死亡フラグに繋がる分岐点。

〈空発学園・下駄箱・夕暮れ時〉


――もうすぐ日が落ち、薄暗くなる逢魔時。


俺の目の前には、赤髪で三つ編みを妖しく夕日に照らした、姫乃恋の姿……。


【燈馬】

「――あのさ、ゴメンだけど、俺早く帰りたいんだわ」


俺は上履きを素早く下駄箱へ入れ、靴に手を掛けながら、恋にそう伝えた。


【恋】

「ちょっと待って? 少しだけでもお話しない?」


恋は玄関口に向かおうとする俺を、足止めする。


目の前を遮るように、両手を横に広げながら。


【燈馬】

「……悪いけど、そこを退いてくれないか?」


俺は早く家に帰らないといけない。


腰痛から身を守る、座薬の効果がもうすぐ切れる。


朱音先生は確かにそう言った。


早く帰らないと、また腰が爆発してエライことになるコトだろう……。


【恋】

「ふふっ……“どうしようかなぁ”……う〜ん……」


恋は目の前を遮り続ける。


俺に“接近する目的”はなんなのか――。


それは分からないが、恋は俺を引き留めようと、ナニかを考えている様子だった。


そんな恋に痺れを切らした俺は――。


【燈馬】

「本当に、“なんの用”が俺にあるんだ……?」


とりあえず、要件を恋から聞く事にした。


本当は早く帰宅しないとマズい状況だった。


歩いている途中で腰痛が大爆発したら……。


本当に一巻の終わりだ。


【恋】

「う〜ん、“それは来てからのお楽しみ”かな?」


俺はゾクゾクと迫り来る、厭な気配を感じていた。


姫乃恋は本当に綺麗で本当に可愛らしく、胸もバカでかくて、“正真正銘のヒロイン”だった。


濃いベージュ色な制服からは、まるで弾け飛びそうなくらい大きな膨らみを魅せ、とても肉付きがイイのだ。


瞑とはまた別の魅力があるヒロイン。


――そんなメイン級の恋に誘われたら、普通はホイホイ着いて行くものだろう。


でも、俺には同じくメイン級の瞑がいる。


だけど……。


“姫乃恋は危険”だ――。


俺の勘はそう告げているのだ。


だから俺は――。


【燈馬】

「ごめん、“アンタに一切興味無い”から」


【燈馬】

「だからゴメン、その誘いには乗れない……」


俺はハッキリと恋にお断りを入れていた。


普通の女の子なら、絶句するほど堪える返答だろう。


しかし……姫乃恋は――。


【恋】

「えぇ〜?! 結構、キズつくなぁ……その言葉」


【恋】

「ふふっ……でも、“私は気になる”んだよ?」


【燈馬】

「話聞いてる? 俺は嫌だって言ってるの!!」


――ズキッ!! ジンジンっッ――ピキッ――!!


【燈馬】

「あグッ――?! あっダダッ――くっ……そ、こんな時に――?」


俺はまた、腰が悲鳴をあげるのを感じていた。


鈍くて時折鋭い痛みを発する嫌な痛みが、腰に響き渡って、白目を向きそうだった。


確実に原因は、いきなり大声を出したコトにある。


【恋】

「あらら……大丈夫? 燈馬くん――」


……ススッ――スリスリ〜〜、サワサワっ〜〜。


恋は前屈みになった俺の背後に進み、優しく優しく、本当に悪意を感じない気遣いをしてくれた。


優しく背中を擦りながら恋は……。


【恋】

「ねぇ……“私のお家”、“ココから近いの”」


恋は俺の耳許で囁いた。


――なんともゾクゾクする、イイ声で囁くのだろうと感じ、同時に厭な気配も感じた。


どこか……“薄暗いナニか”を潜ませている気がしたのだ。


一体、燈馬と恋の間にナニがあるのか、見当もつかない。


でも、恋が燈馬を狙っているコトは理解出来た。


【恋】

「大丈夫……“変なコト”――しないから”ね?」


恋が呟いたその甘いセリフは――。


“この世で一番信用出来ないセリフ”だった。


【燈馬】

「ッ――ててっ――はぁ、ハァ……“ホント”だな?」


俺は腰痛で意識が次第に朦朧してきていた。


本当は絶対に、恋の誘いには乗ってはイケナイ。


絶対に――“死亡フラグが立つ分岐点”はココだ。


【恋】

「うん……本当よ? それより“酷い汗”だよ?」


……ピチャッ――ピチャッ――ポタッ……ポタッ……。


ツゥ――ポタッ……ポタッ……。


【燈馬】

「あ……あぁ……腰が痛くてなぁ……あぁクソッ――」


汗が吹き出すほど痛いぎっくり腰は、若い奴らには絶対に分からないモノだろう。


そんなやつも――年を重ねれば、ぎっくり腰になる確率は格段に跳ね上がり、一度でもなれば……。


癖になり、再発するようになる。


俺はまさか若い燈馬の体で、それを味わうとは思ってもみなかった。


【恋】

「それじゃ、“行こっか”――?」


【恋】

「燈馬くんに肩を貸してあげるからね……?」


【燈馬】

「クソッ――こ……腰が、イッ――テテっッ……」


本当は関わってはイケナイ。


でも……分かってはいても――。


今の俺は腰が痛すぎてそれドコロじゃない――。


確実に、恋と絡めば……。


“バッドエンド一直線”に進んでいく気がした。


この子は“主人公のヒロイン”なのだから。


俺はただの脇役な、悪役の一人に過ぎない……。


そんなヤツが、主人公サイドのヒロインに、お手つきでもしてしまえば、どうなるか……。


そんなことは、火を見るよりも明らかだった。


【恋】

「ほら、ゆっくりでいいからね? ゆっくりだよ……?」


恋はとても俺に優しく接してくれた。


とても、とても優しい言葉を掛けてくれて、そして、とても優しく肩を貸してくれて――。


本当は駄目だけど、恋にあらぬ勘違いをしてしまいそうだった。


きっと――本当の主人公も、こんな恋に惹かれたのだろう……。


恋はそれほど誰もが認めるくらい、完璧なヒロインだった。


【燈馬】

「――はぁ、ハァ、ぐぅ……悪い――“頼むわ”……」


そんな完璧なヒロイン様に、悪役である俺は――。


情けなく肩を借りる。


【恋】

「ううん……? 気にしないで……?」


【燈馬】

「あぁ……すまない――」


こういう緊迫したタイミングには、ヒーローはいつも現れない。


ヒーローはいつも、最後の最後にやって来て、美味しいところだけを掠って行くのだ――。


こんな時に……瞑や葉子がいないのは残念だった。


瞑や葉子がいたら、きっと――助けてくれた。


でも……俺は一人だった。


【恋】

「それじゃあ……“ウチで少し休んで”ってね……?」


【燈馬】

「あぁ……」


俺は理解していた。


腰の激しい痛みになんとか耐え、意識が朦朧している中で――。


カチャリと……厭な音がしたコトを。


“死亡フラグのトリガー”を引かれつつあるコトを。


“全てが終わり”へと向かう……。


そんな破滅の音が……頭の中で響き渡った。


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