依存、そして偽りの幸せ。

〈街外れ・公園・昼下り〉


――俺は一人、街外れにある公園へ来ていた。


ファミレスで食事を楽しんだあと、俺達は解散した。


みんなは、もう少しプラプラしたがっていた。


だけど俺はそれを断ると、一人で街の中を散策することにしたのだ。


最初、瞑は俺に着いて来ようとした。


でも、俺はそれをキッパリ断った。


街の中は昔からあるような街並みと、急激に発展させたような、新しい建物などが点在しており、開発途中なことが伺えた。


どこの都道府県に存在するのか、ココがなんという街なのかも、全て謎だ。


そして、そのまま俺は公園へと辿り着き、ベンチに座ってボーっとしていた。


【燈馬】

「……そう言えば昨日、コンビニで買ったんだった――」


俺は徐ろにズボンのポケットから、タバコとライターを取り出した。


【燈馬】

「ナニかが足りてない気がしたんだよ……」


不思議とそこまで、タバコを吸いたい気持ちは湧かなかった。


きっと燈馬はタバコなんて、吸わないヤツだったのだろう。


ニコチンに染められていない、綺麗な体にタバコを取り入れたらどうなるか……。


俺は恐る恐る、タバコに火を宿した。


……カチッ――ボッ……ボボッ――。


タバコの煙が天へと登っていく。


【燈馬】

「……すぅ〜〜ごッ――!? ゴホッッ!! ゲホッ――ンフッ!! ゲホッゲホッ……おげッッ!!」


案の定……むせていた。


まるで、初めてタバコを吸った時の感覚――。


味も美味しく思えず、ただただ苦くて渋い……。


【燈馬】

「んっだコレ……?! 美味しくねぇ……」


数日振りのタバコは想像を絶するほど不味かった。


それに……。


【燈馬】

「やっ――やべぇ……頭が超クラクラすらぁ……」


そう……その感覚は、初めてタバコを吸った時と、酒を飲み、バカみたいにタバコをスパスパ吸った時に起こる、ヤニクラだった。


【燈馬】

「ったく……俺がヤニクラなんてするなんて……な」


長年、タバコを吸っていればヤニクラなんて、余っ程なことが無い限り、起きやしない。


【燈馬】

「ふふっ……久々だよ――すぅ……ふぅ〜〜」


【燈馬】

「このクラクラして、グラグラする感覚は……」


俺はそんな嫌な感覚を楽しんでいた。


この体が重くなり、ダルくなる感覚……。


これがタバコの力だった。


そうして公園で一人、タバコを吸っていると……。


【???】

「ねぇ、“私にもくれない”……?」


誰かが俺に話し掛けてきた。


【燈馬】

「だれ……君?」


俺はポカーンとしていた。


俺の目の前には、茶色い制服姿の女の子が立っていた。


【???】

「……私? 私は穂村葵だよ」


【燈馬】

「穂村……葵――あぁ、なるほど……」


俺はすぐにピーンと来ていた。


穂村葵とは、主人公サイドのヒロインの一人だ。


まさか、こんなところで遭遇するとは、思ってもみなかった。


【葵】

「なんだ、知ってたんだ私のコト」


【燈馬】

「いや……知らない。ただ、どっかで聴いたことがある名前だなってさ」


俺は上手く話をはぐらかした。


【葵】

「ふ〜ん、私も隣、座ってイイ?」


【燈馬】

「あ……あぁ、いいよ」


――ススッ……。


【葵】

「ありがと。そんじゃ、隣すわるね」


【葵】

「……よいっ――しょ……と――」


カタッ……ピタッ――。


なぜか俺達は、隣同士に座っていた。


一体、俺になんの用があるのだろうか。


穂村葵は姫乃恋よりチョッピリ背が高く、胸がデカい。


耳にはピアスをたくさんしており、キラキラして、ギラついて見えた。


【葵】

「……そんなにジロジロ見ないでよ、人の顔」


【燈馬】

「あっ――ゴメンゴメン、なんか奇抜だなと思ってさ?」


そりゃ嫌でも目に入るってモノだった。


胸はデカく、目立つ。耳にはたくさんのピアス。


青髪を肩くらいまで伸ばし、白いカチューシャまでしている。


なにより――穂村葵は、とても中性的な顔立ちで、カッコ可愛いタイプの女の子だった。


【葵】

「……よく言われるよ、そんな話」


【燈馬】

「まぁ……そうでしょうね――」


意味分からないくらいのピアスの量を見て、俺は正直、引いていた。


ヤベーヤツとまた遭ってしまったコトと、コイツが主人公サイドのヒロインだってコトは、非常にまずかった。


【葵】

「ねぇ……“一本くれない”?」


俺はそんな葵に……。


【燈馬】

「いや、“絶対に吸うな”よ? “必ず後悔する”」


俺はタバコの怖さを嫌なほど知っていた。


タバコは一本吸ったら終わりだ……。


意思が弱いヤツは死ぬまでタバコをやめられず、日々の日常がタバコに支配される。


どこに行こうにも、タバコが吸える場所を探す。


なにをしようとしても、まずタバコから。


コトあることに、タバコを吸うのだ……。


こんなものは害でしかない。一つだけイイことがあると言えば、タバコを吸っている時だけ……。


強烈な幸せと、激烈な解放感に襲われるくらいだ。


そんなマヤカシで偽りの世界、日常の中を一生歩んでいく。


“偽物の幸福”と共に。


【葵】

「ふ〜ん、残念。どんなモノか気になってさ」


葵は軽い気持ちで聞いたのだろう。


だから俺は――。


【燈馬】

「そんな君に教えてやるよ」


【燈馬】

「――すぅ……ふぅ〜〜」


辺りはほろ苦い煙に包まれて、タバコの先から紫煙が空に登っていく。


俺はタバコを吸いながら葵に言い放つ。


【燈馬】

「その“些細な好奇心”が“終わりを呼ぶ”んだ……」


そう――タバコの恐ろしさを。


【葵】

「じゃあ、“なんでアナタはタバコを吸う”の?」


【燈馬】

「いい質問だ……」


――ザシュッ!! グリグリッ!!


スッ――バッ――カチャッ……ぽいっ!!


俺はタバコを地面に押しつけ火を消し、ポケットから、携帯灰皿を取り出し、そこに捨てていた。


【燈馬】

「一つは“惰性だ”」


シャカッ――スッ……カチッ――ボボッ……ジジッ……。


【燈馬】

「っ――ふぅ……」


俺はタバコを取り出し、2本目に突入していた。


【燈馬】

「これが惰性、まぁ……分からんわなそれじゃ」


惰性とはいつものルーティンでコトある毎に、スパスパ吸ってしまう、無駄な義務感的なヤツだ。


別に吸いたくない時でも、とりあえずタバコに火を着け、吸ってしまう。


本当にタバコってヤツは恐ろしいものなのだ。


【葵】

「うん……全く分からない」


【燈馬】

「すぅ……ふぅ……“それでイイ”んだよ」


こんなもの、出逢わない方がイイのだから。


俺はそのまま……。


【燈馬】

「後は……そうだな、なぜタバコを吸うか……」


【燈馬】

「すぅ……ふぅ〜〜〜〜」


俺はタバコの煙を大きく吐いた。


【燈馬】

「人って生き物はな――“ナニかに依存したい”んだよ……」


【葵】

「それは、“自分に弱い部分がある”から?」


【燈馬】

「まぁ……そんなもんだ。人は弱さも脆さも、強さと同時に持ってんだ」


【燈馬】

「だから、俺は絶対に勧めない」


俺はタバコという偽りの幸福に囚われている。


ここからは抜け出すことは出来ないのだ……。


そんな偽りの世界へ、葵を連れて行くわけにはいかなかった。


弱さをナニかで埋めようとすれば、必ず依存が生じるモノだ。


そんなもの、絶対に幸せじゃない――。


【葵】

「そうなんだ、変なの」


【燈馬】

「変で結構だ――」


【燈馬】

「……それと、君はナニかに依存して、生きるんじゃないぞ?」


【葵】

「ハイハイ、分かりました」


葵は肩を竦めて、理解してくれたようだ。


俺は心底、ホッとした。


つまらねえコトで、人生を台無しにさせたくは無かったのだ。


割りを食い、損をするのは俺だけでよかった。


【燈馬】

「だったら、サッサと行きな?」


【燈馬】

「こんな、煙いヤツの隣にいたら、燻製になっちまうぜ?」


こんな場所で、葵と長話をするつもりはない。


コイツは主人公サイドのヒロインだ。ここで、迂闊に絡んでしまうと、ナニが起こるのか分からないのだ。


用心するに越したことはない。


【葵】

「君、素っ気ないね? まぁ……いいけどさ」


【燈馬】

「ふぅ……」


――ザシュッ!! グリグリッ……ポイッ!!


俺はタバコを揉み消した。


【燈馬】

「……で? “本当の要件”は?」


恐らく、この葵の接触は偶然ではない。


俺はなんとなく、そう思った。



【葵】

「ハァ……アンタさ? “森燈馬”だよね?」


【燈馬】

「おぉ……怖い。あぁ、そうだけど?」


葵は急に顔つきが険しくなり、俺を睨んできた。


そんな葵に俺は、少しだけおどけてみせた。


【葵】

「……恋が最近、“アンタを気になってる”」


【燈馬】

「へぇ……? それで?」


俺は睨む葵に、一歩も引かなかった。


【葵】

「アンタ――“恋に手を出すな”よ……」


【燈馬】

「――話はそれだけ?」


【葵】

「そっ……それだけだよ、悪い?」


【燈馬】

「いや、大丈夫だ」


どうやら葵は、仲間思いのイイ娘らしい。


見た目はド派手で奇抜だが、中身はマトモそうだった。


そう感じた俺は……。


【燈馬】

「大丈夫だ、取って喰いやしないさ」


【葵】

「だったらイイけど……」


【葵】

「――だけど、恋にナニかあったら、“アンタを潰してやる”」


【燈馬】

「ふふっ……イイぜ? “やれるもんなら”、ヤッてみな?」


明らかにヤバそうなフラグを立てた気がした。


だけど、俺は止まれなかった。


なんでか分からないが、喧嘩を吹っ掛けられたような気がして、挑発に乗ってしまったのだ。


【葵】

「……もし、アンタが、恋に近づかないって約束出来るなら……」


【燈馬】

「おう、言ってみろよ?」


【葵】

「――“私を好きにしてイイよ”……」


……ガタッッ――!! ガガッ――ッ!!


【燈馬】

「んなっ――なっ……なんでそうなるんだよ?」


俺はビビリ散らかし、葵から距離を取った。


ナニか、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がして。


【葵】

「だって、アンタの噂は聴いてる。相当強いんだろ?」


【燈馬】

「いや、だからそれがなんだって言うんだよ……」


俺には理解出来なかった。葵が物凄く古臭いコトをしようとするなんてと。


【葵】

「私は、“恋が無事”ならそれでいい――」


【燈馬】

「――“お前”……それ、“本気で言ってる”?」


俺はそんな葵を、少しだけ試すことにした。


【葵】

「う……うん、本気だ……よ――?!」


――ススッッ!!


ガバッ――ッ!! グイッッ……!!


【燈馬】

「だったら……“今からお前にキス”しても、問題ねぇよなぁ?」


【燈馬】

「なぁ……葵?」


【葵】

「ひっッ――?! い……嫌……ッッ――」


俺は葵をいきなり抱き寄せ、耳許で囁いた。


葵の覚悟はどれほどのモノか、それを知りたくて。


【燈馬】

「……ふぅ」


バッ――!! ススッ……。


【燈馬】

「ガキがくだらねぇこと、考えてんじゃねえぞ?」


俺は葵を解放した後、言い放った。


【燈馬】

「そんな、度胸も覚悟もねぇヤツが、適当こいてんじゃねぇよ」


【燈馬】

「……分かったなら、サッサと散れ!!」


【葵】

「ひっ――ッ?! わっ、分かった。もう帰るわよ!!」


ガタッ――カタタッ……!!


葵は慌てて、ベンチから立ち上がり、この場を去ろうとしていた。


だから俺は――。


【燈馬】

「おい、待てよ。“恋に伝えとけ”……俺は手を出さないと」


【葵】

「わっ――分かったわ。つ……伝えておくから!!」


……タッタッタッタッタッ――。


今度こそ葵は立ち去った。


流石に俺はやり過ぎたのかも知れない。


【燈馬】

「はぁ……だから、タバコが吸いたくなるんだよ」


自ら悪役を演じ、知り合ったばかりの女の子に酷い扱いをした。


そんなストレスで心が苦しくなった。


そんなストレスを緩和するため、俺はタバコに火を着けた。


【燈馬】

「偽りの幸せでもいい――今だけは助けてくれ」


【燈馬】

「すぅ……ふぅ〜〜」


こうして、人はナニかに依存していく。


ストレスで押し潰されそうな俺を助けるのは……。


偽りの幸せだけだった。

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