内々影路

アイソル国 コツォヴィダルヴ 未明

 一軒のバーから男が出てくる

「Спасибо за еду.」

 そう言って帽子を軽く上げ、にこやかに挨拶すると外に出た

 コツォヴィダルヴの夜は寒い

 男はコツォヴィダルヴに住んではいなかったが、その寒さを知っていた

 思い返せばもう数十年前のことである

 あの当時は誰もが必死だった

 唯一分かること、それは、誰もが己の勝利を信じ、ただひたすらに前進を続けていたと言うことだった

 その仲間ももういない

 男は夜空を見上げた

 満天の星だ

 寒いほど星は輝いて見える

 月もだ

 月は青白く全てを知らぬような表情をし、ただ静かな青白い光を下ろしていた

 バーの玄関から出て、歩き始める

 少し歩いたところに公園がある

「Покро́вский парк」

 意味は「美しき公園」と言うらしい

 少し酔いを覚そうか

 男はそう思いその公園に寄ることにした


「ターゲット、公園に入りました」

 公園のすぐそばの建物から男を見張っていた人物が声を上げる

「そうか。A班、B班に伝達。ムーブ」

 刀を持った男が声を上げる

「ラジャー」

 そういうと数人のフェイスマスクをつけた者が立ち上がる

 各々、銃を所持している

 立ち上がった者たちは黙々と準備を整え、準備が完了した者から外に出ていった

 それを見た刀を持つ男も立ち上がり外に出ていく

「…亡霊め、今度こそ…」

 そう呟くと先に出た者たちを追うようにしてコツォヴィダルヴの夜の闇に消えていった


 その男は公園の中を歩き続ける

 このПокро́вский парк(美しき公園)は人気のスポットで昼間はたくさんの人が屯し自由に過ごしている

 だが夜になると誰もいなくなる

 あたりは静寂に包まれている

 唯一響くのはその公園に住んでいるのであろう鳥が羽ばたく音や、虫の羽音などである

 いや、今夜は違う

 男の靴音が響く

 コツ、コツ、コツ、コツ…

 規則正しく、革靴と地面のぶつかる乾いた音が周囲に響く

 そしてその男の感づかれぬよう後ろから数人の人影が音を立てぬように近づいている

 その距離およそ100メートル

 先頭にいた人影が手をあげる

 人差し指と中指を伸ばし、続いて自身の左側を指差す

 また、人差し指で自身を指し、次いで人差し指と中指を伸ばし、手を前後へ振りかざす

 その仕草を見た他の人影は意味がわかったかのように目配せすると、2人がその手を出した人物から離れ左側へ移動した

 残された3人は先ほどと同じく標的である男を見失わないよう後をつけ続ける

 公園の真ん中には噴水があり、ちょっとした広場になっている

 男はそこまで歩いていくとその噴水の淵に腰掛けた

 男の背後では噴水から水が勢いよく吹き出している

 また、噴水の中にライトがあり噴水全体が白い光に照らされ輝いて見える

 水がライトの光を乱反射しあたりをぼんやりとした光が照らしている

 男の顔が照らされる

 男の顔の半分に傷跡があった

 いや、傷跡というよりも火傷痕というべきかもしれない

 また、その痕がある方の目は変色していた

 その顔が見えたのであろう男をつけていた人影が身につけていた無線機に声をだす

「男の顔を目視で確認。ターゲットに違いありません。ご指示を、オーバー」

 そういうと2、3秒後に返事が返ってきた

「発砲を許可する。くれぐれも失敗するなよ。タイミングは隊長である貴君に任せる、オーバー」

「ラジャー」

 そういうと人影…隊長と呼ばれた男は無線機を元の場所に戻し手に持っていた銃を構える

 他ついてきた2人も同じく銃を構える

 さらに、先ほど指示を出し別行動にさせた2人も銃を構えた

 その2人は自身たちから噴水を挟んだ向こう側にいる

 先ほどと同じように手を挙げた

 指を3本立てている

 2本になった

 1本になった

 人影全員がその男に狙いを定め引き金に手をかけている

 立てられていた人差し指が折り畳まれた

 それと同時にバシュっという後がなる

 5人全員が同時に、その男めがけて撃ったのだ

 噴水に腰掛けていた男はびくりと体を震わせたかと思うとゆっくりと後ろへ倒れていき

 バシャーンという音を立てて噴水の中の水へ落ちていった

「全弾命中。ターゲットの死亡を今から確認します、オーバー」

「ラジャー、くれぐれも気をつけろよ、オーバー」

 無線機での話が終わると銃を構えたまま噴水へ近づいてゆく

 バシャバシャという噴水からでる水の音以外、何も聞こえない

 ゆっくりと噴水を周りを取り囲むように5つの人影は散り、銃を構えたまま噴水へ近づく

 10メートル

 5メートル

 3、2、1メートル…

 いた

 噴水の中の水に沈んでいる者が確認できる

「報告。標的の死亡を確認、オーバー」

「ラジャー、よくやった。事後処理をいつもの様に頼む。そこから約150メートル、公園の南口に回収班を配置した、オーバー」

「ラジャー」

 そういうと無線を切り、他の人影…隊員と共に噴水の中の水に入りその者を引き上げる

 刹那、驚愕

 引き上げた者の顔はなかった

 いや、正確には複数のまとめられた木の枝と数本の細い縄、紋様の描かれた紙が一枚、その者の顔があるべき場所にあった

「しまった、ダミーだ!」

 隊長が叫ぶ

「報告!ターゲットはダミー!本物のターゲットを見失いました、オーバー!」

「落ち着け!すぐに周囲を警戒しろ、応援班を向かわせる!また、公園を一時的に封鎖する、オーバー!」

「ラジャー!」

 通信を切ると周りにいる4人の隊員たちに声をかける

「総員、周囲を警戒しろ!襲ってくるかもしれ…」

 言いかけたその時、何か不自然な音を耳にした

 カチ、カチ、カチ、カチ…

 規則正しい、金属と金属がぶつかり合って生じるような小さな音

 (音の出所は何処だ…?)

 隊長は手で静かにするよう他の隊員たちに示し、音の出所を慎重に探す

 音はそんなに遠くから出ていない様に感じる

 そう、すぐ近く、数メートルも離れていない…

 例えば、このダミーからとか…

「…総員離れろ!トラップだ…」

 バァーン!

 言い終わらないうちにダミーから眩い光が炸裂し隊長や噴水、隊員たちを巻き込んだ

 次いで炎が上がる

 周囲には噴水だったのだろう、白い石のような欠片が飛び散る

 それらの中に黒いものが見える

 それは隊員達が装備していた物だった

 銃器、防弾ベスト、バイザーが付いたヘルメット、暗視スコープ…

 全ての物がバラバラになり、一部は熱で溶けている

 炎が上り、周囲は煙で包まれている

 その中を1人の男が歩いてくる

 そう、顔の半分に火傷の跡がある男だ

「…連合もこの程度か…落ちたな」

 男はそういう

「まだあの時の連合の方が上手くやる…」

 そういうとそのまま歩き続けた

「偽物を用意し、その中に罠を仕掛ける…兵法の基礎中の基礎だ…連合はそんなことも教えられないのか?」

 地面に転がっていたバイザー付きのヘルメットを手に取る

 おそらく爆風で脱げたのだろう、中身はなかった

 その代わり、ヘルメットの内部に白い塗料で幾何的な図形がいくつも描いてある

「ふん、思ったとおりだ…不可視化の術、そして…裏隠の術か、これは」

 そういうとそのヘルメットを投げ捨てる

「こんなものに頼っているから腕が落ちる…」

 続けざまこういう

「最も、このような技術に頼らず、ただ己の腕のみで来るような勇敢なものもいるようだがね…」

 そういうと手を素早く後ろに伸ばす

 その瞬間、手には刃が握られていた

 握っている部分から血が流れ落ちていく

「…チッ」

 鋭い舌打ちが聞こえる

 その瞬間に刃が引き抜かれ男の前に別の刀を持った男が立ち上がる

「気配を消し、無音を維持したまま私を後ろから切ろうとする、着眼点は良かったぞ…ただ、一つ…貴君の溢れんばかりの殺気がなければの話だが…」

「喧しい!次こそは!」

 そういうなり刀を構え突進してくる

 (ほう、水の構え…ちゃんとした刀の訓練を積んだ者だ…しかし、この太刀筋、似てるな…)

 そんなことを考えた瞬間、あっという間に自身の目の前に瞬間移動したかのようにその男が現れた

 (縮地…か。この速さでこの練度、やはり…)

「せやっ!」

 刀が振り上げられる

 手を前に、クロスさせながら後ろへ飛ぶ

 その瞬間を逃さぬように刀を持った男は進み、再度上げた刀を振り下ろす

 真向斬り

 だがただの真向斬りではない

 刀に宿る力を見ればわかるが、何か強大なものを感じる

 それは聖なるものや浄化的な力ではない

 真反対、それをいうならば穢れのようなもの

 穢れや残穢を纏った斬り方である

 (ほう、なるほど)

 その刀を見ながら冷静に分析する

 (敵を穢れに見立て、その穢れを吸収またはより強い穢れで圧倒し押し斬る…これがこの刀の力なのか此奴の力なのか分からんが…)

 そこまで考え、結論を頭の中で思い浮かべると同時に行動に移す

 刀は空間を斬るように正確にその男の脳天めがけて振り下ろされる

 ザシュッ

 肉が切れる音がした、次いで

 プシュアー

 血が噴き出る音も

 刀を持った男は刀を、切ったものを見る

 それは先に公園の中に入り男と交戦した隊員がつけていたヘルメットだった

 中身が入っていたのであろう、切った箇所から血が噴き出ている

 うっすらと髪の毛も見える

「穢れを纏った攻撃ならば…同じく穢れを纏った物…死んだ者の一部に生気を移せば良い…」

 刀を持った男の後ろから声がする

 振り向きざま後ろを斬る

 一文字斬りだ

 だが先に避けられてしまい刀は届かなかった

「さすれば、貴君の刀か貴君の術のどちらかが勝手に勘違いし、吾輩の生気と穢れを纏った方を今のように斬るからな…」

 男は朗々と語る

「貴様ァ!」

 刀を持った男は激昂する

 また再び刀を構える

 今度は火の構えだ

 だが…

「遅い…」

 男が懐から銃を抜く

 火の構えをしている以上、手を使った防御術は難しい

 その隙を狙ったのだろう

 パァン!パァン!パァン!

 甲高い音が3回なる

 ビシッ、バシッ、ガシッ

 何か硬いものにぶつかった音がする

 放たれた弾丸は空中で止まっていた

 そしていつの間にやら刀を構えた男の足元には円形の魔法陣があった

 男の足を中心とし、約半径2メートルほどの精巧な円が光り輝いている

「弾など無駄だ!」

 刀を構えた男が言う

「そんなことわかっておる…」

 銃を構えた男が言う

「吾輩より、貴君の背後を気にしたらどうだ…?」

 刀を持った男の背後から音がする

 振り向くざま、驚愕

 隊員の一名が刀を持った男へ向かい銃を構えている

「なっ!?おい、俺は味方だ!撃つんじゃない!」

 だが何も聴こえていない様子である

 そこで刀を持った男は気づいた

 (こいつ、生きていない…)

 右腕は吹き飛び、左腕はなんとかくっついている状態、何しろ決定的なのは首が有り得ぬ角度に曲がっていると言うことだ

 そして、突進

 手に持った銃を連射しながら突撃してくる

 (まずい!)

 この防御魔法陣は銃弾などの危険と見做した物を自動的に防御するが、それ以外のものは防げない

 さらに、近接に対する防御に自信のあるこの男は、自身の魔法陣を改造し近接戦闘の一切を防がない代わりに銃などの飛び道具に対する防御力を上げていたのだった

 連射された弾丸が空中で止まっていく

 銃弾が発射され続ける限り、魔法陣を解くわけにはいかない

 魔法陣と突進してくる死体の距離約1メートル

 死体はそのまま突っ込み、魔法陣の中に入った

「…チッ」

 舌打ちしたと同時に刀を斜め下に振り下ろす

 袈裟斬り

 死体の右肩から刀が入り、左腰から刀が出てくる

 死体は真っ二つになりその場で崩れ落ちた

 切り捨てた直後、振り向きざま刀を上段へ振り上げる

「一歩、遅いな…」

 その声が聞こえたと同時に左目から見えていた景色が見えなくなる

 直後、鮮血が吹き出した

 右から見える視界が真っ赤に染まっていく

「うぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…!!!!!」

 たまらず悲鳴を上げる

 先ほど銃を構えていた男はいつの間にやら刀を持ち出し、先ほどの死体を切った一瞬でこちらまで詰め、そして左目を斬ったのだ

 激痛に思わず刀をおとし、両手で左目のあった箇所を押さえ膝立ちになる

 両手の間から血がボタボタと流れ落ちる

「筋は悪くなかった…練度が足りんかったな…」

 男が言う

「殺せ…早く…!」

 傷口を抑え、痛みに耐えながら男は言う

「いいや、殺さぬ…間違っていたらすまんなんだが、貴君、もしや辻風家の者かね?」

「!!」

 男…辻風は少し驚く

「なぜ、私の苗字を…!」

「やはりか…いや、ね。貴君が見せた太刀筋、吾輩も見たことがあるんでな…そうかそうか。やはり辻風の末裔か」

「ぐ…だからと言って、殺さぬ訳にはならんだろう!」

「いや、殺さぬ…実を言うと、辻風家には少し恩があるんでな…その恩のために、今回は命をとらんよ…」

 だが…と男は続ける

「次会ったときは、容赦はしない…今回命が助かったこと、深く貴君の祖先に感謝するんだな…」

 そういうと徐に立ち上がり背を向ける

「あぁ、そうだ…一つだけ…」

 男は言う

「良いことを教えてやろう」

 男は振り向き、持っていた刀を鞘に差し込む

 月が男の後方から光を差しこみ、男の全体像を照らし出す

 髪は白く髭も白い

 そして全体的に老けた顔つきであり、顔の半分だけは火傷の痕で覆われている

 だが全体的に老けた顔つきでも一つだけ異質な箇所があった

 目である

 若者と同じように輝いていた

 目だけは今の若者と変わらぬ、若さを見せつけていた

「今の時代、吾輩のような老耄を見たのなら…」

 ゆっくりと言葉を出す

「あの大戦の生き残りだと思うことだ…」

 そう言うとどこから取り出したのか、古いシミだらけの帽子を取り出し頭に被る

 いや、ただの帽子ではない

 軍帽である

 額の箇所にはキラキラと輝く五芒星、その下には帽子を一周するように巻かれた赤布

「さて、頃合い…だな」

 耳を澄ます

 遠くからパトカーが近づいてくる音が聞こえる

 また、公園の周りにあるアパートや家の電気がつき、何事かとベランダから外を眺めているものもいる

 おそらく、先ほどの爆発で目覚めた者が警察に通報したのだろう

「それではな、辻風の末裔…」

 男は言う

「久々に懐かしいものを見れた…」

 そう言うと男は消失した

 目の前で、霧が晴れるが如く

 連合の持つ簡易転移術を超える練度と技量の高さである

 辻風は見てそう思った

「はっ…先の大戦の亡霊め…」

 そう言うとヨロヨロと立ち上がり、そばに落ちていた刀を杖代わりにし歩く

「作戦は失敗…報告書だけではすまない、か」

 そう言うと公園の出口に向かって歩き出したのだった…


[先日、俸禄市都姫町のマンションの一室で火災が発生しました。消防の報告によると火はすぐ消し止められました。死傷者はいませんでしたが、その一室は誰も契約していない一室だったと言う報告があり、警察は不審火、放火事件として捜査を行なっています。では、次のニュースです…]

 病室にテレビの声が響く

 そばのベッドには星見が眠っている

 すうすうと言う声を立てて眠っている

「さて、春倉君」

 目の前に座った男から声をかけられる

「どう言うことか説明してもらおうかな?」

 笑顔で声も優しく、春倉に問いかける

 だが、目は笑っていなかった

「えーと…すみませんでした…余真さん」

 椅子に座って目の前にいる余真に話す

 両者の間にはテーブルがある

「謝罪をしろとは言ってないよ、春倉君。ただ、こうなった理由を聞きたいんだ」

「あ、はい…」

 そして春倉は辿々しくもこうなった経緯を話したのだった

 春倉の話が終わり…

「ふーん、なるほど。最後はその女の人が助けてくれた…と」

「はい。何か光?みたいなものを操って『妖』を倒しました」

「おかしいなぁ。現場の見者は入ったのは君たち2人だけだと言ってたんだが…」

「いえ、絶対にいたはずです」

「ふーむ。まぁ、いい。とにかく、2人に大事がなくて本当に良かった」

 余真は微笑む

「あの……」

春倉は不安そうな顔を浮かべる

「なにかな?」

「……余真さん怒ってますよね…?」

「ほう、なぜそう思う?」

「……だって、僕が勝手な行動したから……僕が怪我して、それに星見にまで迷惑かけたんです。怒られるのは当然ですよね…」

春倉は下を向いてしまった。その様子を見て、余真は微笑みを絶やさず言った

「まぁ、今回起きてしまったことについては残念なことだが、君たちは君たちに出来る事をしようとし、それに従っただけだ。なんら悪いことはない。むしろ、だ…」

余真の声のトーンが落ちる

「今回の報告書を読んだが、変異系の『妖』だったとはね。なるほどなるほど、我らが中央が等級判断を間違えたということか…」

後半は小さくぶつぶつと呟くように言う

春倉は尋ねる

「あの、余真さん」

「ん?」

「その、さっき話した女の人も言ってたんですけど、その、中央ってなんですか?あと、等級とは…?」

「ふむ、説明してなかったかな」

「はい、自分の記憶が正しければ説明されていないと思います」

「わかった。では、簡単にだけど説明しよう」

ここで一呼吸おいた

「中央、正式名称は日ノ本國政府直轄超常対応省と言う。まぁ、名前から分かるとは思うが、我らが日ノ本政府が直々に運営している超常。すなわち『妖』などに対応するための組織だ。要するに、我々魔歩省と同じだ」

「話を聞く限りでは、私たち魔歩省とあまり違わないように感じますね」

「そう思うのは無理はない。外から見れば同じ様でも中から見れば全く異なる。今から話すことは初耳だと思うが、実を言うと我々、魔歩省は國から見ると非公式の団体なんだ」

「え!?そうなんですか!?」

「うん。本来の超常対応省は向こうの方だ」

「へぇ…え、じゃあ、この組織って誰が運営しているんでしょうか」

「ふむ、少し詳しいことは言えないのだが…」

 少し余真が考える

「…名家とおいう言葉は知っているかい?」

「はい。代々続いている、名前の知れた家という意味だったと思います。あと、先祖代々大きな人に仕えてきて、俗にいう元貴族だった家もあるとか」

「ふむ、まぁ、そんな捉えで大丈夫。表の世界にもそうやって名家と呼ばれる家があるように、こっちの世界にも名家というものが一応ある。その名家の一族の数人が共同で運営している」

「へぇ!そうなんですね!知りませんでした」

春倉は驚く

「中央については理解した様だね?では、次に等級について説明するよ」

 余真はいう

「等級というのは、その名の通り『妖』並びに禍穢人の強さの段階を分けたものだ。段階は全部で5つ。一番上から甲・乙・丙・丁・戊と名付けて分けられている。一番強いのが甲、一番弱いのは戊だ」

 ここまでいう

「なるほど…あれ?でも、討伐依頼のメールには確かCランクと書かれていましたが…」

「それは先ほど説明した中央が使っている等級名称だ。あちらはAからEの5段階で等級をつけている。Aが一番強く、Eが一番弱い等級となっている。即ち、Aが甲、Eが戊、となるわけだ。今回はCクラス、つまり、丙クラスの『妖』だったというわけだ…まぁ、結果は違ったようだが…」

「依頼のメールって、余真さんたち魔歩省が出しているわけではないんですか?てっきり魔歩省だけから来ると思ってました…」

「中央の業務の一つとして、一般通報への対処がある。その通報を受けて調査した結果『妖』が見つかった場合は依頼を出しても良いとされているんだ。まぁ、大抵は彼らがそのまま祓ってしまうことが多いんだけど、何らかの理由でそれが不可能な時、春倉くんが受けたように依頼を出すんだ」

「そうだったんですね…」

「さて、話を戻して…今回、中央はその等級判断を誤った…これは絶対にあってはならないことなんだ」

「なぜでしょう?」

「等級というのは、一般の祓師が『妖』を祓う上で重視するものだからだ。わざわざ格上の者に戦いを挑むような者はいないだろう?自分で見て判断するよりも、ちゃんとした公的機関が出したデータを信用し、そのデータをもとにその『妖』を祓うか否かを決める…まぁ、戦闘狂であるとかそういう話はのぞいてだが…そのように、一般の祓師がこれからも『妖』を祓ってくれるよう、等級の判断は正確にやらなければならない…」

ここで余真は一息つく

「だが、もしも。もしも、その公的な機関が出したデータに誤りがあり、それで祓師が負傷したとすれば?どうなると思う、春倉くん」

「あ、そっか!信用が落ちる…」

「その通り。話が早くて助かるよ。信用っていうのは積み重ねだ、何年も、何十年もミスひとつなく常に最良の結果を出し、それで人々からやっと信用され始める。反面、崩れるのは本当に一瞬だ。一つのミスだけで全てが崩れる。今までの努力も全て水の泡になる。だからこそ、今回の等級判断の誤りはとんでもないことなのさ…」

「なるほどです…」

 そこまで言い終えると余真は思い出したとばかりに口を開いた

「あぁ、そうだ。そういえば、なぜここに私がきたのか言ってなかったね」

「?」

「君には前に話した通り、エージェントがついている。本来であればエージェントが負傷した君たちの世話やその他諸々の業務を行ったりするんだが、今回は事が事なだけに、私自ら動くことにしたんだ…」

 (やっぱり局長は暇なんだろうか…)

「今なんか余計なこと考えたね?まぁいいや」

「あ、すいません…」

「ともかく、さっきの話にもどすよ…中央にとって今回の事は非常にまずい事態なんだ…信用が崩れさる恐怖はさっき説明したよね?それが起きようとしている。いや、正確には起きそうになった、か。中央は今回のこの事態を深く受け止め、君にあるお願いをしに来るだろう…」

「それは…?」

「口封じだ」

 そう余真が言った途端、病室のドアがノックされた

「…どうぞ」

 余真がいう

「失礼します」

「邪魔するぜ」

 二つの声が響く

 入ってきたのは2人の男だった

 2人とも黒のスーツを着用している

 1人は細長く、もう1人は恰幅の良い体をしている

「こんにちは、初めまして。春倉来歩様でお間違えないでしょうか?」

 細長い男が尋ねる

「え、あ、はい」

「なるほど、ありがとうございます。我々は中央に勤める者でして…」

「おい、そんな慎ましやかな挨拶はいいだろうがよ」

 恰幅の良い男が細長い男の話を遮る

「おう、テメェが春倉ってガキか。学生の分際で、しかもコッチの世界に入ってきて日が浅いくせに一丁前なことすんじゃねぇよ。結果は惨敗、テメェもテメェの連れてた女も死にかけたらしいじゃねぇか。この薄らボケがよ、テメェの女も守れねぇくせして祓師なんかすんじゃねぇよ。辞めちまえ、このボケが!」

「おい、鬼ケ原!言い過ぎだぞ!」

 細長い男がいう

「コホン…ウチの鬼ケ原が失礼いたしました。何分、元々いたのが地下組織でして…」

「おい、桐谷!余計なことまでしゃべんじゃねぇよ!」

「少し静かにしろ、鬼ケ原!今回は我々のミスでこうなってるんだ!しかも怪我人まで出して!」

「チッ!あーったよ。はぁ、くだらねぇや。なんでこんなガキに対して雑用を…」

「鬼ケ原!」

「ウルセェなぁ!はぁ…おらよ、ガキ。見舞金だ」

 そして春倉の目の前にあるテーブルにどさっという重い音を立てて物体が投げられる

 帯で包まれたお札だった

 どこかの本で読んだが、100万円を帯で包むとちょうど1センチメートルになるらしい

 この札束は5センチメートルくらいはありそうだった

「その金の意味はわかるよな?黙っとけってことだ。あぁ、黙らなくてもいいぜ?そん時はよぉ、ここでヤっちまうだけだからなぁ」

「いい加減にしろ、鬼ケ原!」

「そうだ、いい加減にしたまえ、中央の」

 余真がここで声を上げた

「今回の件はそちら中央がやらかしたことだ。そのやらかしで我々の構成員である春倉くんと、一般の術師である星見さんという女の子が負傷した。これは立派な中央の不祥事だ。この不始末は一体どうやって取ってくれるんだろうか、ね」

「あぁ!何だテメェ!見舞金はやっただろうがよ!ケチつけんのか、おうコラ!?」

「ただの春倉くんに対する見舞金じゃないか。今回の不祥事はどう落とし前つけるんだって話だ。金でどうこうできるような話じゃあない」

「テメェ。表に…!?」

 鬼ケ原の肩に手が置かれ後ろに投げ飛ばされる

 それをしたのは桐谷と呼ばれた男だった

「おい、桐谷!何しやがる!」

「お前、この方をしらないのか?」

「あぁ!?」

「ウチの鬼ケ原が大変なご無礼を。この場を借りて陳謝いたします。余真どの」

 桐谷が深々と頭を下げた

「そこにかけたまえ、中央の」

 余真が静かにいう

「今後のことについて話し合おうじゃないか」

 静かにそう言ったのだった


 [内々影路 END]

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