ……私はそのまま勝手に上がるけどね」


――タッタッタッ……スッスッ――カタッ……。


【燈馬】

「ちょ――?! えっ……? マジで上がってるじゃん」


瞑は俺の横を自然と通り抜け、玄関に靴を置き、家の中へ入っていった。


【葉子】

「はっ――そんじゃ、私も……」


――タッタッタッ……スッスッ――カタッ……。


【燈馬】

「えっ……?」


気がつくと二人はスタスタと、俺の許可を得ずに、家の中に吸い込まれていった。


【燈馬】

「なんか……二人共……“キレて”ない――?」


玄関前で一人残された俺は、なんとなく察した。


恐らく……二人はお怒りな様子なのだと。


――パタンっッ……カチャッ――。


俺は玄関のドアを閉め、鍵を掛けた。


【燈馬】

「はぁ……次から次と――展開が目まぐるしく変わるなぁ……」


【葉子】

「んっ――燈馬、“アンタなんか言った”?」


【燈馬】

「いや、言っておりません!!」


【葉子】

「そっ……? それより、アンタも来なよ?」


【燈馬】

「はい……今行きます……」


俺は昨日のコトを、なんて喋ればイイのか、全く分からなかった。


【瞑】

「うっふふっ――“少しお話しましょう”?」


【瞑】

「ねぇ……“燈馬”」


【燈馬】

「…………」


まるでそれは昨日の恋との会話の様だった。


お話しましょうとか言って――結局……。


【燈馬】

「あぁ……“俺も話したい事がある”」


俺はこの場から逃げ出したかった。


でも……逃がしてくれる、ワケがない事は知っている。


もう退路は残されてはいない――。


後は、勇気を持って――進んでいくだけ。


――こうして俺は、瞑と葉子と対峙する。

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