逢魔時に出逢う。

〈空発学園・屋上〉


――昼過ぎの屋上は少し肌寒い。


天気はムカつくほどの快晴で、雲一つない空。


時折、強く吹く風が頬を強く刺す。


それでも俺は――幸せだった。


安物のタバコを手に取り、それを吸えたら上等。


そんな些細なことが俺には――。


“最高に幸せ”だった。


――バンッッ!! ピキッイィッッ――ンッ!!


【燈馬】

「――アンギャ〜〜ッッ!? あぎぎゃ……!!」


ぐら……ゴンッッ――ぐたっッ……。


俺はタバコを手に挟みながら、膝から崩れ落ちた。


屋上のフェンスの近くだった。


俺は脂汗を一瞬で吹き出しながら、タバコを下に落とさないように踏ん張った。


【葉子】

「な〜に、いつまでもタバコふかしてんのよ!!」


【燈馬】

「ガッ――ガヒッ――がっ……いっ――痛ってて!!」


葉子にケツを足でシバかれ、そのせいで限界寸前の腰が大爆発を起こしていた。


ずぅうぅ――ギィイィンッ――!!


グサッッ!! グサッッ!! ピキッっ!!


ピクッ……ピクピクッ――。


少し動くだけでも激痛が走り、呼吸がしにくい状況が続いていく。


俺は地面でもがき苦しんでいた。


【瞑】

「葉子……アナタねぇ……“馬鹿力”なんだなから、手加減しなさいよ」


【葉子】

「……うっさい!! アンタも十分、馬鹿力なのよ!!」


――ずぎぃいぃッッ!! ズギッズギッッ――!!


どくっどくっどくっ――ピキッ――ズキンっッ!!


【燈馬】

「かはっ――ァ゙〜〜ま――まぢでぢんぢゃうぅ〜〜」


これはもう……あの忌まわしき、“ぎっくり腰”パターンだった。


まるでナイフでグサグサ何度も何度も、ぶっ刺され、謎のピキピキ背中が鳴り、ピーンと、筋肉が強張り、引っ張られるような強い痛み。


現実世界の俺が、何度も喰らったアレと同じだった。あの息が出来なくなるレベルの痛みは――。


頑丈な燈馬の体を持ってしても、耐えられない。


ぎっくり腰は、想像を絶するほどの痛みを与える。


それはもう……拷問に近いモノだろう。


【瞑】

「燈馬……大丈夫? 保健室に運んであげよっか?」


「燈馬」

「あがっ――ぐっふっ、そ……そうしてくれると、助かる」


俺は一人で立ち上がるのも、しんどかった。


【葉子】

「ったく――“今のアンタはホントに弱い”わね……」


【葉子】

「仕方がない――瞑? 反対側抱えて?」


【瞑】

「う……うん!! ほら、行くよ? 燈馬」


【燈馬】

「かたじけねえ……ちょっと――頼んまさぁ……」


【葉子】

「なんでそんなに大昔っぽい口調――?!」


【燈馬】

「うっせぇ……こちとら、意識が朦朧して、頭んなか、痛みで一杯で一杯で……」


ぎっくり腰は本当に痛いのだ。意識が吹っ飛びそうになるくらい、本当に痛い。


あまりの痛さに俺は口調までオカシクなった。


【瞑】

「早く運んであげましょう?」


――ズキンっッ!! グサッッ!! ピキッッ!!


【燈馬】

「ガッ――はぁ、ハァ――瞑……頼んだぜ……」


――ぷるっ……ぷるぷるっ……がたがたっ……ぴと……。


【燈馬】

「――すぅ……ふぅ……。俺は――もう駄目だ……後は――頼ん……だ――ぞ……」


ぷるぷるっ……ふわっ――ポタッ……コロコロ……。


ぐたっ――。


【瞑・葉子】

「“死ぬなぁ”〜〜燈馬ぁーー!!」


意識を吹っ飛ばす瞬間――。


俺は青空へ顔を向けながら……。


一口のタバコをふかした。


そのまま俺は――。


〈空発学園・保健室〉


――“どこか懐かしい匂い”がした。


そう……これは薬品棚から漏れる薬っぽい匂い。


きっと……あの後、ぎっくり腰の痛みに耐えきれず、意識をふっ飛ばした。


そのまま俺は目を覚ます。


……どこか懐かしい匂いがする部屋の中で。


【???】

「ふぅ……やっと“目を覚ました"な? オマエ……」


【燈馬】

「んぇ……ハッ!? あれ……? さっきの保健室の先生……?」


【???】

「あぁ、そうだ、アタシは保健室の先生さ……」


――俺は保健室の中にいた。


薬品の独特な匂いに誘われて、目を覚ますとそこには――。


屋上でタバコを吸っていた、赤髪を後ろに結った先生がいた。


【???】

「なぁ……燈馬? お前……“なんかあった”だろ?」


先生は唐突にそんなコトを聞いてきた。


きっと、俺のよそよそしい感じを、感じ取ったのだろう。


俺は素直に先生に話す事にした。


【燈馬】

「えぇ……“記憶が何故か無くなり”まして……」


素直に俺は先生に伝えた。


【???】

「ふ〜ん……“記憶が無い”……ねぇ――」


先生は自分の口許に手をかざし、ウ~ンっと、ナニかを考えていた。


そのまま暫しの時間が経ち――。


【???】

「――そうだな、まずは“自己紹介をしよう”」


【燈馬】

「はい、よろしくお願いします」


【???】

「あ〜っ!? なんか調子狂うな……まあイイや」


先生は一瞬、発狂しかけていた。


おそらく俺が本当に、よそよそしく感じるのだろう。


【???】

「アタシの名前は猪原朱音だよ」


【燈馬】

「いばら……あかね――なるほど……分かりました」


赤い髪に良く似合うイイ名前をしていた。


【燈馬】

「それで、いつもはなんと、呼んでいるんです?」


俺はすぐに先生に問い掛けていた。燈馬とこの先生の間にある、接点が知りたかった。


【朱音】

「あ”っ――? “朱音先生と呼ばせている”」


【燈馬】

「そ……そっすか――分かりました、“朱音先生”」


【朱音先生】

「ほら……猪原先生とかだと、“可愛くねぇだろ”?」


――がくっッ!!


【燈馬】

「“ソッチ”っすか……?」


【朱音先生】

「ナニ驚いてんだ、テメェ? ぶっ飛ばすぞ?」


【燈馬】

「あ、いや――“乙女な感じ”なんっだなって?」


怒らせそうだけど、俺はそれを伝えたかった。


【朱音先生】

「なっ――なんだよ、アタシも女だっての!!」


【燈馬】

「ふふっ――ソッチの方がイイんじゃないですか? 朱音先生」


屋上で遭った時の朱音先生より、ずっと良く見えた。


なんだかこう……モジモジし始めて、可愛らしい人に見えた。


だけど――。


【朱音先生】

「……そっか――じゃあ……“アタシとする”?」


朱音先生は急に、ベッドで寝ている俺に急接近してきた。


少しでも動けば、口と口が触れ合う距離まで。


【燈馬】

「なっ――いや、“遠慮しときます”……」


――スゥ……カタンッ――。


【朱音先生】

「ふふっ――お前、結構、意気地なしなんだな?」


朱音先生は俺から離れ、椅子に座った。


【燈馬】

「ふぅ……俺には“彼女いるんで”」


朱音先生と初めてのキスは、タバコの味がした。


そんなロマンチックもイイけど、俺には瞑がいた。


瞑をこれ以上……裏切るわけにはいかない。


【朱音先生】

「あぁ……“瞑”な? ふふっ――しかし……」


【朱音先生】

「“お前と瞑”は本当に“似合わない”な――」


唐突にそんなコトを言われ、俺はポカーンとした。


【燈馬】

「ど……“どういう意味”ですか……?」


なんだか、聞きたいような聞きたくないような。


そんな二つの感情が出てきて、喧嘩を始めていた。


俺は妙に緊張してしまい、思いっ切り身構えた。


【朱音先生】

「ははっ――?! “面白いコトを言うねお前”」


【燈馬】

「勘弁してくださいよ、記憶が無いんだから」


【朱音先生】

「バカだな――オマエは……“本当に”」


俺は意味が全く理解出来なかった。


【朱音先生】

「お前が記憶があろうが、無かろうがドッチでもイイんだよ」


【朱音先生】

「オマエ……“言ってた”よなぁ? アタシによぉ?」


【燈馬】

「んなっ――?! なっ――“ナニを”……?」


【朱音先生】

「ふぅ……なら言ってやるよオマエに――」


すぅ……と朱音先生の目つきが鋭くなり、温かいはずの保健室の室温がグッと冷えた気がした。


なんだか、物凄く厭な話をされそうで、俺は本当に怖くなっていた。


【朱音先生】

「最近……“月宮雅に気があるコト“」


【燈馬】

「ゴホッ――ゲホッ――ガッ――ゴホッ……?!」


俺は思いっ切り咳き込んでいた。


体はその話を聞きたくないと、強烈な拒絶をみせて。


【朱音先生】

「そして……オマエ――“瞑のコト”……」


【燈馬】

「っぐっ――」


厭な気配は、ドンドンと俺に向って牙を剥く。


迫りくるナニかの気配を察知し、俺の体は強張っていた。


【朱音先生】

「“少し付き合うのがツラくなってきた”と……」


【燈馬】

「……“そんなコトを”――俺が……?」


【朱音先生】

「あぁ……そうだ。こうして、“お前とココ”で話をした」


【燈馬】

「どうして俺は……そんなコトを?」


【朱音先生】

「さぁ……な? 雅と逢う度に、“お前達は惹かれ合った”んだろう」


【燈馬】

「そっか――ははっ……はっ――“変な感じ”……だ」


未完のWEB小説上の燈馬は“月宮雅に恋を抱き”、燈馬にすり替わった“俺は瞑を想って”……。


“全く違うストーリー”が始まっていた。


【朱音先生】

「それで……“オマエはどっちを取る”んだ?」


最後の質問になる気がした。


俺は迷わず――朱音先生に伝える。


【燈馬】

「もちろん――“月夜瞑”ですよ」


【朱音先生】

「そっか――ならいい。お前から“強い意思を感じたよ”」


【燈馬】

「当たり前です。“俺は瞑の彼氏”ですから……」


例え、“仮初めの存在”だとしても、俺は瞑を選ぶ。


だって――瞑は“俺の初めての相手”だったのだ。


不本意ながらのコトだったかも知れない。


でも……俺はそれを大切にしたかった。


【朱音先生】

「――きっと、“瞑は止めるだろう”」


【朱音先生】

「だけどお前は、近い内に月宮雅と会って、関係をキッパリ絶ってこい」


朱音先生の言う通りだった。


ダラダラと関係なんて続けられない――。


俺はいずれ、月宮雅とちゃんと話をつけに行く事になる。


それはきっと……嫌でも。


【燈馬】

「分かりました。“キッパリ関係を終わらせます”」


【朱音先生】

「それでいい。あんま“瞑を悲しませんな”よ?」


【燈馬】

「……分かってます」


俺は決意していた。


――ナニがあろうとも、瞑の側にいようと。


【朱音先生】

「あと、痛み止め、お前に飲ませといたからな」


【燈馬】

「あ、ありがとうございます」


そういえば俺はいつの間にか、厄介な腰痛が軽くなっていた。


【朱音先生】

「それと……もう、夕方だ。お前がいつまでも、起きないから、アタシも帰れないで困ってたんだ」


【燈馬】

「それはすいません……。それと、もう夕方?」


俺はかなりの時間寝ていたらしい。


保健室には俺と朱音先生だけだった。


【朱音先生】

「あぁ……そうだ、“アイツらなら先に帰らせた”ぞ」


【燈馬】

「そっか……それは悪い事をしたな……」


みんなが帰る前に目を覚ましていたら、お礼を言いたかった。


だけど、誰もいなければ意味がない……。


俺はとてもそれが残念でならなかった。


【朱音先生】

「燈馬、お前もさっさと帰れよ?」


【朱音先生】

「それと、痛み止めは“ケツにぶち込んで”いたけど、ソロソロ効果も半減だろうから、マジで帰れ」


ガクッ――。


【燈馬】

「飲ませたって……“座薬”の方すか……」


【朱音先生】

「あぁ、でも厳密にはアタシじゃなくて、“瞑がぶち込んでた”な」


【燈馬】

「なるほど……分かりました。帰ります!!」


【朱音先生】

「あぁ……帰る前に、湿布やるよ」


――ガシッッ!! ぽ〜〜んっ――。


バサッ――。


【燈馬】

「あ……どうもです……」


朱音先生は、雑に湿布の入った袋を投げてきた。


【朱音先生】

「悪く思うなよ? こっちはタバコ吸いたくて吸いたくて吸いたくて……震えてんだから……なぁ?」


朱音先生は歯ぎしりしながら、本当に震えていた。


もう――吸いたくて、吸いたくて、震える。


どっかで見たことある、歌みたいな状態だった。


そんな俺も、タバコの話を聞いて、吸いたくなっていた……。


【燈馬】

「それじゃ……ありがとうございました。」


【朱音先生】

「――あぁ、寄り道せずに帰んな? じゃあな」


朱音先生は、シッシッ――っと、追っ払うように手を降っていた。


【燈馬】

「そんじゃ――さようなら」


そのまま俺は保健室から退出する。


出来る事なら……何事もなく――。


帰宅できるコトを祈って……。


〈学園・下駄箱前〉


――ここを抜ければ後は外に出るだけ。


俺は急ぎ足で玄関口を目指していた。


しかし――“それは起こる”。


【恋】

「ねぇ……燈馬くん? “また遭ったね”?」


【燈馬】

「……姫乃――恋か――」


一番会いたくない相手と出くわした。


すっかり日が落ち、日中から夜へ変わる……。


そんな――逢魔時に。

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