なにかを失い、なにかを得る。
〈部屋の中・ベッドの上〉
【燈馬】
「――なんだか疲れたな……」
【瞑】
「うん……ごめんね?」
【燈馬】
「大丈夫、お陰で色々と目が覚めた。まだ記憶は戻ってないけどさ」
ほんっと――“色々”あって、ヘトヘトになりながら、俺達は二人でベッドにチョコンと座っていた。
先程まで感じた部屋の寒さはもうない。暖かな風を受けながら、俺達は少しボーっとしていた。
【瞑】
「別に頭を打ったとかじゃないよね……? 一応聞くけどさ」
【燈馬】
「いや……多分、それは無いと思う」
【燈馬】
「ただ……俺の身に“ナニか”が起きていることは確かだと思う」
【瞑】
「そう……だよね――別に他に変わったことは無いと……思うけど」
なんだか、歯切れの悪い様子をみせる瞑。妙に神妙な面持ちで腕を組み、俯(うつむ)いていた。
【燈馬】
「おい……なにか俺に“違和感”でもあるのか?」
なにかを悟られたのかと思い、俺は少し声を震わせて問い掛けた。
【瞑】
「いや――なんだか、今日は妙に……」
【燈馬】
「え――あ……な、なんかオカシイか俺……?」
完全に動揺して、俺は完全に挙動不審になっていた。これで、中身が無職のオッサンでした。
――なんて伝えたらどうなることか……。
【瞑】
「うん、なんだか“落ち着いている”っていうか、妙に素直で拒んだりしないな〜って……さ?」
そんなことを言われた俺は少し考えた。三十路を迎えたオッサンだ。
余っ程なことが無い限り驚きはしなくなるし、そもそも自分の人生に期待なんて一切して来なかった。
なにかを始めてもダメダメで、社会に馴染めず、仕事を転々として、気がついたら無職になっていた。
そんな世の中、そんな世界の中で、自分を守る殻と言えば……。
自分にも期待しないし、世の中にも期待しない。
コレだった。
とてつもなくツマラナイ人生を歩んで来たのだ。
【瞑】
「そう――それだよ……その“妙に落ち着いた顔”」
ドキッ――!! ドキッドキッ……ドッドッドッ!!
瞑の鋭い視線が俺へと向けられる。確信を突かれたような気がして、心拍数が高鳴った。
高鳴るのと同時に、嫌な冷や汗のようなものまで頬を濡らす。
【燈馬】
「……そんなに“変”なのか? 今の俺は……」
【瞑】
「うん……変だと思う。でも……意外な一面見れてよかったとも思うよ?」
瞑は顔をぐいっと近づけ、俺の顔をマジマジと見詰めていた。
シッカリとは顔を見たことが無かったが、瞑はとてもまつ毛が長く、赤い瞳はキラキラと輝いて見え、とても美しく、可愛かった。
ふいっ……!! ガシッ――っッ!!
【燈馬】
「おごごっ――いひゃいって!!」
少し恥ずかしくなって、目を逸らそうとするも、瞑は俺の顔をガシッと両手で掴み、目を逸らせないようにしてきた。
【瞑】
「……まぁ――いいか、“こんな状況”でも……」
【燈馬】
「ひゃい……? どういうこと?」
なにか、とても意味深なことを聞いた気がした。
【瞑】
「ううん……イイの。気にしないで? 大したことじゃないから」
【燈馬】
「そ……そう? なら……良いんだけど」
なんだか……お互い後ろめたい気持ちがあるみたいで、変な気分になる。
【瞑】
「そう言えば、今日は行くの?」
突然話が変わると、瞑はやっと俺の顔を開放した。
【燈馬】
「え……? 予定とかあったの俺?」
本当に知らないのだ。嘘をついても仕方がない。
俺はストレートに問い掛けた。
【瞑】
「ほんっと――何もかも忘れているんだね……」
【燈馬】
「すまない――本当に記憶がガッポリ抜け落ちてるんだ」
WEB小説の中で、悪役に対する描写は限りなく少なく、実際、この森燈馬という悪役がなにをしていたのかは分からない……。
もし、未完ではなく完結していたならば、この悪役の裏側のシーンが見れたかも知れない。
でも……WEB小説にも、今現在も――。
一切、情報は見えて来ない。
そんな中で唯一の手掛かりは……。
【瞑】
「ハァ……分かった。全部教えてあげる」
【燈馬】
「悪いな、よろしく頼むよ」
そう……目の前の瞑だった。
【瞑】
「まず、燈馬……アナタは定期的に“月宮さん”の元へ通ってるの」
【燈馬】
「…………」
【燈馬】
(月宮……その名前どこかで見たような……?)
確かに俺の記憶の中に、その名前はあった。
WEB小説の最初も最初、本当に一文だけだが、そのような名前と記述があった気がしたのだ。
【瞑】
「ふぅ……なにか思い出せたの?」
瞑は自分の頬に手を当て、足を組んで俺の言葉を待っていた。
ただ、露骨に嫌そうな顔をしているのが見て取れた。
【燈馬】
(なんだろう……めちゃくちゃ視線が痛い?!)
瞑と月宮さんとやらの間には、なにかがあるのだろう。
【燈馬】
「――下の名前はなんて言うんだ……?」
俺は恐る恐る瞑に聞く。
嫌な予感がドンドンと膨らんで行く気がしながら。
【瞑】
「……雅ちゃんよ――思い出せた?」
空気がどんよりと重くなった気がした。
瞑からピリピリとした空気が漂い始め、コッチの気まで曇って来るようだ。
【燈馬】
「月宮……雅――ふむ……分かったような、分からないような……」
WEB小説にあった記述の内容で合っているみたいだった。記憶を辿ると確かに最初の方に、月宮雅という学生の記述があった。
ただ……その学生は不登校になった記述しか乗っていなかったはずだ。
【瞑】
「はぁ〜〜そう……なら、夜になったら場所を教えてあげるわ」
瞑はガックリと肩を降ろし、大きなため息を吐いた。重苦しい空気はやっと和らぐ。
【燈馬】
「ありがとう。それと……“自分の家も分からない”」
ここで遂に俺は驚愕の事実を伝えた。
【瞑】
「本当に全部も全部、記憶が飛んでるのね……」
【燈馬】
「冗談じゃなくて、本当なんだよ……」
WEB小説の内容があまりにもスッカスカで、ほぼ中身が詰まってなかったのだ。
詰める前に書いた作者はエタらせて、失踪した。
ここからなにが起こるかは未知数――。
確定している情報と言えば……最後に森燈馬は死ぬ。
ただ、その事実だけだ。
【瞑】
「もう少ししたら夜になる。アナタの家と、そして……月宮さんの家まで連れて行ってあげる」
【燈馬】
「よろしく頼むよ瞑。なにか思い出すかも知れない」
【瞑】
「……分かった。今はゆっくりしましょう?」
【燈馬】
「あぁ……そうしよう」
こうして次の展開へ進んで行く。
月夜瞑と月宮雅――。
この二人になにがあるのか。そして、森燈馬……。
コイツは一体何者なのか。
俺はチョッピリだけワクワクしていた。
雑すぎるミステリーモノのような気がして。
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