安寧片時

平和をつくり出す人たちは、さいわいである、彼らは神の子と呼ばれるであろう。ーマタイによる福音書 5:9


「それではこれで…」

 長身の男…桐谷が言う

「…邪魔したな」

 次いで大柄な男…鬼ケ原が言う

「良い話ができてとても有意義な時間だった。感謝する、中央の」

 局長、余真が2人に声をかける

 2人はそれに応えることはなく、そのまま春倉達が入院していた病室から出ていった

「終わりました?」

 春倉が外から入ってくる

 結局、話し合いが始まってからすぐに余真によって外に出されており、春倉は話し合いには参加できなかった

「あぁ、お待たせ。やっと終わったよ」

「お疲れ様です…して、どのような話を?」

「あ、やっぱり気になるよね」

「はい」

「申し訳ないけど、秘密にさせてもらうよ。ちょっと色々あるんだよね…」

 気まずそうに余真は言う

「大体、そう言われる気がしていたので大丈夫です」

 春倉が返す

「申し訳ないね…今度あった時に話せたら話すから…」

 その時、ピリリと言う音がする

 余真が懐から携帯電話を取り出した

「ちょっとごめんね…」

 そう言うと病室の隅に移動し電話をし始めた

(マナーモードにしとくべきなんだけどなぁ)

 春倉は内心そう思っていた

「なんだって?それは本当か?」

 余真が声を上げた

「わかった、すぐに戻る」

 そう言うと電話を切り、春倉の方へ歩み寄ってきた

「すまない。ちょっと緊急の要件が入った。すぐにここを出なければならない」

 そう言うと徐に持ってきた手提げ鞄を手に持った

「申し訳ないけどこれで失礼するよ…後のことは私が指定した人がやってくれるはずだから…おそらく、30分後くらいにくるはず」

「分かりました、本日はありがとうございました」

「うん、それじゃあまた何処かで」

 そういうと病室の空気が変わったような気がした

 ヒュゥ…

 どこからか風が吹く

 春倉は思わず目を瞑った

 そして目を開けた時、そこには余真の姿はなかった


 …30分後


 春倉達の病室がまたノックされた

「失礼します」

 そういうと40代位の男が入ってきた

「初めまして、余真さんから話は聞かれたと思います。退院とその後の生活の支援をする弓削田、弓削田 維文と言います」

 そう自己紹介した

「初めまして、春倉と言います。そしてこっちは…」

「星見、星見流菜よ」

 春倉は驚き振り返る

 先ほどまで眠っていたはずの星見が目を覚ましベッドに上半身を起こしていた

「星見さん!目が覚めたんだ…よかった…」

 春倉は言う

「はぁ…酷い目にあったわ…」

「記憶は?大丈夫そう?どこか痛いところは…」

「大丈夫…だとは思う」

「本当に良かった…」

「あのさ…」

「ん?」

「今回のこと、本当にごめん…私が行こうと言わなければ…」

「え…」

 意外だった

 彼女の口からそんな言葉が出るとは

「いや、普通に私のせいだよね…学校で私と同じような力を持つ人を見るのが初めてでさ、ちょっと浮かれすぎちゃった。そして、貴方と私の能力は遠距離と近距離に対して有効で、はっきり言って噛み合ってたんだ…だから、何もわからない貴方を誘って今回のこの討伐をその場で受けちゃったの…」

 続けて彼女は言う

「でも結果はこんな事になっちゃった…本当にごめん」

 春倉は黙って彼女の言葉を聞く

 そして聞き終わると同時に

「そんなことないよ、星見さん」

 星見に話かける

「あのままあの妖を放っておけば、なにか周りに被害が出ていたかもしれない。それに、星見さんの援護があったからこそ、あぁやって少しは活躍できたんだ…自分1人で行っても、絶対に負けていた」

「春倉君…」

「それに、妖を祓うのは自分たち祓師の役目だ。自分はそう余真さんから教わった。だから、星見さん。君は何も間違ったことはしてないよ。役目という観点からも、自分という観点からも」

 星見は顔を伏せている

「ごめんね…ありがとう…」

「大丈夫、今はゆっくり休んでね…」

 そう言ってぎゅっと星見さんの身体を…

 …

「あの…」

 え?

「会話は…終わりましたかね?」

 そうだった、今この部屋にはもう1人人がいたのだった

 慌てて星見さんから距離を取る

 同時に星見さんも慌てた様子でベッドの上であたふたし出す

 その光景を微笑ましく見ながら弓削田さんは言う

「改めまして、春倉さんと星見さんが退院するまでの生活等の補助をする弓削田です。どうぞよろしく」

 弓削田さんと握手をする

 星見さんも同様にだ

「まずは不躾で申し訳ないのですが、この病院の入院並びに治療費などの支払いに関しての補助をいたします」

「そうですよね…ちなみに幾ら位に…?」

 春倉は財布の心配しかけるが、目の前にある札束を見てその心配を和らげる

「お二人の治療費並びに現在までの入院費用、そして予定される入院日数など、諸々加味をしまして…」

 弓削田さんがパチパチと電卓を軽快に叩く

「これくらいになるかなと」

 電卓の画面が目の前に出される

 1、2、3……7桁…

 7桁!?

「ひゃ、120万円!?」

 驚愕した

 今までの人生の中でそんな莫大な金額を請求された経験なんてなかったからだ

 一番最高でも、母の日にプレゼントした、ダズニーランドの入園チケットの(父の分も合わせて)2万4000円である

 その最高の記録を大幅に、まさに桁違いな金額を請求されたのだ

「はい。こちらの請求になりますね」

 弓削田さんは淡々という

「今回の討伐依頼である妖は完全祓滅が確認されましたので、報酬の5万円がお二人には配布されます。しかし、病院費用のお支払いをしなくてはならないので、その5万円はお支払いに充てられます」

 ということで、と弓削田さんは続ける

「残りのお支払いは115万円となります」

 春倉は少々愕然としていた

 (この国では安く医療のサービスが受けられるはず…なんでこんなに請求されているんだ…)

「春倉君、とりあえず先ほどの口止め料を渡してしまいましょう」

 星見さんが声をかけてくる

 確かに、この請求されている金額を払うためにはそれしかないだろう

「では、残りはこのお金からお支払いします」

「かしこまりました。では、そのお金から残りの115万円を頂戴しますね」

 目の前の札束に手を触れ、その帯を取ったかと思うと慣れた手つきでお札を扇状に広げ115万円分のお札を取って行った

「丁度でお預かりいたします。こちら残金は385万円となります」

 やはり500万円あったようだ

「それでは費用を頂戴できたのでお二人にはこれからの日程をご説明いたします」

 そして長々と説明が始まった

 数十分後

 話は終わり、病院への対応並びに各種支援の手続き等を行ってくるといい、弓削田さんは病室を後にしてしまった

 星見さんに話しかける

「ね、星見さん。入院費用、高すぎじゃないかな?自分の記憶が正しければ、医療保険とかそういう保険に入っている場合、国がお金を出してくれて幾分か安くなるはずなんだけど…」

「あれ、春倉君、知らなかったの?私たち祓師に、保険は適用されないよ?」

「え?」

 初耳だ

「私たちはこの仕事についている以上、一般人よりも怪我を負ったり死亡する確率が段違いと言うレベルで高いの。だから、保険は適用されない。でも、その代わり一つ一つの仕事の報酬は一般社会と比べて高くなってる。祓師の平均月収はいくらか知ってる、春倉君?」

「いや、知らない…」

「一般社会だと上下はあるけど大体が30万円前後。私たち祓師の場合も上下はあるけど、平均で90万円よ」

「90万円!?」

 一般社会の3倍の給与額である

「最も、何故こんなにも高いのかは諸説あるけどね…」

「?」

「春倉君、一般人よりも体や命を張る仕事をする時に、普通の仕事と同じ給与じゃ割に合わないと思うでしょ?」

「そうだね」

「だから報酬を高くしたり、基本給与を高くしているの。人間っていうのは不思議なもので、そうやって何回かお金を稼いでいる内にいつのまにかもっと稼ぎたいと思うようになるの」

「まぁ、それはそうだよね。お金を稼ぎたくないって思う人はいないと思うし」

「もっと稼ぎたいと思った人はどうなると思う?」

「祓師を辞めずに祓師関連の色んな仕事に手を出すだろうね」

「それよ」

「?」

「祓師は危険な仕事。でも、その危険に恐れをなして祓師がこの世界から逃げ出してしまうと、この世界はあっという間に『妖』によって破滅してしまう。だからね、逃げ出さないよう、辞めさせないようにしたいの」

「そうか!だから、報酬を高くする…」

「その通り」

 星見さんと祓師の世界についての質問や会話などを楽しみ、いつのまにか時間が経ったのであろう

 弓削田さんが部屋に入ってきた

「お待たせいたしました、全ての手続きが完了致しました。お二人はあと4日間、ここに滞在してもらいます」

「分かりました、色々とありがとうございました」

「いえいえ、これが私の業務ですので。私の連絡先をお二人に渡しておきます。何かご要望などございましたら、いつでもお掛け下さい。それでは」

 弓削田さんは颯爽とそれだけ告げると病室を再度出て行ってしまった

 星見さんとまた2人になる

「ねぇ、春倉くん」

「ん?」

「退院したら、私の師匠の所に一緒に行かない?」

「師匠?」

「うん。私に色々な祓師の世界のことや、力の制御とかの修行をつけてくれた人。あっといて損はないと思うよ」

「わかった。自分も力の制御とか、まだまだ難しい所はあるから、行ってみたい」

「よかった。いつか、会わせてみたいと思っていたから…」

 そういうと星見は眼を閉じ始めた

 そう思った時にはすでにスゥ…と寝息をかいていた

 その姿を確認すると、春倉は掌を上に向け、力をこめる

 祓力にて構成される光輝く糸が現れる

 (この強度ではいけない…)

 先の戦いを想起する

 (糸で縫い止めたのはよかった。でも、結局は強度が足りず、簡単に切られてしまった…今回、こうなってしまったのは自分のせいでもある…)

 掌に力を込めるイメージを集中する

 キラキラと輝く糸はさらに輝きを増す

 だが…

 (っ!)

 糸は突如、両側から力強く引っ張られたかのようにブツリと千切れる

 千切れた糸は掌から地面へとゆっくりと落ち、地面に付く前にサァッと光の粒になって消えてしまった

 掌から地面に落とした砂粒のように

 (やはり糸の強度が問題、か。単純な強度はもちろん、力を込めすぎた場合も自ら千切れてしまう。戦いの最中は気持ちを冷静に保つことは難しい。だから、自ら千切れないための何かを、方法を考えださないと…)

 春倉は深く考え始めた


  ・日ノ本国 魔歩省第二会議室 日入

 窓から夕暮れ特有の赤い光が差しみ、中央のテーブルに集まり椅子に腰掛けている人員の顔を明々と照らし出している

 各々、目を開き真剣な眼差しで目の前の資料を読んでいる

 場は静寂だ

 その静寂を破るように1人の男が声を上げる

「皆様、状況は把握致しましたでしょうか」

 余真である

 幾人かがコクリと小さくうなづく

 その様子を見て余真は話を続ける

「では簡単にですが、まとめたいと思います」

「本日、午前2時に奏録市要山町にある一軒家にて裂け目が見つかりました。。この一軒家は長い間誰も住んでいない…要するに廃墟ですね…そのような状態であり、そのせいで今回は発見が遅れてしまいました。現在、調査班の報告によると裂け目は約30センチメートル前後の長さになっており、早急に対応が必要のこと。そして民間の被害者ですが…どうも十数人は取り込まれたらしい…と。今回の発見に至った経緯は、その一軒家に肝試しで入った地元の大学生の通報によるもので、いきなり目の前で四人組のうちの2人が忽然と消失したと…」

 そこまで余真が話していると、突然手が上がった

「おや…五行衆長官の一光殿、どうかしましたか?」

 余真は手を挙げた老人に話しかける

「いやな、失敬失敬…どうもこの年になると長い話は苦手でのう…すぐに眠たくなってしまう…」

 周りからクスクスと言う小さな笑い声が聞こえる

 一光と呼ばれたご老体は頭をポリポリとかきながらにこやかな表情でホホホ…と笑うと徐に真面目な表情になり余真へ話かける

「いつもならこういった裂け目は我々か、対応の者がそのまま封印するのが流れじゃろう…?じゃが、このようにほぼ全ての部署の長官が集まっておる…何事かあったのじゃな?…それを話して欲しいのじゃ…さきほども言うたが、長い話は苦手だからのぉ…」

 そういうとじっと余真を見る

 他の長官も余真のことをじっと見ている

「はぁ…言われた通りです、一光殿…本来であればこのような裂け目云々は何もこのような大きな会議を開かず、対応省または我々が独自に封印すればいいのですが…今回は少しまずい事態である可能性が出てきたのです…」

「何じゃ?」

「今回のこの裂け目…人為的に作成されたものである可能性が浮上しました」

 瞬間、静寂

 どこからかペンが机の上に落ち、カタンという軽い音がする

「…裂け目の周囲を慎重に捜索したところ…裂け目を作成したと思われる方陣が見つかりました。その方陣なのですが…一致してるんです」

「何がかな?」

「彼の教団とほぼ同じ方陣でした…」

 余真は一呼吸おき、その名を口にする

「祖神崇霊教…」

 その名前を言った瞬間、会議室にはさっきの静寂が嘘であったように喧騒が起きる

「ありえない…」

「あの団体が…」

「模倣犯じゃないのか…!?」

「空間の裂け目は人為的には不可能…だが…」

「喝ッー‼︎」

 凛とした響きを伴い、一光の口から喝がとぶ

 その喝に驚いたのか、その部屋の中にいる全員が口を閉じた

「余真殿、彼の教団…祖神崇霊教が使っておった方陣と似ているとおっしゃったな?」

「えぇ、その通りです。一光殿」

「皆の衆、今回発見された方陣は彼の教団と『似ている』、だそうじゃ。彼の教団が『作った』、彼の教団と『同じ』という事ではないことを忘れぬよう」

 会議室は完全に静まり返っている

 しかし、やはり幾人かは不安そうに目配せし合っていた

「とりあえず」

 余真が口を開く

「今回の事態の収集を図るため、我々魔歩省は乙級祓師4名と丙級祓師6名の計10名をすでに現地に派遣しました。主な対応内容としましては、裂け目の封印作業並びに作成者の調査を指示しています。また、対応省と協力し事態の収集を図るという計画も別途立案し、その達成に向けて準備中です。今回の案件は事が事ですので、おそらくではありますが、対応省も腰を上げてくれるでしょう」

 余真が言い終え、周囲を見渡す

 誰も何も言わずに余真を見つめている

「質問等無いようですので今現在の対応は今の内容で一時終了と致します。後ほど、各部署宛に細かい指示を載せたリスト等を送付いたしますので、今現在の対応はそのリストに従い行動をお願いいたします。また、何か対応等に関しての質問があれば後ほど私宛にメールをお願いいたします。それでは、本日の集会はこれでお開きに…」

「ちょっと待ちなさい」

 入り口から声が響き、余真の声を遮る

「…?今は会議中です、用事があるならば表に待機してる秘書官に要件を…!?」

 途中まで言いかけ慌ててその口を閉じる

 そして勢いよくその声の主を向き姿勢を正し、深々とお辞儀をする

「お疲れ様です、姫宮様」

 姫宮という名前を口に出した途端にその部屋に腰掛けていたすべての人間が椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、その声の主の方向へ向きお辞儀をし挨拶をする

「お疲れ様です…」

「姫宮殿、お疲れ様でございます」

「姫宮様…」

 それぞれがさまざまな言葉でその人物へ声をかけお辞儀をする

 皆の視線の先、そこには2人の人物が立っていた

 1人はまだ年端もいかない少女で、外見から見るに10代で、白い服の上に黒々と光る皮のジャンパーを着用している

 また、毛髪は白く、それと似合う白いベレー帽のようなものを着用している

 もう1人も女性であり、少女よりも背が高く、外見は20代と言ったところだろうか

 顔を見るに日ノ本人ではないだろう

 おそらくは西の国あたりの外見をしている

 少女が口を開く

「余真さん、さっき情報部の人から聞いたんだけど、あの教団と酷似した方陣と裂け目が見つかったんだって?」

「は、はい…その通りです」

「ふぅーん…で?貴方はそれに対応するために10人の祓師を送り込んだってわけね?」

「その通りで」

「そう…はっきり言わしてもらうわ」

「?」

「全然人が足りないわね、その裂け目に対応するためには」

「申し訳ござません。しかし、我々魔歩省としてもこの件に割ける人員が…」

「ふん、何も、貴方や魔歩省を責めているわけではないから安心して。でも、その対応だとやはり人数が足りないわ…なので、我々姫宮からも数人、そちらに出します」

「本当でございますか…!?しかし、姫宮家の通常業務にも支障が…」

「くどい!」

「…っ。失礼いたしました。ご協力感謝いたします」

「それから、この件についての報告書並びに調査書は出来上がり次第その写しを我々姫宮にも送ること、いい?余真さん?」

「かしこまりました」

 余真は再度深々と頭を下げる

「余真さんから説明あったと思うけど、各部署の長はいつもよりかは気を引き締めてこの案件に取り掛かること、いい?」

 少女が振り向き、テーブルに座っていた者たちへ声をかける

 全員が全員、面を下げ聴き入っていた

「それじゃあね、邪魔して悪かったわ…あぁ、あとコレ、余真さん。私たちがそっちに寄越す祓師のリストよ」

 小さなUSBメモリが少女の手から投げられ、余真がそれをキャッチする

「私たちが寄越す祓師はどのように使っても構わないわ…基本的なことはもちろん、どの人物も乙級以上の実力者達よ」

 そういうと少女達はツカツカと歩いて部屋を出て行き、それに続くようにして女も出て行った

 扉がガチャリと閉められる

 しばしの沈黙

「ホホホ…まさかまさか、姫宮家が自ら来て下さるとは…」

 一番先に口を開いたのは一光だった

「いや、まぁ…確かに…。四大名家の一角が自ら来るとは…未だに信じられません…」

「余真殿、ぼうっと木偶の坊のように立っている場合ではありませぬぞ。すぐにでも行動を開始しなければ」

「確かに…えぇ…各部署の長官は先ほど言った通りに行動をお願いいたします。あぁ、そうだ。一光殿は一旦ここにお残りいただけますか?姫宮家が寄越す祓師について、情報の共有と派遣する祓師の編成についてのご相談をしたいので」

「あい分かった」

 一光が答える

「それでは、本日はこれにて解散致します。各自、業務のほどよろしくお願いいたします」

 テーブルの周りにいた者達が一斉に立ち上がり、我先にと慌ただしく部屋を出て行った

 部屋には一光と余真の2人が残った

「それでは、一光殿、引き続きで申し訳ないのですが、よろしくお願いいたします」

「全くじゃ、この老体に鞭打って働かせるようなことをして…ま、良いがの…さて、余真殿、一応結界を貼っておくかの?」

「そうですね、お願いいたします」

「うむ、お任せあれ」

 そう言った瞬間、一光がエイヤと指を空中に突き出す

 その指を横に動かし円を描くようにして回す

 回し始めたその瞬間に部屋の空気が違っていくのがわかる

 濃厚な神気だ

 清々しい清涼な空気が部屋の中に徐々に満たされていくのがわかる

 二、三度、同じように指を回す

 二、三度、同じように腕を回す

 そして五度目か六度目になった時、気づけば部屋の壁全体が揺らいでいるように見えていた

 濃厚な神気が部屋に満ちたり、今、この空間はある意味で現世とは隔離された空間になっている

「いやぁ、いつ見ても見事なまでの結界ですね。私も精進せねば…」

「ホホホ…余真殿が使いこなせるようになった時は既に儂は寿命でポックリ行っとるじゃろうなぁ」

「ご冗談を、一光殿」

「ホホホ…」

 そして2人はテーブルに備え付けてあるPCにUSBメモリを挿し、中のデータを閲覧する

「コレは…」

「ほぅ…なかなか面白い者が来るんじゃのう…一体全体、姫宮家はどこからこのような人員を見つけてくるのか…」

 結界が施された部屋の中で2人は密かに話し続けるのであった

 

 ・アイソル国 クスフォラバフ 日昳

 クスフォラバフ…コツォヴィダルヴより北方約750km遡ったところにある都市

 その都市へ向けコツォヴィダルヴより発車する特別急行電車の中にて

 カタンカタン…

 電車の走る音が心地よく聞こえる

 目の前のテーブルにはワインの注がれたグラスと一台のパソコンがある

 ここは先頭車両の特別個室の中だ

 内装はシックな造りであり豪華さはあまりないが、気品のある上品な造りとなっている

 パソコンには画面が表示されており、その画面いっぱいに初老の男性の写真が表示されている

 顔の半分に火傷のような傷を負った…

 その写真をじっくりと眺める

 (この男、やはり…)

 その時、パソコンにメッセージが来ているという通知が画面に表示される

 その通知をクリックし、表示する

『依頼内容の情報を集め終わった』

 メッセージにはそう記載されていた

 カタカタと打ち返す

『そうか。で、結果は』

『ほぼ間違いないだろう』

『ということは、やはり日ノ本の…』

『うむ。過去の亡霊が今になって動き始めた』

『そうか。ちなみに、あの件との関係は?』

『不明。なにしろ情報が秘匿されている。これ以上の情報を望みたくば、日ノ本の公安に尋ねるしかない。まぁ、無理だろうが』

『分かった。情報の収集、感謝する。代金はいつものようにすれば良いか?』

『キャッシュオンリーだ』

『了解した』

『詳細な情報はデータにし、其方に…今送った』

 チャット欄に一つのファイルが表示される

『このチャット欄は現在時刻より10分後に自動的に破壊され消去される。ファイルは3分後だ』

『了解した』

『パスワードはかかっていない。が、非致死性の認識魔術をかけてある。網膜に防衛魔術を施しておくことを強くお勧めする』

『了解した』

『それではこれで。またの利用を待っている』

 そう書き込まれると相手のアカウントが消えた

 このチャットルームから出て行ったのだろう

 また出て行ったその数秒後に、そのチャット欄の右上にタイマーが表示される

 10:00

 9:59

 9:58

 …

 ファイルをダウンロードし、PCに保存する

 任務完了だ

 あとはこの情報を我々連合に持っていくだけ…

 その時

「ご旅行ですかな?」

 突如として話しかけられる

 顔をパソコンから引き上げ声のした方向をみる

 いつの間にか対面の席に男が座していた

 (いつの間に…!)

 驚きながらも即座に胸の拳銃を引き抜き撃とうとする

 が、出来ない

 目の前が突如として暗くなる

 服の上に赤黒い液体が垂れる

 血だ

 (何処から垂れているのだろう…止血しなければ…)

 ゆっくりと手を上にあげ、温かい血を掻き分けながら徐々に徐々に上へと手を探っていく

 あった

 首筋に何かが突き刺さっている

 (引き抜かないように…治癒魔術…を…)

 唱え終わらないうちに目の前が真っ暗になり、そして…


「情報の回収、完了いたしました…えぇ…はい。掃除屋をお願いいたします。先頭車両の102号室です…はい…よろしくお願いいたします」

 目の前のパソコンを見ながら電話をする

 (情報はこれだな…)

 パソコンにUSBを突き刺し、データを移動する

 (これで良し。この男には可哀想なことをした…帰って懺悔をしなくては。主は赦してくださるだろうか…)

 そう言って座席の上に寝かせてある男の首から何かを引き抜く

 キラリと輝く十字架だ

 だが、普通の十字架ではない

 下側の先端に鋭い刃がついている

 刃についた赤黒い汚れをハンケチで拭き落とし、キャップを被せる

 そしてその十字架を首から下げた

 (あとは掃除屋がやってくれますね…さて、私は次の駅で降り、これを持ち帰らねば…)

 そして何処からから黄色い立て看板を出し、その部屋から出てドアの前にそれを設置した

『清掃中 ご迷惑をおかけします』

 そう書いてある

 立て看板を置き、部屋の前で十字架を握り締め、何かをブツブツと唱え始める

 見えざる棘が出現し、部屋へと続くドアに巻き付く

 また、妖精のような小さな生き物が現れた

「いつもすみませんね、あとは頼みましたよ」

 にっこり微笑みその存在へ語りかけると、その現場を後にした

 隣の部屋では夫婦とその子供が楽しそうに喋っている

 さらにその隣では老夫婦が穏やかに、互いにゆっくりと静かに語りかけ微笑んでいる

 まさに日中の、至って平和な光景である

 (この素晴らしき日々と世界に、主に感謝を)



[安寧片時 END]

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