徐々に狂い始めた日常。

〈月宮雅の自宅・明け方〉


――本当に色々あった。雅と燈馬の関係は、中々深いもので、“とてつもない秘密”があった。


【燈馬】

「……痛ってて――あダダダッ……!!」


トントンッ――トントントンッ……。


色々あり過ぎて、頭も体もぶっ壊れそうだった。


まるで、お爺さんのように俺は自分の腰を叩く。


【雅】

「大丈夫……? 燈馬くん……」


【燈馬】

「まぁ……なんとかな。そっちは大丈夫か?」


【雅】

「うん……私は大丈夫。うふふっ――慣れてるから」


正直、ソッチは慣れていても、コッチは全然慣れない……。


瞑から始まり、今度は雅ときた――。


一体……なんラウンド戦ったのか……。


いや――戦ったと言うより、“一方的に襲われた”。


コッチの表現の方が正しいのかも知れない。


俺はしばらく、そんな事を考えながら、雅の部屋の中をグルリと見渡した。


【燈馬】

「ふむ……まぁ――大丈夫……かな?」


【雅】

「大丈夫って、なにが……?」


【燈馬】

「あ――いや、部屋が凄く汚れていただろう?」


【雅】

「……そうだね、今日は特に激しかったから……」


そう――瞑との対戦の時の何十倍も……。


激しかったのだ――。


【燈馬】

「ちゃんと、掃除して芳香剤とか置いたし……まぁ……うん、大丈夫――だろう……」


あの後、瞑の時と同じ様に部屋を掃除し、それから俺が買ってきたプリンや、お茶などを二人で楽しんでいた。


ただ、少し意識すると……微かに臭いはする。


【燈馬】

「……うぶぶぶぶッッ!!」


ブンブンッ――!!


俺は顔を大きく振り、先程まで続いた、強烈な体験の記憶を振り払おうとした。


【雅】

「どうしたの……? 燈馬くん……」


【雅】

「もしかして――“まだしたい”……?」


そんな言葉が雅の口から飛び出して、俺は……。


【燈馬】

「……ゲホッ――ゴホッ――ゴブッ――?!」


思いっ切りむせていた。


【雅】

「あぁ……でも、駄目だよ――“お母さん”そろそろ帰って来る頃だから」


【燈馬】

「そっか、ならよかった。部屋が酷いまま帰ったら、まずかっただろうし……」


俺はついさっき、月宮雅の家庭は母子家庭だってことを聞いた。


夜は仕事に出て、日中は定期的に、雅の身の回りの世話をするらしい。


【雅】

「それはそうと……今日はありがとうね?」


【燈馬】

「えっ……? なっ――なに、急に……」


俺は礼を言われることをしていない。


むしろ、お礼を言いたいのは自分の方というか……嬉しいような悲しいような……。


感情がもうグッチャグチャになっていた。


【雅】

「“記憶がある時の燈馬”くんはね……多分――」


【雅】

「嫌嫌……私に付き合ってくれていたんだと思う」


意味深なことを呟く雅。


ある程度の情報は集まったが、それでもまだこのミステリーは解けない――。


【燈馬】

「……それで? “今の”……俺はどうなんだ?」


何の気無しに俺は聞いていた。実際の燈馬とは違う燈馬を演じている? 俺のことを……。


【雅】

「うん……“コッチの方がイイ”のかも知れないな」


【燈馬】

「そっ……か――」


非常に心苦しい話だった。雅の前に座っている燈馬の中身は……。


ただのオッサンで無職の俺なのだから……。


――カチャッ……キィイィ――パタンッ……!!


そんなことを思っていると、玄関のドアが開いて閉じた音が聴こえてきた。


【雅】

「あっ……お母さん帰ってきた」


【燈馬】

「そっか、ならそろそろ……行くか――?」


……ススッ――ガバッッ――!!


ボソッ……。


【雅】

「“また会いに来て”……燈馬……くん」


ドキッ――!! ドクッドクッドクッ……。


俺は雅にゆっくりと迫られ、抱き着かれると、耳許で呟かれた。


【燈馬】

「……あぁ――時間が出来たら……な」


【雅】

「うん……待ってるから――ふふっ……またね……?」


【燈馬】

「……それじゃ、もう行くよ」


ここで長居は危険なのだ。俺はそそくさと、この部屋から抜け出すことにした。


――ソッ……グッ――ギシッ……。


俺は雅から優しく離れ、畳の上から立ち上がった。


【雅】

「それじゃ……さよなら――燈馬くん」


【燈馬】

「あぁ……さよなら――雅」


こうして、俺達は別れた。


――ガチャッ……キィイィ――バタンッ……。


やっと、この家から脱出出来ると思うと、少しだけホッとした。


そんな時だった――。


【雅の母】

「あっ――? 燈馬くんじゃない」


雅の母親らしき女性とバッタリ目が合った。


そんな女性はグレー色のレディーススーツ? そんな服装に、クリーム色のコートを羽織って出迎えた。


雅と顔はソックリでとても美人だった。


【燈馬】

「あ……ど、どうも、いつもお世話になっています」


【雅の母】

「なによ、いつもお世話になってるのは、コッチの方よ?」


【雅の母】

「いつでも気軽に来てくれると助かるわ」


【燈馬】

「は……はぁ……」


そんな風に本当、たわいもない会話をしていると――。


【雅の母】

「おや……おやおやぁ〜? なんだか疲れてるみたいだね?」


【雅の母】

「それに……“腰をおさえて”辛そうに見える……」


【燈馬】

「ギクッ――?!」


あまり突っ込まれたくないことを突かれ、俺は思いっ切り動揺していた。


【雅の母】

「……ちょ〜っと、待ってよ〜?」


――ガサゴソ……ススッ――。


雅の母親は、肩に掛けたショルダーバックの中を漁っていた。


そのまま……。


【雅の母】

「ハイこれ。フフッ――“若いってイイわねぇ”」


スチャッ――パシッっ!!


【燈馬】

「こ……コレは?」


【雅の母】

「いいから持っていきなさい。辛いんでしょ?」


【燈馬】

「あ……ありがとうございます。助かります!!」


雅の母親から授かったモノは、栄養ドリンクと湿布だった。


今の俺にはひっ――じょうに助かるアイテムだった。


【雅の母】

「それじゃ、もう行きなさい。廊下は寒いからね」


【燈馬】

「はい、失礼しました」


――こうして、月宮雅の自宅から脱出を果たすのであった。


〈月宮雅の自宅・玄関前〉


【燈馬】

「ネオ……タウオン――激……EX――ぷ……プラス?」


【燈馬】

「……超速回復湿布薬――激ナオールDX……??」


俺は雅の母親から、スンゴイモノを手に入れたようだ。


ネオタウン激EXプラスと……。


超速回復湿布薬・激ナオールDX……。


良い意味でも悪い意味でも、ぶっ壊れたネーミングセンス。


やっぱりこの世界はイカれていた。


……ザザッ――。


【燈馬】

「ん……?」


急に道路の方から、足をズラしたような音が聴こえた。


俺はゆっくりと音が聴こえた方へ、顔を向ける。


すると……。


【瞑】

「“イイ戦利品”ね……燈馬」


【燈馬】

「め……瞑――」


目の前に現れたのは、少し機嫌が悪そうな瞑だった。なんだか、ジト目を向けられているような気がして、俺は目を逸らした。


【瞑】

「ふぅ……気になって来てみたものの……元気そうでなによりね、燈馬」


【燈馬】

「――まぁ……なんとかな――ははっ……ははっ……は」


俺は乾いた笑い声しかでなかった。


きっと、雅との関係は瞑自身、勘づいているのだろう。


【瞑】

「さっ――行きましょ?」


【燈馬】

「お……おう?」


【瞑】

「…………」


瞑の突然の無言に、俺はビビっていた。


なんだか、空気が重くて、寒さとは違う、ピリピリした感覚が襲って来るのだから――。


そのまま俺達二人は、無言のまま歩き出した。


次はどんな展開に向かうのか……。


今の俺には見当もつかなかった。

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