三十路からの学園生活。

〈学園へ向かう途中・お昼〉


――俺達は、ゆっくりと学園へ向かっていた。


【葉子】

「はぁ……少しヒリヒリして変な感じ……」


葉子は自分のお尻を擦りながら、ゆったりと歩く。


【燈馬】

「まぁ……ご愁傷さまだ――葉子」


葉子は瞑に……。


俺も葉子も、“フルボッコ状態”だった。


そう……“色んな意味”で。


人には口が裂けても言えない、“そんなコト”をしていたのだ。


そんな葉子を横目に、ふと……俺は気がつく。


【燈馬】

「そういえばさ……? “スマホ”とかないのか?」


【葉子】

「は……? スマホ? “いつの時代のモノよ”……」


【瞑】

「燈馬は記憶飛んでるから、分からないか」


【燈馬】

「は……? え……? ど……どういうコト?!」


【燈馬】

(す……スマホが――この世界には無い?!)


俺は激しく動揺をしていた。どこか、この世界はオカシイとは感じていた。


その正体はそれだった。


【葉子】

「いやいや……瞑、ソコかよ突っ込むところ……」


【瞑】

「えっ……? どういうコト葉子……?」


【葉子】

「いや……なんで“記憶が無いコイツ”が、そんな古いコト知ってんのよ?」


――ドキッッ!! ドッドッドッドッド……!!


この話題を広げるのはマズいと感じた俺は、心臓をバクバクさせながら、適当に答える事にした。


【燈馬】

「いや……なんか昔どっかで、そんなモノがあったと見た気がしてさ?」


【葉子】

「ハァ……意味分かんないマジで――」


【葉子】

「そんな必要の無い記憶より、“本物のアンタの記憶”思い出せよ?」


【燈馬】

「……そ、そうだな……間違いない」


俺に燈馬の記憶などあるワケない。


なぜだか知らないが、俺の魂は燈馬の体に入り込み、ただ……すり替わったのだから。


アリもしない記憶は思い出せないのだ。


【瞑】

「私はいいよ別に。“今の燈馬も好き”だから」


【葉子】

「はぁ……こんなヘニャヘニャになった燈馬を?」


【燈馬】

「ゔっ――」


ズキッ――!! ズキンっ!! ズキンっッ!!


そんな葉子の言葉に、俺の腰は急に痛み出した。


この感覚……“過去にも経験”があった。


これが続くと……“ぎっくり腰に発展”してオワル。


昔の苦い記憶が脳裏によぎる。


それは無職ではなく、必死に働いていた時の記憶。


どうしても休めなくて、鎮痛剤を噛み砕き、腰に湿布を貼り、腰ベルトをキツく締めて……。


脂汗を浮かべながら働いた“あの時の悪夢”を……。


本当にちょっと動いただけで、ナイフで腰をぶっ刺されたような痛みがズッ――ギィイィ!!


と……走って、本当に地獄だった。


【瞑】

「そうね……“また新しく燈馬と出逢えた”と思えば問題は無いわ」


【葉子】

「それ……マジで言ってる?」


【瞑】

「うん、マジだよ……? なんで?」


【葉子】

「今までのアンタと燈馬の“思い出が全て”……」


【葉子】

「“無くなってしまった”のに――?」


【燈馬】

「…………」


その件に俺は口を挟む事は出来ない――。


【瞑】

「うん……無くなったら、“また作ればイイだけ”」


――ドックゥンっッ……!!


俺は瞑のそんなカッコいい言葉に、胸を打たれた。


なんてカッコいい事を言うんだと……。


そして、葉子は――。


【葉子】

「瞑……アンタ――カッコ良すぎだろ」


【葉子】

「私は嫌だな……“今までの思い出が”……」


【葉子】

「――“全てリセット”だなんて……」


葉子は少し悲しそうな表情を浮かべ、俯いていた。


どこか……俺の目からは、虚ろな目をしている様子に見え、コッチまでシュン――と、させられた。


【瞑】

「気持ちは分かるけど、“無いモノはない”のよ」


瞑は優しく葉子にそう言った。


――そっと、葉子の側に近づき、腰辺りを優しく擦り、軽くポンポンと叩き、慰めていた。


【葉子】

「そうだね……うん」


【瞑】

「だから、これから“たくさん思い出を作るの”」


俺はなんだかジーンときていた。


なんだろう、“この青春”は……と。


燈馬の中にすり替わった、三十路を迎えているオッサンの俺に――。


なんだか……“春がやって来た”。


そんな気がしてならなかった。


――学園に向かう途中、俺達は本当にたわいない話を交わした。


スマホが無い件は瞑が教えてくれた。


今の日本は、“スマホは全て廃止された後の世界”。


との、コトだった。


失業者が溢れ返った日本は、遂に大きく舵を切り、超強行な政策を実施した。


それが、“ほぼ全ての日本人”を対象にした――。


“超高度人材育成プロジェクト”だった。


小中高は大幅に義務期間が延長され、高校になると、卒業は二十歳を超える。


大学は3年間までになり、実質仕事を半分しながらの勉学に勤しむコトになるらしい……。


この未完のWEB小説で描かれる日本は、現実世界の日本よりも強くなろうとしていた。


日本政府が描いた日本の姿は――。


“無職がいない世の中”。


誰もが夢やチャンスを追い求められ、自信に満ち溢れた人生を送れるような、そんな理想な世界。


それがこの未完のWEB小説の中の日本だった。


そして、なぜスマホが消えたのか……。


その理由は、あまりにも便利なモノを使ってしまうと、”破滅に向かう“からだという。


便利過ぎる世の中は素晴らしいコトだろう。


しかし――便利過ぎると、破滅へ向かっていく。


少し不便な方が人にとっては良いと、日本政府は考えたのだろう。


現実世界の俺も、スマホを四六時中使っていた。


スマホが無い、世界なんて考えたコトもなかった。


便利過ぎる世の中にどっぷり浸かり、ジワジワと生活の一部にすり込まれる。


そのままゆっくりと……破滅へと向かっていく。


タバコと一緒のような強烈な依存性に快楽――。


スマホとはそれほどまで強烈で、ジワジワと人を蝕んでいく。


そして便利と引き換えに、ナニかを奪ってしまう。


そんな……悪魔じみたアイテムだった。


そして今は、時計中心で動く生活なのだと言う。


もちろん、パソコンはこの世界には存在する。


スマホは消えて、消えかけていた、公衆電話は爆発的に増えた。


また世界は一周する。


便利な日常から不便な日常へ――。


〈学園前・正門〉


――俺達は遂に学園前へと辿り着いていた。


【瞑】

「さて……ようこそ、空発学園へ」


妙な名前の学園だった。空発学園……。


さすが、未完のWEB小説の中の世界だった。


ネーミングセンスが微妙で、俺は心の中で頭を抱えた。


【葉子】

「ここは、“空白開発都市”なのよ……」


【燈馬】

「は……はぁ――そっすか……あ、はい……」


きっと、この物語を書いてエタらせたドコかの無名作者は、名称を考えるのに嫌になって、適当にやっつけで考えたのだろう……。


WEB小説では良くある事だ。


好き勝手、書き散らかして、書けなくなって……。


失踪して、読者を置いて消えていくのだ。


【瞑】

「“空白と開発”を合わせて、空発学園なの」


【燈馬】

「な……なるほどね? あ――うん……はい」


本当にやっつけ仕事で考えたのだろう。


つまり、作者はこれから発展を遂げる都市として、空白地域と開発地帯を組み合わせ、適当に組み合わせた……。


きっとこの謎の地域は、昔まで栄えていなかった。

そして、公共機関も少なく過疎化が進んだ地域。


そこを政府の大改革で開発地帯として、リスタートさせた……。


俺の読みはそうだった。


きっと、作者はそんな世界観を描きたかった――。


でも、途中でエタらせて……失踪を決めたのだ。


【葉子】

「さて……行こっか? 二人とも」


葉子のそんな言葉に俺は、自分の世界から抜け出す。


【燈馬】

「そうだな……行こう」


【瞑】

「えぇ、行きましょ」


そうして俺達は、バカでかい学園の中へと足を運んだ。


現実世界で通った男子高校なんて、比にならないくらい、大きくて広い空発学園。


正門は誰も居らず、ガラリと閑散として、既にお昼過ぎの授業が始まっている気配がした。


〈空発学園・内部〉


――俺達は学園の建物に入り、カタカタと足音を鳴らしながら、長い廊下を歩いていた。


廊下の両サイドには階段があり、そのまま階段を上がっていく俺達。


【葉子】

「今から授業に参加するのもなんだしさ……」


【瞑】

「ナニ……葉子? 授業サボる気?」


【葉子】

「いや……アンタのせいで遅れたんだからね?」


【燈馬】

「まぁ……確かにね……?」


【瞑】

「それで? これからどうするの葉子」


瞑は葉子の言葉を完全に無視していた。


悪びれる様子も微塵も見せない瞑に、俺はただただ、苦笑いを浮かべた。


【葉子】

「そうだね……“屋上でも行こう”か」


【燈馬】

「おいおい……昼間になって、少しだけ暖かくはなってきたけど、まだ外は寒いぞ?」


外から中へ、そしてまた外へ……。


それが春や夏ならば良かったが、今は冬のように寒い時期だ。


少しだけ俺は億劫だった。


【葉子】

「言っとくけど、“この学園に喫煙所は無い”わよ」


【燈馬】

「ぐがっ――?! あ……ががっ――?!」


【葉子】

「なに、そのずっと吸ってました、みたいな人の反応……」


この学園に喫煙所が無いのは緊急事態だった。


俺は手のひらを返すように……。


【燈馬】

「行こうぜ、屋上!! マジ屋上!!」


【瞑】

「あら……急に元気になった」


【葉子】

「変だな……燈馬って、タバコ吸ってなかったよね?」


【燈馬】

「バカ言ってんじゃないよ……えぇ?」


【燈馬】

「こんなクッソ寒い日々にウンザリなんだ」


【燈馬】

「吸わなきゃやってられっか――ってんだよ……」


俺は魂のマシンガントークをブチかました。


喫煙所が無いと分かった途端、俺は屋上を目指さくては行けないと、脳が囁やき出したのだ。


その衝動、止められないっッ!!


【葉子】

「いやいやいや……“ウチの親父”乗り移ってない?」


【瞑】

「うっふふ――確かに、“葉子のお父さん”みたい」


【葉子】

「うん……ウチの親父、ヘビースモーカーなんだよね……」


【瞑】

「あっはは――分かる分かる……凄いよねマジで」


【燈馬】

「そうなんだ、葉子の親父さんそんな吸うんだ」


階段を上がりながら、バカな話を交わす。


【葉子】

「あぁ……凄いよ。“タバコのため”に、“家で出来る仕事に転職した”んだから」


【燈馬】

「へ……へぇ〜〜そうなんだ……」


流石の俺も、そんなヘビースモーカーではなかった。


そんなこんなで俺達は、屋上のドア前に辿り着いていた。


〈錆びた屋上のドア前〉


――さっさとタバコが吸いたくて吸いたくて、震える俺は、ゆっくりと屋上のドアを開け……。


――ガチャッ……ギィイィーーっッ!!


ブワッッ――っッ!! ふぁ〜〜〜〜ッッ!!


肌寒い空気が俺達を出迎える。


ヒンヤリして冷たいが、とても心地のイイ風だった。


でも――なぜか、タバコのほろ苦い香りも混ざって……。


【???】

「なんだ……“オマエら”か――」


屋上には先客がいた。


とても赤い髪を後ろに結った、白衣姿の女が。


ソイツはタバコを片手に俺達へと振り向いていた。


【燈馬】

「だれ……アイツ?」


真っ昼間から哀愁を漂わせる白衣姿の女。


俺は少しだけ気になっていた。


【瞑】

「ふぅ……“保健室の先生”よ――」


【葉子】

「バカだねアンタ……いつも、“あの人にお世話に”なってんでしょうが?」


【燈馬】

「は……? どういうコト……?」


【瞑】

「ほら……“私達がボコボコにする”から……」


【燈馬】

「あ……そういうコトね? ハイハイ……うんうん」


俺は納得していた。きっと、今までも突っ掛かってきた学園の生徒をボッコボコにしてきたのだろう。


それで、病院送りになるヤツ、保健室に通うヤツ。


そんなヤツが多く出て、あの白衣の先生に迷惑を掛けている。


大体、そんなトコロだろうと俺は納得していた。


【???】

「ふぅ……燈馬――オマエ……ヤリ過ぎんなよ?」


【燈馬】

「は……はぁ――」


【???】

「第一、テメェよ……“このままだと死ぬぞ”」


【燈馬】

「まぁ……はい」


俺は分かっていた。きっと燈馬はヤリ過ぎて、最後の最後、自分がヤラれて死ぬのだから。


【???】

「まぁ、ヤリ過ぎねぇようにしな……?」


赤い髪を結って、メガネを掛けた保健室の先生は超口が悪かった。


でも、なんだかしっかりと忠告をしてくれる。


そんな、イイ先生だった。


【???】

「それと……そこの二人!!」


【瞑・葉子】

「は――はいっ?!」


そんな先生の興味は二人に向けられていた。


俺は驚いてビクつく二人を見て、苦笑いを浮かべる。


あんなに驚くコトあるんだなぁ〜と。


――ブンッッ――ふわぁ〜〜。


……バシっッ!! カラカラッッ――。


【瞑・葉子】

「んなっ――“なんですコレ”?」


先生はナニかが入った、小瓶を二人に投げて渡していた。


二人の手の中には緑色のドロッドロしたナニか。


そんな謎の小瓶を受け取った二人は固まる。


【???】

「あぁ……“オマエら必要”だろ?」


【葉子】

「なんですコレ……? なんか汚い緑色のドロドロした液体が……うげっ――?!」


葉子は空にその小瓶を向け、中身を見ていた。


そんな小瓶を透かして見た葉子は、物凄く嫌そうな表情を浮かべる。


【瞑】

「はぁ……なるほど――コレはきっと“媚薬”ね」


【???】

「おっ――察しがいいねぇ……チッチャイの」


【瞑】

「うぅ……それは余計ですよ先生――」


先生は瞑を煽るような発言をし、瞑は少し気を落としているようだった。


――ポンポンッ……。


【燈馬】

「大丈夫、瞑……お前は“とっても可愛いぞ”」


俺は歯が浮くセリフを瞑にいいながら、肩を優しく叩いた。


【???】

「ふふっ……アタシは綺麗には作れないが、“効き目”は凄いはずさ……?」


【???】

「あっひゃははっ!! これが完成したら、アタシはコイツを売っぱらって、大儲けさっッ!!」


【燈馬】

「だっ――大丈夫……? “この先生”……?」


先生は厭な笑みを浮かべ、イカれたように嗤った。


俺達はそんな先生の姿を見て、一歩下がっていた。


【瞑】

「たっ――多分……?」


【燈馬】

「なんだよそれ……怖いって……」


俺と瞑はヒソヒソ話をして、警戒しながら先生を見ていた。


【???】

「まぁ、安心しろ。“法には触れてない”」


【三人】

「ほっ――」


俺達は心底、ホッとしていた。


【???】

「ただ……コイツは――“ぶっ飛ぶぜぇ”……?」


【燈馬】

「…………」


瞑や葉子は今でも十分ヤバい。


そんな二人がこんな怪しいお薬を使ったら……。


一体、どうなるのか。


それが怖くて俺は、遠い目をして黙っていた。


【???】

「さて……ヤニも吸ったし、アタシはもう行こうかね」


【???】

「あと……お前ら、サボってねえで、授業受けに行きな……」


そのまま先生はタバコの香りを残し――。


スタスタと屋上を後にした。


俺はそのまま……。


――しゅしゅっ……スッ――すっすっ――。


カチッ――ボボッ……ヂヂッ――。


カタッ……。


【燈馬】

「――っすぅ……ふぅ……」


屋上のフェンスに手を起き、タバコをふかしていた。


屋上からは、開発途中の都市が良く見えて、イイ景色だった。


ユラユラとタバコの先から煙が天に登り、口からほろ苦いタバコの煙を宙に漂わせて……。


【燈馬】

「あぁ……“今日もタバコがうまいっ”!!」


徐々に体に馴染む、タバコを楽しんでいた。


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