“回避不可”の危険な罠にハマる。

〈姫乃恋の自宅・恋の部屋・夜〉


――学園の下駄箱前で姫乃恋と遭遇した俺は、その後、腰痛が大爆発し……。


無様に姫乃恋に肩を貸され、情けない姿のまま、学園を後にした。


……その途中、ポツポツと点在していた学園生達は、とても驚いた様子で俺達を眺め、ヒソヒソ話をする者もいた。


俺は、それがメチャクチャ恥ずかしくて、本当に穴があったら入りたい気分だった。


そして今の俺は――。


ピンク色に染まる、恋の部屋の中にいた。


……恋の部屋はとてもとても甘い匂いが漂い、なんだか俺は頭がクラクラしていた。


俺は恋にベッドに寝かせられ、少しだけ待機を命じられる。


甘い匂いがより濃い場所は、今俺が寝ているベッドだった。香水なのか、女の子特有の謎の甘い匂いなのか……。


野郎の俺には分からない――。


しかし、確実に言えるコトが一つだけあった。


……瞑の“秘密の遊び部屋”とはまた違う、色んな意味で“危険な匂い”が鼻腔を強く刺激し、脳がフワフワしてクラクラする甘い香り。


野郎の俺には、この甘い匂いは非常に危険だった。


姫乃恋の部屋は、瞑の秘密の遊び部屋に匹敵する、そんな強烈な破壊力があったのだ……。


確実に言えるコトは、“ココにいてはイケナイ”。


――ただ、その一点だった。


【燈馬】

「はぁ……ぐッ――痛ッ――てて……っ」


【燈馬】

「……“ヤバいぞこの部屋”――ほぼ全てがピンク色で染まってやがる……」


俺は腰の痛みを感じながら、恋の部屋を眺める。


濃いピンクに淡いピンク……。


色んなピンク色をした動物のぬいぐるみ達。


そんなぬいぐるみ達に、俺は囲まれていた。


中身、三十路のオッサンにはキツすぎる世界観だった。


現実世界の俺の自室は、簡素なベッドにパソコンが一台あり、衣服や生活用品は全部、プラスチック製の収納棚に突っ込んだ、シンプルな部屋だった。


二十代の頃はアレコレとモノを買って、部屋の中は様々なモノでゴチャゴチャしていた。


でも……オッサンになった頃には断捨離をし、必要なモノ以外は全て処分したのだ……。


そのまま、無職になり――。


しょうもない死を迎え、ナゼかココにいる。


色んなモノが部屋に置いてあり、少し圧迫感を感じる恋の部屋は、昔の俺の部屋と重なって見えて、懐かしく感じられた。


……ふわぁ〜〜。


そんな事を考えながら、俺は少しだけ体を動かした。


すると、一気に恋のベッドから酷く鼻腔を擽る甘くて脳が蕩けそうな匂いが、一気に弾け飛んだ。


【燈馬】

「ぐぅ〜〜っッ?! ……はぁ、ハァ、ぐぅあっ」


【燈馬】

「んなっ――なんだコノ……クッソ甘い匂いは……」


それは野郎の俺には悶絶級の甘い香りだった。


ふわっと香り、ブワッ――と、脳ミソに突き抜けて、全身に駆け巡る、危険で危ない匂い――。


ドクドクっ、ズキズキする腰痛を緩和するレベルの、強烈で過激なほど匂う魅惑の香り。


ムラムラとは違う、とにかく危険な甘い匂いがした。


俺は、ベッドで悶え続けるだけになっていた。


――暫くし、恋は自分の部屋に戻ってきた。


【恋】

「……ごめんね? ちょっと遅くなっちゃった」


【燈馬】

「――はぁ、ハァ、はぁ……いや、大丈夫だ」


恋は水を張ったピンク色の桶を持ち、淡いピンク色のタオルも用意していた。


色んな汗をかく俺に、どうやら気を利かして、体を拭く道具を持って来てくれたのだろう。


【燈馬】

「あらら……凄い汗かいてるね?」


【燈馬】

「わ……わり――“腰痛が酷くて”な……うん……」


俺は雑な嘘を吐いた。


本当は腰痛なんかよりも、お前の部屋の瘴気にさらされて、悶えていたとは言えない……。


【恋】

「そう、辛そうだけど“汗拭こうか”……?」


【燈馬】

「わりぃ……汗臭いよな? ホントごめん……」


こんな甘い部屋に、野郎の汗の臭いは似合わない。


そんな事を考えて、俺は少しだけシュン……となった。


【恋】

「ううん……? いいよ大丈夫だよ、燈馬くん」


恋はとてもとても、優しい声で俺を気遣ってくれた。


きっと……俺が未完のWEB小説の本当の主人公だったら、間違いなく惹かれていた。


でも、すんでで留めてくれるのは、瞑の存在だった。


俺にとっては初めての相手だった。


その気持ちが必死に、妙で変な気を起こさない様、俺を留めてくれていた。


【燈馬】

「……すまねえが、“濡らしたタオルだけ置いて”、部屋から出てくれないか?」


俺は恋にあらぬ感情を抱かない様に、防衛策を張った。


【恋】

「う〜ん……“それはイヤ”かなぁ〜?」


【燈馬】

「んなっ――なんで……?!」


このまま、すんなり下がってくれるだろうと、甘い期待をしていた。


だが、俺の考えはすぐに破綻する。


【恋】

「なんでって……“言った”よね?」


【燈馬】

「なっ――ナニを?」


【恋】

「“少しだけ”……“お話しよう”って――?」


【燈馬】

「あ……あぁ、そうだったな……」


俺は、なんだか本当に“厭な予感”がしていた。


下駄箱前で、俺は恋に伝えた。


“変な気は起こすな”よと……。


確かに俺は、そんなコトを伝えたはずだ。


果たして、“変な気や変なコト”は“本当に”――。


起こらないのだろうか――?


俺はドンドン大きく膨らむ厭な予感に、心をジワジワと蝕まれていった。


【恋】

「いいから……私に“黙って体を拭かれて”……?」


【恋】

「うふふっ……? “そのままお話”しましょ?」


【燈馬】

「……“変な気”は起こさないでくれよ――?」


【恋】

「起こさないよぉ〜〜? “大丈夫だから”ね?」


その大丈夫は世界一信用がない言葉なのだ。


赤髪で三つ編み姿の恋。


そんな恋のピンク色に輝く瞳は――。


妖しく、ギラギラと輝いていた。


あま〜い、あま〜い、とっても甘い香りを漂わせ、恋はジワリジワリと、俺の元へと迫り――。


……恋は耳許で呟く。


【恋】

「はぁ……“変な気は起こさないけど”……ふふっ――」


【恋】

「んっ――ふぅ……“キモチイイコト”しちゃうよ?」


【燈馬】

「……おっ――お前……“一緒”だろそれ……?」


【恋】

「――違うよ? “変なコト”じゃないもん……」


【燈馬】

「……はぁ――マジかよ……どうしてこんなコトに?」


俺はまんまと恋に嵌められていた。


こんな事ならば、這いつくばってでも一人で、自宅まで足を運ぶべきだったと、俺は大きく後悔していた。


【恋】

「うっふふ……それじゃあ……」


【恋】

「“楽しいコト”……しましょ――?」


俺はここで“バッドエンドを確信”していた。


張り詰めた緊張感の中――。


死亡フラグのトリガーは引かれ……。


ハッピーエンドの道から、一気にバッドエンドへ。


そんな選択肢を思いっ切り、間違えた気がして、俺は青ざめていた。


そのまま俺と恋は……。


〈恋の自宅・恋の部屋・明け方〉


――結局あの後、俺と恋は外が明るくなるまで……。


“色んなコト”をしまくった。


【恋】

「ふふっ? “腰痛は大丈夫”かな――?」


そんな問いに俺は。


【燈馬】

「おかげさまで……なんとかな?」


【恋】

「うふふっ、それはよかった――」


【燈馬】

「いや……うん――助かったわ……ほんっと――」


恥ずかしい話だったが、恋に座薬をぶち込まれ、それが物凄く効いて、腰痛がかなり楽になっていた。


しかし――俺は恋と“そんな関係”になってしまった。


俺には瞑がいるハズなのに……。


まんまと甘いワナにハマり、色んなコトが起きた。


【恋】

「燈馬くん……? “コレからも恋”と……」


【恋】

「“仲良くしてね”……?」


【燈馬】

「うぐっ――?! い……いや――俺、“彼女いる”んですけど……?」


そう……俺には瞑がいるのだ……。


小柄で可愛くて、とてもとても綺麗な瞑が――。


【恋】

「そんなの関係ないよ? “私が仲良くしたいの”」


【恋】

「それに……“ココまでしといて”……“捨てるの”?」


……本当に厭な言い方だった。


こういう時、どうしたらイイのか……。


俺には全く分からなかった。


だって瞑が初めてで、初めてトキメキを感じた、そんな相手だったのだから。


初めて尽くしの今の俺には、この問題を解決出来るスベを持ってはいなかった。


【恋】

「燈馬くん……また、“ココに来て遊ぼうね”?」


【燈馬】

「はぁ……そうだな――“また今度”な?」


【恋】

「うん……“これからよろしくね”?」


【恋】

「“燈馬くん”」


【燈馬】

「……ハイ」


俺にはそう答えるコトしか出来なかった。


それに、“問題はまだある”のだ……。


今度は、“月宮雅”――。


“彼女と決別”しなくてはならない……。


“全ては瞑の為”に。


きっと“手遅れ”かも知れない現実に、頭を抱えながらも――。


俺は“物語の結末へ”と……。


ひたすら前へ前へ――進んでいく。

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