狂気の夜が始まる。
〈燈馬の部屋・夜〉
――燈馬……起きて――ほら――行くよ……。
【燈馬】
「……んぁっ――?」
どこからか……瞑の声が聴こえた気がして、俺は目を覚ました。
【瞑】
「いつまでも寝てないで、もう行くわよ」
【燈馬】
「わ……わりぃ――普通に爆睡してたわ」
俺は夢の一つも見ず、爆睡をかましていた。
ベッドに寝ていた俺の目の前には、黒いロングコートを着た瞑の姿があった。
前は茶色かなんかのコートを着ていたはずだ。
今回は黒いコートを着て、バシッと決めていた。
【瞑】
「ふぅ……外は寒いから、燈馬……アナタもコートを着て」
……ファサッ――。
半分起き上がった俺の体にコートを掛けた瞑。
部屋の中も十分寒い。しかし、外はもっと寒いのだろう……。
【燈馬】
「はぁ……出るか――外へ……」
――グッ……シャワシャワ――タンッ!!
俺は覚悟を決め、布団から抜け出すと、瞑が掛けてくれた黒いコートに袖を通した。
【燈馬】
「ふぅ……今でも寒いけど、行くしかねえしな……」
【瞑】
「そうね……だからさっさと終わらせて、帰りましょう」
【燈馬】
「あぁ……そうしよう」
俺は本当に寒さが嫌いだった。俺がバカみたいな死を迎えた時も、外は寒かった。
冬が本当に嫌いで、雪をみるのも大っ嫌いだった。
寒さは人の行動や、やる気を全てぶち壊していく。
俺にとっては、そういうモノだった。
【瞑】
「ふふっ……寒くて、もしかしてイライラしてるの?」
【燈馬】
「あったりめぇだ……寒さを憎んで憎んで……」
【燈馬】
「“この世から消してやりたい”くらいだ――」
瞑に俺は言い放った。
それくらい熱い思い、いや……黒い思いがあることを――。
【瞑】
「記憶があった時のアナタからは、そんなセリフ出てこなかったわ」
【瞑】
「ふふっ……そんな感情をもしかしたら、“普段隠していた”のかもね――?」
【燈馬】
「そうかもな……でも、人は“そんなモノ”だ」
生きていれば、イイ意味でも悪い意味でも……。
人は、“意地”を張りながら生きている。
人に弱みを見せないこともまた、意地なのだ。
そんな中、燈馬にすり変わった俺は、とっくの昔に意地を張るのをやめた。
意地を張り続けた結果――自滅したのだ……。
【瞑】
「そう……ね。アナタのいう通りよ、燈馬」
【燈馬】
「……さぁ、話は終わりだ。行くぞ、瞑」
【瞑】
「えぇ……行きましょう燈馬」
こうして俺達は寒空の下、家を飛び出す。
この先、ナニが待ち受けているのか――。
どんなコトが起きるのか……。
全く分からず、ひたすら前へ前へ進むのだ。
〈郊外・廃工場〉
――俺達は、寂れた廃工場へ辿り着いた。
ボロボロになった廃工場の入口には、三人が俺達を待っていた。
全員、黒いコートに身を包み、なんというか……。
本当に悪役の一味らしい部分が見え、イイ意味でも悪い意味でもホッとした。
【茂】
「よう……待ってたぜ? 燈馬」
【松之助】
「遅いぞ二人とも、約束の時間は過ぎてる」
【葉子】
「はぁ……寒むっ――うぅ〜〜凍え死ぬって……」
茂と松之助は寒さに平気そうな顔で、俺達を待ち受けた。
対する葉子は、なんだか……凄く寒そうに、自分の体を抱き締めるような姿をみせる。
【燈馬】
「悪い悪い、すっかり寝ちまってさ……ははっ――」
俺は自分の頭をワシャワシャと掻き、苦笑いを浮かべながら謝っていた。
【瞑】
「さて……準備は整った、行こうか――みんな」
瞑のその言葉に釣られ、みんなゾロゾロと廃工場の入口へ入っていく。
俺達二人は、三人の後を追いかけるように、着いて行く。
……タッタッタッタッ――カッカッカッ――。
みんなの歩く足音が廃工場の中で反響する。
カビ臭い匂い、埃っぽい匂いに、なんとなく油っぽい匂いが辺りに漂い、ある意味、イイ雰囲気を醸し出している。
【葉子】
「あぁ……最悪――寒いし、変な匂いするし……」
【燈馬】
「それに――薄暗いしな……」
俺達を照らすのは、茂と松之助が照らす、懐中電灯の明かりだけ……。
建物内部のガラスなどは派手に割られて、もうメチャクチャだった。
【瞑】
「しかし……広いわねこの廃工場……」
【茂】
「ハハッ――すぐにお出ましよりはイイだろ?」
【燈馬】
「いや……んなダンジョンRPGじゃあるまいし……」
【松之助】
「ハッハッ――!! ダンジョンRPGか……イイね」
【瞑】
「アナタ達、油断してあっさりヤラれないでよ?」
【葉子】
「ほんっ――と、マジむかつくから、さっさと倒して帰ろう……と」
【燈馬】
「おいおい……ずいぶん余裕そうだなお前ら……」
俺の目からは、この四人はとても落ち着いて見えた。
そんな中、俺は走るのをやめたせいで、急に体が冷えて寒くて、段々とイライラしてきていた。
【葉子】
「いや、寒さマジでパないっしょ……いや、マジで」
【燈馬】
「まぁ……それは俺も分かる。超寒いし……うん」
【瞑】
「たしかに、今日は一段と寒いわね……」
【燈馬】
「……あぁ、だからさっさと終わらそう」
本当は少しだけ不安だった。でも自然と冷静でいる自分も同時にいた。
そんな自分は今、寒さに怒り心頭だった。
激しい怒りじゃない……もっと――そう……。
底冷えしそうなくらい、冷たい怒りを感じている。
現実世界の俺はしょうもない死を迎え、季節は冬だった。
そして、未完成でガッタガタな、未完のWEB小説の世界の中に俺はいる。
ここでもまた、冬のような寒さが頬を刺す。
【燈馬】
「ふぅ……“今が夏”だったらよかったのに――」
俺は思ったことを外に出していた。
夏だったらきっと、少しは気分も上がり、高揚して楽しかったのかも知れない。
しかし、冬のような寒さは全てを破壊し、台無しにしていくのだ。
【茂】
「なぁ……に、今から夏のようにアツくなるぜ?」
【松之助】
「安心しろ、燈馬……今から“お前は夏を迎える”」
――ドキッッ!! ドッドッドッドッ……。
そんな意味深な言葉を聞いた俺は、胸が高鳴るのを感じた。
【燈馬】
「イィ……ねぇ――夏か……ハハッ?」
【燈馬】
「おもしれぇ――“そりゃイイ”や……」
【茂】
「イイだろ?」
――タッタッタッ……ピタッ――。
【茂】
「さぁ……着いたぜ? “真夏の会場”へなぁ……?」
茂の足が止まる。
そして――廃工場の広いエリアに辿り着く。
俺の目の前に広がる光景は……。
【???】
「よう……森燈馬ぁ……遅えよオマエ……」
【燈馬】
【誰だよてめぇ……? 黙って待っとけよカス】
十数人は居るだろうか……?
男連中も女連中も色々といた。
【???】
「俺の名前はぁ……神崎透だよ!!」
【燈馬】
「で……? こんな場所に呼び出してなんの用?」
コイツがなんという名前かなんて、正直、どうでもいい。
寒くさのせいでイライラはピークに達し、唐突にやって来る夏の気配。
そんなモノが混ざり合い、俺の心はグッチャグチャになっていた。
【神崎】
「んなっ――“なんの用”だって……?」
【燈馬】
「だから、そう言ってんだろ? バカなのお前」
俺は煽るつもりは無かった。
だが、この寒さに謎の夏のような気分――。
そんなモノに毒され、当たりが強くなっていく。
【茂】
「おぉ……怖い――やっと“燈馬らしく”なってきた」
透はそんな俺の姿を見て、悪い笑みを浮かべる。
【神崎】
「――っせぇっッ!! 外野は黙ってろチビ野郎」
――バンッッ!!
廃工場の広間、そこは無駄にライトアップされイイ雰囲気を醸し出し、神崎も透もヒートアップする。
透は明らかにピキピキしだし、自分の拳を手で抑え、ブチギレていた。
【茂】
「アぁ゙っッ? 誰がチビだゴルァあぁッッ?!」
【茂】
「ほんっと――ぶち殺すぞ――ひょろガリ野郎」
そんな透の姿を見ている俺まで、少し恐ろしく感じるほどの怒号と、静かなる怒り――。
辺りはシーン……と、静まり返っていた。
【燈馬】
「まて――コイツの話を聞こうや、透」
【茂】
「おっ――あぁ、すまねえ……話の途中によ」
【燈馬】
「いいんだよ、透。で……お前だよ、なんの用だ」
透はシュン……と、しながら黙っていた。
これでやっと俺は話が聞ける。
目の前で俺と対峙している神崎は、ワナワナしながら……。
【神崎】
「なんの用だぁ……? “テメェに仲間ヤラれて”んだよ!!」
【燈馬】
「で……? その“報復”がしたいと?」
見るからに王道展開だった。
俺はちゃんと神崎の話を聞くことにした。
【神崎】
「あぁ……そうだ。てめぇに何人も病院送りにされたんだよ!!」
そんなセリフを聞いた俺は、瞑に問い掛けた。
【燈馬】
「なぁ……一つ良いか?」
【瞑】
「なに、どうしたの燈馬?」
【燈馬】
「いや……“どっちから仕掛けた”か聞きたいんだ」
そう……俺はこれが一番知りたかった。
【瞑】
「あぁ……“アイツらの方”よ。アナタは知らないだろうけど……」
【燈馬】
「そっか――ありがとう、瞑」
やっと――このWEB小説の物語が繋がってきた。
この未完のWEB小説の悪役――。
森燈馬は“自ら望んで悪役になってはいない"と。
これはきっと――“大きな裏がある”はずだ。
【燈馬】
「おい、神崎……“受けて立ってやるよ”」
【神崎】
「お――おうッッ!! ヤッてやるよテメェ!!」
……ススッ――シュッシュ――スポッ……。
【燈馬】
「っと――その前にっ――と……」
【瞑】
「ちょ――燈馬、アナタ……“なにしてる”の?」
【燈馬】
「んぁ……? なにっひぇ――“タバコだよ”」
【四人】
「えぇ゙〜〜?! あの燈馬がタバコ??」
俺は制服の上着に忍ばせたタバコを取り出し、タバコを吸い始めた。
――カチッ……ボボッ――ジジジっ……。
【燈馬】
「なに驚いてんだよ……すぅ――ふぅ……落ち着く」
四人は驚きのあまり、固まっていた。
俺はいつも通り、タバコをふかし、燈馬の体にまだ馴染まない味を楽しんでいた。
【神崎】
「隨分……余裕そうじゃねぇか……テメェ……あ”?」
【燈馬】
「いや、すぅ……ふぅ〜〜」
【燈馬】
「お前らに“ハンデをやろう”と思ってなぁ……?」
【瞑】
「は……ハンデ??」
【茂】
「っはっッ?! なんだか分からねえが面白ぇ」
【葉子】
「はぁ……そんなイベントしなくてもいいから、さっさと、ぶっ飛ばそうよ……あぁ――寒い!!」
【松之助】
「あの……燈馬が――な?」
色々と外野が騒がしくなり、収集がつきそうもない。
だから俺は――。
【燈馬】
「いいかお前ら……よく聞けよ?」
【燈馬】
「この“ヤニクラ状態”で、お前達の相手してやる」
なんでこんなセリフを言ったのか、自分でも分からない……。
でも――俺はみんなから悪役として見られている。
だから……“悪役らしく演じた”のだろう。
このポンコツな未完のWEB小説。
その中で俺は悪役なのだから――。
そして――寒い廃工場の広場で夏が始まる。
【神崎】
「……ぐぬぬっ――行くぞお前らぁアぁ゙あッッ!!」
まるで、それは昔の漫画の中の世界――。
武器を持つもの、拳で戦うもの――。
その中に混じって、タバコをふかすもの……。
今の俺に戦えるかどうかなんて、考えてはいない。
ただ――この場を盛り上げたかったのだ。
【神崎】
「おい、逃げんなよ燈馬ァア――?」
ズンズンズンッ――!!
ジワジワ迫りくるヒョロい神崎。
――スッ……。
俺と戦うつもりの神崎を止める茂。
【茂】
「燈馬ぁ……コイツは俺に、ヤラせてくれよ?」
目を血走らせながら、茂は俺の前へ立った。
【燈馬】
「いいぜ――適当に潰してこいよ、茂」
【茂】
「……あったりめぇだ、一撃で潰してやるよ」
本当は俺が相手をするべきなのだろう。
だが、茂を立てた。
【神崎】
「チッ――テメェを潰してから殺ってやる!!」
【茂】
「あとは任せろよ、じゃあ始めんぞ、燈馬!!」
【燈馬】
「あぁ、お互い死なないようになッッ!!」
こうして俺達は、凍える寒さの中で夏を迎えた。
〈廃工場・戦闘勃発・夏の陣〉
――シュッッ!! ブンッ――!!
【女A】
「余所見してんじゃねえ――よ!! プリン野郎がッッ!!」
【燈馬】
「おわっッ――!? あぶねぇなあッ!!」
【瞑】
「アナタも――ねっッ!! フンッ――!!」
――ドゴォっッ!! めりめりっいっッ!!
【女A】
「お”――ごっッ?! ガッ――――」
……ドサッ――バタッッ……。
瞑は俺に強襲を仕掛けてきた女を、腹に一撃喰らわし、のしていた。
無様に地面に伏し、ピクピク震えている女の姿。
【瞑】
「余所見しないで、燈馬。じゃないと……殺られるよ?」
【男A】
「どぉるアぁ゙あぁ゙ア”ァッッ――死ねや燈馬ぁ!!」
――ぶぅぅんッッ!!
ガッッ――!!
【松之助】
「ふんぬっッ!! ヌルいわ!! 小僧ッッ!!」
【男A】
「ドケやぁッッ!! クソデカ坊主野郎ッッ!!」
【松之助】
「ぐっぬぬヌ”ゥ――ぐがぁアぁ゙ッアッ!!」
――ガシッッ!! グイイッッ――!!
【燈馬】
「お前……まさか――?」
【松之助】
「これでぇ――終いじゃアぁ゙アァッッ――!!」
ぶぅうぅんッッ――ビッダアァアァ〜〜ンッッ!!
【男A】
「ゴガッ――ガッ――ぁ゙…………」
ピクッ……ピクピクッッ――。
【燈馬】
「あ〜あ……殺すなよ? 松之助……」
俺を襲ってきた男は、瞑同様、介入してきた松之助によって破壊されていた……。
思いっ切り上に持ち上げられた男は、思いっ切り地面に叩きつけられ、ピクピクしていた。
【松之助】
「大丈夫だ、生きてるよ」
――ポロッ……。
タバコの灰が地面に落ちた。
俺の目からはもう……死にかけているとしか見えなかった。
【女B】
「次はアタシだぁっッ!! 死ねや燈馬ァッ!!」
――シュッッ!! ブゥンっッ!!
ボケっとしていると、また俺の元へ違う女が飛び掛かってきた。
今度はナイフを持ち、俺に一撃与えようと、ブンブンと振り回しながら。
【葉子】
「チッ……いちいち――ブンブンと……」
――シュッッ!! ドゴォっ!!
メキメキッッ――!! ピキッン――カラカラ……。
【女B】
「アガッ――腕が……腕がぁッッ――?!」
【葉子】
「うるせぇ……んだよ――虫みてぇにブンブン――」
シュッ――バッゴォオォ!! めりめりめりぃ!!
【女B】
「ア――――ッ…………」
ガクッ――バタッッ!!
【葉子】
「ふぅ……そんなにブンブンしたけりゃ、街灯の下でやってくんない?」
【燈馬】
「ワォ……?」
女の猛攻は葉子の蹴り一発と腹に一撃で終わった。
女の腕は一発の蹴りでイカれ、手に持っていたナイフは、派手にぶっ飛んで地面に落ちた。
【葉子】
「ワォじゃないわよ、アンタ……」
【燈馬】
「待て待て……迫りくる敵、お前らがぶっ飛ばしまくってんだって!?」
【葉子】
「ハハッ――そうね、そんじゃ頑張ってね?」
【燈馬】
「お……おう? が――頑張るわ!!」
そして俺は本当に一人になった……。
嬉しような悲しような――色んな感情が湧いた。
【燈馬】
「なんだよ……みんな恐ろしく強いや――」
俺は呆れながら、二本目のタバコに火を着けた。
【燈馬】
「さぁて……お手並み拝見と行こうか」
なんとなく、今の俺は根拠の無い自信があった。
これは“燈馬の意思”なのだろうか……?
妙に負ける気がしなくて――。
……ブンッッ!!
――シュンッ――!!
ボーっとしながら、タバコをふかしていると、女と男がほぼ同時に仕掛けてきた。
【男B】
「くたばれッッ!! 森燈馬ぁッッ!!」
【女C】
「このまま死ねぇえぇえぇッッ――!!」
男は俺の顔面目掛け、思いっ切り拳を飛ばしてくる。
女は俺の横腹を狙い、思いっ切り蹴りを飛ばす。
そんな状況なのに、なぜだか俺は……。
【燈馬】
「ハハッ――? 拳も蹴りも……“止まって見える”」
まるでそれは、スローモーションのように見えた。
あまりにも遅いそんな拳をまず、片手で受け止め、反対の手で思いっ切り殴り付ける。
――ばぎぃいぃいぃッッ!! めりめりめりぃ!!
厭な音が聴こえ、そのまま俺は足をたたみ、飛び出す蹴りを止めると――。
――ガッッ!! グググッ――!!
【女C】
「ひっ――っッ?!」
【燈馬】
「届かないねぇ……そんな“へなちょこキック”」
ググググぅ〜〜ギュうぅうぅうぅ〜〜!!
【女C】
「あぎゃあァァぁ゙ッッ――?!」
俺は足を握り潰すように強く握り、そのまま――。
【燈馬】
「そんじゃ――終わり」
――ブンッッ!! ググッ――!!
【女C】
「ひっ――?! や――やめ……や――」
【燈馬】
「駄目、お前が始めた戦闘だ――じゃあな?」
ブワッッ――!! ズルルルッ――!!
ズッ――バァアァアァァアァンッッ!!
【女C】
「ぁ゙――――――」
俺は女を引きずり、そのまま足を掴んでぶっ飛ばした。
女は派手にぶっ飛び、顔面に一撃受けた男は仁王立ちしたように、立ちながら気を失っていた。
【燈馬】
「……っすぅ〜〜ふぅ……こりゃ強いわ……」
ヤニクラを起こしながらでも、燈馬の体は超がつくほど強かった。
どんだけ喧嘩をして、どんだけ場馴れしてんだ。
そう思うほど、体が上手く動いていた。
タバコを吸いながら、ボーっとしていると……。
【葉子】
「燈馬、終わったよ? 帰ろうか?」
【茂】
「なんだアイツ……超弱かったんだけど?」
【松之助】
「ふぅ……終わったな、燈馬」
【瞑】
「あ〜疲れた……早く家に帰ってお風呂入りたい」
【燈馬】
「お……おう? そうだな、帰ろっか?」
俺達はこうして一斉に集まる。
帰り際、俺は後ろを振り返り、戦闘後の惨状を見ていた。
それはそれは酷い光景だった……。
数十人の連中はこの五人衆に破壊されて、地面に伏していた。
まるで暴力による支配……。
それくらい凄まじく、凄惨な光景の数々――。
【茂】
「なっ? 少しは夏を感じたろ?」
【燈馬】
「あぁ……確かに感じたよ」
俺は確かに感じていた。自分が経験したことの無い世界。
こうして暴れ散らかし、面白いように動く体。
こんな暑くて、熱い感覚は久々だった。
【葉子】
「ふぅ……少しは暖まったわ」
【瞑】
「ほんっと、葉子は寒がりだよね?」
【葉子】
「当たり前よ、冬が一番イライラすんのよ……」
【燈馬】
「あぁ……間違いねぇ」
俺達はたわいない話を続けながら、廃工場を出て行った。
〈廃工場・外〉
――そのまま外に出ると、松之助が俺に……。
【松之助】
「やっぱり、燈馬は記憶が無くても強かった」
そんなことを言う。
【燈馬】
「まぁ……実際は“賭け”だったがな?」
【葉子】
「あぁ、そうそう……なんかタバコなんて吸い始めて、パフォーマンスしてたから、オカシイとは思ってたよ」
【瞑】
「仕方がないよ、燈馬は記憶が無いんだから」
【茂】
「でも、いいんじゃね? 今の燈馬、悪くねぇよ」
【松之助】
「たしかにな……なんか雰囲気は違うけど悪くはない」
【燈馬】
「そっか……アリガトみんな」
果たして、本当の燈馬はどんなキャラだったのか。
今の俺には知るよしもない。
ただ、俺は作中に登場する悪役として、演じただけだ。
今の俺は燈馬であって、燈馬じゃない――。
中身は三十代の無職のオッサンなのだから……。
【瞑】
「ねぇ……燈馬? これからアナタ……どうするの」
【燈馬】
「う〜ん……家に戻って寝る?」
【瞑】
「そう……なら、“ウチ”――来ない?」
【燈馬】
「ぇ゙っッ――?!」
【葉子】
「アンタ……瞑の誘い、まさか――断らないわよね?」
【燈馬】
「い――いや……う〜ん?」
別に俺は嫌ではなかった。でも――このまま、瞑の家にホイホイ着いて行ったら……。
“色んなコト”が起きるんじゃないかと、警戒していた。
【瞑】
「燈馬が嫌ならいいけど……別に――」
【燈馬】
「いや、行くよ!! 行きますって……はい……」
【燈馬】
(そんな悲しそうな顔をされたら、行くしか無いだろうが!!)
俺は心の思いを口に出さず、心の内に秘めた。
……ポンポンッ――。
【葉子】
「まっ――仲良くやんな? お・ふ・た・り・さん」
【燈馬】
「うっせえよ――散れ散れ!!」
【葉子】
「ハイハイ……邪魔者共は消えますよっと!!」
【葉子】
「茂、松之助、行くよ?」
【茂】
「お、おう!!」
【松之助】
「むむぅ……名残惜しいが、サヨナラだ、燈馬」
【燈馬】
「あぁ……気をつけて帰れよ? じゃあな……」
葉子は俺の腰を叩きながら、ニヤついていた。
そのまま、葉子は残った二人を連れて闇夜に消えていく。
しばらく、三人が見えなくなるまで俺達は見送っていた。
そして――。
【瞑】
「ねぇ……燈馬――“雪が落ちてきた”」
【燈馬】
「あぁ……“綺麗な雪”だな――」
廃工場前で立ち止まる俺達の下に、雪がチラチラ落ちてきていた。
いつもは雪なんて見たくないほど、憎んでいたが、今だけは……ただただ、美しく見えた。
【瞑】
「ふふっ――“変な感じ”ね……」
【燈馬】
「あぁ……“とっても”――」
この二人はきっとすれ違っている。
本当の燈馬と瞑には、こんな場面は無かったのかも知れない。
普段と違う様子の燈馬にトキメク、瞑と……。
現実世界の俺感が抜けきれない俺――。
この二つがすれ違って、交差する。
【燈馬】
「さて……もう行こう。寒いし……」
【瞑】
「うん……燈馬」
こうして俺達は歩き出す。
どこに辿り着くのか分からない、この世界の中。
着実に進み出す。
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