ヒロイン喰いの悪役。

〈月宮雅の家・玄関前〉


――すっかり夜になった。閑静な住宅街の中、俺達を照らすのは道路灯だけ。


【瞑】

「ふぅ……さっきよりも寒くなってきた……」


瞑は寒そうに自分の手を暖めるように息を吹き掛けていた。


【燈馬】

「悪いな……場所まで教えてもらって」


少しだけ俺は申し訳ない気持ちになった。ベージュ色のロングコートを着ている瞑だが、外は本当に寒い。


【瞑】

「いいのよ……さぁ、もう行って」


【燈馬】

「あぁ……行ってくる。ありがとうな、瞑」


俺も黒い格好いいコートを着ていたが、これがまた、デザインだけで暖かいなんてことは無く、みてくれだけのモノだった。


【瞑】

「うん。私、先に帰ってるから後は好きにして」


【燈馬】

「あぁ……寒いからそうしてくれ」


こうして俺達は分かれた。


【燈馬】

「さて……行きましょうかね……」


瞑はもういない。俺一人、玄関と対峙している。


……ピンポーーン――。


【燈馬】

「……」


……ピンポーーン――。


【燈馬】

「…………」


……ピンポーーン――。


【燈馬】

「………………? あれ……居ないのか?」


インターホンの呼び鈴を押すも、応答が無い。


【燈馬】

「う〜ん……どうしたものか――」


【燈馬】

(まさか、月宮雅の家の鍵なんて持ってないよな)


――シュッ……ガサゴソ……カチャッ――。


【燈馬】

「……おい、まぢか……? なんか、それらしき鍵がコートのポッケから出てきたんだが?」


【燈馬】

「ふむ……」


……ソォ〜〜カチャチャ――ズシャッ……カチッ!!


【燈馬】

「ワオ……!? おいおい……マジで開いたぞ……?」


恐る恐る俺は玄関の鍵穴に、それらしき鍵を挿すと普通に開いてしまった。


【燈馬】

「ふぅ……行くか――ちょっとこえぇけど……」


家族が居ないかとか、勝手に家の中に入ってもイイものか。


当たり前のことだが、知らない状況でアレコレ考えてしまう。


――ガチャッ……きぃいぃ……パタン――。


【燈馬】

「……入っちまった――ふぅ……マジか……行ったわ」


嫌な汗が流れ、心臓がドッドッドッドッ――と、鼓動が高くなる。


【燈馬】

「お……お邪魔しまーす……」


カタッ――スッ……。


俺は静かに靴を置き、家の中へ入っていく。


家の中は明かりがなく、冷たい空気と暗闇が広がり、ただただ……静寂だった。


どうしていいか分からず、玄関前で突っ立っていると――。


【???】

「“燈馬”……くん――なの?」


玄関近くからそれは聴こえてきた。


【燈馬】

「は……はひっッ?! と――燈馬です!!」


俺は急に聴こえてきた声にビビリ散らかし、声がうわずった。


【???】

「ふふっ……今日はなんだか変な感じね……」


【燈馬】

「……もしかして――“雅”……なのか?」


なんとなく、お目当てな人物だと思った俺は、声の主に問い掛けた。


【???】

「うん……雅だよ」


【燈馬】

「そ――そうか、ならよかった……」


俺は心底、ホッとしていた。ここで親御さんとか出てきたら、間違いなく挙動不審になっていたことだろう……。


【雅】

「すぐ近くに部屋あるでしょ? さぁ……入って」


【燈馬】

「お……おう?」


俺はその声をヒントにじっくり家の中を眺めた。


すると、ドアの隙間から光が漏れていることを確認する。


【燈馬】

「ここ……か――」


すぐに俺は、光が漏れ出す部屋のドア前まで、足を運んだ。


【燈馬】

(っゴクッ――なんだか緊張するなぁ……まだ、心臓がドクドク、バクバクしてる……)


俺は未だに心臓が高鳴っていた。一体、森燈馬は月宮雅となにをしているのか――。


その真相が目の前まで迫っていたから。


【雅】

「部屋の前にいるんでしょう? 入ってきて……」


か細いような声がドアの反対側から聴こえてくる。


俺はその声に誘われて――。


カチャ……。


【燈馬】

「は――入る……ぞ――?」


パタン……。


【雅】

「燈馬くん……来てくれたんだね――」


部屋の中に入ると、月宮雅は居た。


ただ……その月宮雅は――。


【燈馬】

「――あぁ、来たよ……」


白いワンピース姿で、椅子に座り微笑んでいた。


瞑と同じように、とても長い黒髪、そして……。


怖ろしく美しかった。


だけど……。


【雅】

「……スンスンッ――んっ……?」


【燈馬】

「ど……どうした? な……なんか俺――臭う?」


雅は部屋の匂いを嗅ぐような仕草をしていた。


俺は思わず自分の匂いを確かめるように嗅いだ。


【雅】

「うん……燈馬くん――女の子と……“した”……?」


ズキッ――!! バクバクバクッ――ドッドッドッ!!


【燈馬】

「いぃ゙――いや……う〜ん!?」


心臓が爆発しそうだった。なにかを感じとったのか、急にそんなことを言われ、俺は顔を背ける。


【雅】

「ふぅ〜ん……? “した”んだ……燈馬くん」


【燈馬】

「さぁ……どうでしょうね――うん……」


俺には分からなかった。これで、うん? したよ!! な〜んて言ったらどうなるのか……。


【雅】

「いいよ……燈馬くん、モテるだろうから……」


――ガンッッ!! ガタッッ!!


【燈馬】

「いや……いいんだ?!」


俺は驚いて床を足で叩いてしまった。


【雅】

「うん。それはそうと……」


【燈馬】

「お……おう? ど……どうした?」


ボソッと雅は呟いた。なにか言いたげそうだ。


【雅】

「なんだか……“燈馬くんじゃない”みたいだなって」


【燈馬】

「……そうだな。信じられないと思うけどさ……」


――それから俺は、少しだけ事情を話した。


【雅】

「記憶が……無い?」


【燈馬】

「あぁ……そうだ。まっ――たく……無い――」


【雅】

「それじゃ……“私達の関係”も……全て?」


【燈馬】

「……あぁ――そうだ。“全てが消えた”」


嘘をついても、いずれどこかでボロが出る。だったら先に伝えた方が楽だった。


【雅】

「そんな……“完全リセット”だなんて……」


【燈馬】

「悪いな、今の俺は空っぽなんだ……」


月宮雅にはショックなことだろうが、これが事実でこれが全てなのだ。


俺は包み隠さずに伝えた。


【雅】

「ふむ……それに、燈馬くんは誰かとしたんだ」


【燈馬】

「うぅ……そ――それは……はぁ……」


今の俺にはどうしたらいいか、分からずにいた。


きっと、森燈馬と月宮雅はイイ関係だったのだろう。


それが壊れたのだ……。


【雅】

「ねぇ……燈馬くん……?」


【燈馬】

「っな――なんでしょう……?」


――カタッ……スススッ――ピタッ……。


【雅】

「私とも……“しよ”?」


――ズササッ……ザッ……。


【燈馬】

「いや――あの……え――と……?」


雅は静かに椅子から立ち上がると、俺の目の前にやって来て、ボソッと呟いた。


俺は思わず後ずさりをし――。


【雅】

「逃げないで……燈馬くん」


……ふわっ――ギュッ……!!


【燈馬】

「ゔッ――マジ……?」


【雅】

「誰か分からないけど――“上書きしてあげる”……」


【燈馬】

「………………」


そのまま、俺達は流れるように――。

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